悪夢の前進
2026年(令和8年)8月16日【北米大陸 西海岸ロサンゼルスから400Km内陸部 日本国陸上自衛隊地球派遣群 第7師団第7偵察隊】
日本国で唯一の機甲師団である陸上自衛隊第7師団を主力とする攻略部隊は、ロサンゼルス上陸後、軽い抵抗を受けただけで順調に進軍を続けシェラネバダ山脈を超えようとしていた。
本来この地域は8月になると灼熱の太陽で大地が砂漠状態になるのだが、大変動後の現在、雪雲とイエローストーン火山からの灰が静かに振り積もる灰褐色の大地であり、気温は2度前後と寒冷だった。
「火山灰によるフォールアウトが、想定以上に深刻ですね……」
87式偵察偵察警戒車の前方に座る偵察員が、前方に注意を払ったまま車長に声をかける。東へ通じる幹線道路上を移動しているのだが、噴石であろうか時折大きな岩塊が道を塞ぐ様に落下しており、部隊は蛇行しながら進軍を続けている。
「……そうだな。西海岸一帯は凍り付いていたし、州間高速道路も永久凍土並の路面で苦労したな」
彼ら第7師団の隊員は北海道千歳市出身の者が多く、冬の寒さでの行軍を得意とする。
火山灰による寒冷な北米大陸においても順応出来るだろうと、市ヶ谷の統幕(統合幕僚監部)が考えて選抜派遣されたのである。
「こんな暗く凍てついた大地で宇宙人をやっつけたとして、人類復興なんて出来るんですかね?」
「……火星NHKの生討論では、環境回復まで50年とJAXAが言っていたぞ」
「長っ!でも、スーパーテクノロジーを持つマルス・アカデミーの力を借りれば、案外簡単に人が住める様になるのでは?」
「……さあな。それを考えるのは永田町の政治家達だろう?」
『こちらロッキーワン。おしゃべりも程々にしておけ。
一面雪と灰だらけで退屈なのは分かるが、既に敵の勢力範囲に入っているのだぞ!』
偵察隊の上空をゆっくりと航行するマンスフィールド級空中戦艦『播磨』から鷹匠少将直々に注意が飛ぶ。
「し、失礼しましたっ!」
恐縮する車長。
「敵さんの姿は見えませんけどね……」
恐縮する車長を尻目に前方を注意深く観察する偵察員。
「馬鹿野郎!フラグを立てんじゃねぇっ!」
黙って運転していた操縦士が怒鳴る。
操縦士が怒鳴った瞬間、偵察警戒車の遥か前方の山脈向こう側で雷光が一瞬輝いた。
偵察警戒車内の全通信機器と隊員のレシーバーからブザーの様な警告音が鳴り響いた。
『敵襲!前方から砲撃!デカいレールガンが来るぞっ!』
『播磨』から全部隊に警告が出される。
「総員何かに掴まれ!口を閉じろ!舌を噛むぞっ!」
車長が叫ぶ。
次の瞬間、偵察警戒車の頭上を幾筋もの赤い雷光が走り抜けると後方の戦車連隊中央に着弾した。
シカゴ郊外で壊滅した戦車部隊と同様、バリバリという音と共に巨大な火球が紫電を放ちながら膨れ上がって強烈な衝撃波と爆風が周辺の全てを薙ぎ倒し、空中高く噴き飛ばしていく。
重量15トンの87式偵察警戒車も、衝撃波と爆風で車体が一瞬浮き上がったが、左右から進路上にはみ出していたセコイアの大木に引っかかって横転を免れた。
偵察警戒車の後方では爆炎と空中に巻き上げられた火山灰が、巨大火山の噴煙の如く沸き上がっていた。
「第73戦車連隊のど真ん中に着弾したぞ!」
顔面蒼白で冷や汗だらけの後部偵察員が車長に報告する。
「……なんて威力なんだ」
戦慄してごくりと唾を飲み込む車長。
『こちら"ロッキー"今の砲撃は、敵陸上戦艦の長距離レールガンだ。此方のレールガン砲兵は、まだ射程に入っていない。このままではなす術も無くレールガンの餌食になるだけだ。
全部隊に告ぐ。損害に構うことなく前進せよ!生き残りたくば前進せよ!』
「……なんつーブラックな職場だ」
偵察警戒車の誰かが呻く様に呟いた。
”悪夢の前進”と後に呼ばれる西海岸上陸部隊の本格的戦闘が始まった。
☨ ☨ ☨
【地球アジア地区 旧中華人民共和国四川省西部 龍門山脈】
アシュリー中尉率いるイスラエル連邦軍特殊部隊は、龍門山脈地下水脈に化学薬剤を投入した後も山脈に潜伏して人類統合第11都市『成都』の監視を続けていた。
『中尉殿!都市に動きが。ピラミッド周辺から飛翔体が打ち上げられています』
岩陰に張った迷彩色のテントの中でお茶を飲んでいたアシュリー中尉に部下の隊員が隊内通信で報告する。
「わかった。すぐ行く」
返事をしたアシュリー中尉はテントを出ると尾根の岩塊に身を隠している隊員の傍へ移動する。
「どこだ?」
「ピラミッド側面、ソヴィエト国旗が記された此方側から打ち上げが続いています」
アシュリー中尉の問いに答えた隊員が双眼鏡を手渡す。
双眼鏡を受け取ったアシュリー中尉が注意深くピラミッド周辺に注意を払いながら監視を続けていく。
成都中心部のピラミッドの下層部から十数基のカタバルトが急角度で上空を向いており、ピラミッド内側から台車に搭載された黄土色に塗装されたミグ98宇宙戦闘機が列を成してカタパルト後方で待機している。
台車からカタパルトに接続された宇宙戦闘機は左右のカタパルトと打ち上げタイミングをずらしながら次々と大空へ向けて打ち上げられていく。宇宙ロケット打ち上げ時に発生する巨大な発射煙は無く、宇宙戦闘機がカタパルトから離れる瞬間に蒼白いスパークを空中へ僅かに放つだけである。
宇宙戦闘機の打ち上げが終わると、都市郊外から中心部のピラミッドに繋がる大通りのピラミッド側が陥没して長大な傾斜滑走路と化す。アシュリー中尉が目を凝らす中、ピラミッド側の地下部分から巨大な二等辺三角形が特徴的なB2爆撃機が姿を現すと、監視しているアシュリー中尉にまで届くほどの盛大な衝撃波を発して大通りから離陸して真っ直ぐ東の空高く飛び去っていく。
「北米大陸への援軍にかなりの数を送り出したな。通信士。宇宙戦闘機50、大型爆撃機5が東へ向かったとタカマガハラに報告だ」
双眼鏡で監視を続けながら隊内通信で指示するアシュリー中尉。
「あとは守備の隙が見付けられればいいのだが……」
慎重に防衛態勢を観察しながら呟くアシュリー中尉だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・鷹匠=自衛隊地球派遣群、北米攻略作戦指揮官。陸上自衛隊第7師団師団長。准将。
・アシュリー=イスラエル連邦軍特殊部隊隊長。中尉。




