悠久の未来
2026年(令和8年)8月16日深夜【神奈川県横浜市 横浜港沖の東京湾】
横浜港沖の東京湾海底は、海岸からしばらく沖へ行くと、急激に深くなるすり鉢状の地形となっており、浦賀水道から続く東京湾深海谷の北端にあたる。
東京湾深海谷の北端海底200mに設置された透明な強化樹脂で造られた"カマクラ"は首相官邸の中でも知る人ぞ知るミツル商事海底観測拠点兼、大月家『お仕置き部屋』である。
海面に反映する横浜みなとみらい21の観覧車やランドマークタワーのネオン、首都高速湾岸線のライトアップ照明等が深海のお仕置き部屋まで届く筈も無く、真っ暗な観測拠点内部の広さは畳6畳分、室内にはちゃぶ台が一つと座布団が3つだけ置かれている。
テレビ、冷蔵庫は勿論、パソコンやプレステ等も皆無だった。
そんな漆黒の海底『お仕置き部屋』にたむろする訪問者三姉妹。
たむろしていると言うよりも簀巻きにされて送り込まれた結果、脱出も出来ずにちゃぶ台の傍で転がっているだけである。
本日の"部屋送り"となった原因は、NEWイワフネハウス玄関口を赤い塗料で塗りつぶした為である。
訪問者三姉妹の居た世界では古くからの慣習で、住居の入り口を赤く塗り潰して魔除けとしている。
良かれと思って魔除けを施した訪問者三姉妹だったが、夜食を摂る為に一時帰宅した大月夫妻が白亜の建物に紅く映える玄関口の異常に気付いて恐れ慄いていた為、誤解を避けるべく説明したところ、
「……そういう事は私達に相談してからにして」
頭を抱える大月夫妻と、帰宅した満とひかりの背中にしがみ付いていた美衣子と瑠奈が大月夫妻のリアクションを見て、オロオロしている訪問者三姉妹を睨み付けると紫電一閃、瞬時に簀巻きにした上で、海底お仕置き部屋へ転送したのである。
その間およそ5秒。
残念な事に、日毎にタイムが更新され続けている。
「……今日で何回目になるのでしょう。何が不味かったのでしょう~?」
守美がとほほ~と言う感じでため息をつく。
「そう言えば……日本の電車や道路、建物に落書きされているのをあまり見ていないのだぞっ!?」
はたと気付いた輝美が勢いよく立ちあがってしまい、強化樹脂で覆われた低い天井に頭をぶつけ、痛みのあまりしゃがみ込んで悶える。
「ふむ。どうやら日本では公共物……皆が使うモノにペイントするのはご法度みたいなんだぞ!っと」
舞が思いだしたかのように言った。
「だけど舞姉、この国には鳥居と言う"ボク達と同じ”文化的意味合いを持つ魔除け専用建物があるのだぞっ!鳥居をちょちょっとアレンジして、入り口に塗っただけなんだぞっ!」
やるせなさを思いだしたのか、床で悶えていた輝美が倒れたまま声を上げる。
「輝美ちんのいう事もよーくわかるんだけどさっ!今はまだ、この国は"私達が願う世界"に到達していないだけなのだぞ!っと」
輝美を宥める舞。
「……そうですね。そろそろこの国の皆さんの願いに沿って動かないと、今度こそホウライ世界が危ないのです~」
守美の一言を聴くなり、輝美と舞が表情を引き締めて決意を新たにする。
「「「来たるべき悠久の未来へ!」」
「草木になったヒトを救うのだぞっ!」
輝美が決意する。
「地球に降りた我らが未来のご主人様を守るのです~」
守美が宣言する。
「地球で戦っている美衣子お祖母様側の人類が危なっかしいので助けるのだぞ!っと」
舞がマリネの入った瓶を抱きかかえて宣言する。
黄星三姉妹がそれぞれの想いを口にして、お仕置き部屋の床に膝をついて両手をパン!と床についた途端、緑色の閃光がお仕置き部屋を満たすのみならず、周囲の海底を一瞬だけ明るく照らし出した。
閃光が収まった部屋の中には誰も居らず、漆黒の闇に包まれた空間だけが残されていた。
☨ ☨ ☨
2026年(令和8年)8月16日午後4時【地球北米大陸 旧アメリカ合衆国イリノイ州 州都シカゴ郊外のミシガン湖岸】
内陸部に陣取る陸上戦艦から放たれた赤く輝くレールガンが、雷光を迸らせながら湖岸近くの桟橋へ突き刺さるように命中した。
プラズマから拡散された巨大な炎の塊が猛烈な衝撃波と爆風を発生させて桟橋を粉砕し、砲撃を恐れて輸送船へ避難しようとしていた歩兵部隊を瞬時に空高く粉々に噴き飛ばした。
「何故だ!何故奴等には、通信妨害が効かんのだ!?」
間一髪で地面に伏せて難を逃れた歩兵小隊長が、顔を火山灰だらけにしながら防塵マスクの中で悪態をつく。
見慣れないシャドウ帝国軍陸上戦艦と水陸両用飛行挺の連携はもとより、陸上戦艦後方から出現した4足歩行の機動兵器までもが都市廃墟に潜んだユニオンシティ防衛軍兵士を見つけ出すと、水陸両用飛行挺と共同で追いつめながら1人また1人と機銃や小型レールガンで掃討されていく。
あまりの損害にジョーンズ中将が撤退を発令しようとした時、マンスフィールド級空中戦艦ブリッジで索敵をしていたレーダー担当士官が叫んだ。
「上空から高エネルギー反応!内陸に着弾しますっ!」
一瞬の後、巨大な陸亀の様な空中戦艦目がけ、上空から緑色に輝く太い光の柱が8本降り注いだ。
巨大な陸上戦艦は緑色の光の柱が水素機関を貫くと、燃料の液体水素が超電磁砲に充填する荷電粒子と融合して暴走、内部から青白いスパークを放ちながら巨大な火球と化して消滅する。
ズズン!と腹に響く音の後、猛烈な爆風がシカゴ都市部の廃墟と湖岸を突き抜けていく。
爆風が収まった後の戦場には、爆発で噴き飛ばされて地上へ叩き付けられたシャドウ帝国軍の水陸両用飛行艇や、横倒しとなった四足歩行機動兵器の焼け焦げた残骸が散乱していた。
「今の砲撃は衛星軌道艦隊のものか!?」
驚いた顔でレーダー担当に振り返るジョーンズ中将。
「違います!衛星軌道艦隊は、依然として上空で激しい制空戦闘中。地上支援ポイントまで到達していません!」
「……だとすると、タカマガハラからのデブリ投射攻撃か月面都市からの遠距離支援砲撃なのか!?」
首を捻るジョーンズ。
マルス・アカデミー・地球観測研究室を預かる結が開発した秘密兵器かもしれないが、それであれば当初から美衣子が作戦に投入している筈だった。
ジョーンズが双眼鏡で最前線を視ると、僅かに生き残った水陸両用飛行艇と四足歩行機動兵器が、よたよたと西へ移動していく。
「敵陸上戦艦消滅。残存部隊が旧ユタ、アリゾナ州方面へ撤退していきます!」
「追撃しますか?」
作戦将校が尋ねる。
「……追撃すべき局面だが、我が部隊は甚大な損害を受けている。再編しないと行軍も出来ん」
悔しそうに拳を握りしめるジョーンズ中将。
「中将!内陸西部に新たな未確認巨大物体を探知!」
再びレーダー士官が報告する。
「新手の陸上戦艦か!?」
緊張するジョーンズ中将。
「未確認巨大物体が撤退する敵防衛部隊と合流!?違うっ!敵防衛部隊が未確認物体へ発砲しているぞ!」
双眼鏡で観測していた作戦将校が興奮気味に叫ぶ。
火山灰と着弾の砂煙に覆われた、シャドウ帝国軍防衛部隊の隊列の中を縫う様に8体の巨大ワームらしき生物が動きまわると、低空飛行していた水陸両用飛行艇に絡みついて、四足歩行機動兵器の側面に激しく衝突した。
巨大ワームらしき生物と共に、四足歩行機動兵器に叩き付けられた両用飛行艇は爆発し、四足歩行機動兵器自体もひしゃげて横倒しとなった所で、搭載していた弾薬が爆発して機体が四散する。
地上すれすれを這うような動きで8体の巨大ワームらしき生物が、懸命に戦場を離れようと移動していた四足歩行機動兵器を捉えると、ぺしっと足払いをかけて転倒させ、すぐ後続の四足歩行機動兵器が躓いて、前のめりに転倒する。
四足機動兵器が、次々と謎の巨大ワームらしき生物に払い除けられる様子を視ていた最前線で様子を見ていた生き残りの海兵隊員達が呟く。
「……ニッポン神話のヤマタノオロチでも加勢したのか!?」
ミシガン湖西部にもうもうと立ち込めていた爆炎と地面から巻き上げられた火山灰が収まったその場所には、緑色の巨大な毛玉から生えた8本の巨大ワーム状の、太く長い頭部を持つ生物が静かに佇んでいた。
その生物の少し上空には、金色の光に包まれた小さな羽を持つ少女が見えた。
「よーしよし、マリネちゃん!よくやったのだぞ!っと」
黄星 舞が、合成火星生物"マリネ"の地球デビューを祝福していた。
「マイゴッド!……あの存在は何だ!?天使か?」
自分の視たものが信じられないとばかりに呟くジョーンズ中将。
唖然としながら戦場を視ていたジョーンズに、通信オペレーターが駆けよると秘匿された通信用紙を手渡した。
「中将!火星ニッポンの総司令部から緊急電です!」
ジョーンズは通信用紙を読むと少しだけ頬を緩ませ、隣に控えていた作戦将校に指示を出す。
「……追撃の手間が省けたようだ。……アレは我々の側らしい。電磁シールド解除!
輸送艦隊は湖岸に着陸せよ。部隊の上陸を再開、シカゴ郊外で前衛部隊を再編する!」
ジョーンズに渡された電文にはこう記載されていた。
『ミツル商事の保護していた”訪問者達”が、先程地球へ向かった。人類に対して”友好的行動”を始める模様。攻撃は控えられたし』
「……これで一息つける」
ジョーンズ中将は小さく安堵のため息をついて司令官席に腰を下ろすと、腕を組んでブリッジ天井の戦況パネルを見上げた。
天井板に嵌めこまれた液晶画面の戦況パネルには、西海岸ロスアンゼルスから進軍する陸上自衛隊第7師団を主力とした攻略部隊本隊が、ラスベガス郊外に迫る模様が映し出されていた。




