シカゴの戦い / 異常事態
2026年(令和8年)8月16日午前7時15分【北米大陸 旧アメリカ合衆国イリノイ州都 シカゴ郊外】
かつて全米3番目の人口と発展を誇っていた大都市は、日本列島火星転移により発生した天変地異と、西アフリカ沿岸から襲来する巨大ワームの襲撃により270万の人口が4年余りで死に絶え、街は廃墟と化していた。
ミシガン湖南端部イリノイ川河口付近、旧シカゴ郊外に上陸したジョーンズ中将率いるエリア51攻略部隊は、ユニオンシティ防衛軍機械化歩兵部隊を上陸させたものの、強力な長距離レールガンを装備したシャドウ帝国軍陸上戦艦の迎撃によって大きな損害を受けて上陸地点から動けずにいた。
「陸上戦艦発砲!来ますっ!」
マンスフィールド級空中戦艦の艦橋から、高性能双眼鏡で戦場を警戒していた海兵隊員が叫ぶ。
巨大な陸亀を思わせる陸上戦艦背中に備え付けられた3連装砲塔の大口径レールガンが眩い電光を放ちながら発射され、秒速16000メートルの弾丸がMIA3主力戦車部隊隊列中央に突き刺さるように着弾する。
主力戦車部隊中心部から赤い閃光が炸裂し、バリバリと落雷したような轟音が鳴り響いた後、猛烈な衝撃波と爆風が後続の装甲兵員輸送車や砲兵隊の車列を襲った。
猛烈な爆風で主力戦車部隊に随伴していた軍用ジープは、運転手ごと遥か後方へ吹き飛ばされ、車列両脇を警戒していた歩兵は完全重装備を付けたまま身体ごと持ち上げられると、火山灰が降り積もった地面や数百メートル後方の廃墟ビル群に叩き付けられてしまう。
爆風が収まった後、MIA3戦車の隊列中心部には薄い煙をたなびかせた巨大なクレーターと、乗員ごと焼け焦げて横転したMIA3戦車の残骸が散乱していた。
『戦車部隊被害甚大!』
前線から悲痛な報告が届く。
「……なんという威力だ」
オーストラリア大陸では、巨大ワーム相手に度々マンスフィールド級空中戦艦が装備する多目的レールガンを使用していたが、装甲車両の隊列を噴き飛ばすほどの威力は無く、ジョーンズ中将はあまりの破壊力を目の当たりにして愕然としていた。
「艦隊は電磁シールドを展開しつつ、ミシガン湖岸まで後退!航空支援のWB21で戦艦主砲を叩け!地上部隊は都市廃墟の遮蔽物を利用、現在地点で防御に徹するんだ!」
主戦力だったMIA3戦車部隊がレールガンの斉射で壊滅した為、混乱していた機械化歩兵は都市郊外への展開を諦めて廃墟となった都市中心部まで後退すると、装甲車両からわらわらと降車して防塵マスク片手に、高層ビルやスタジアムの残骸へ潜り込んで身を隠していく。
後退する機械化歩兵部隊と入れ替わる様に、都市郊外上空の戦場に進出したWB21空中戦闘砲台編隊が全速力でシャドウ帝国軍陸上戦艦に突撃する。
「陸ガメにミサイルの花束をお見舞いしてやる!」
『WB!近付き過ぎだ!射撃管制レーダーが照射されているぞ!』
戦車部隊の仇を取ろうと肉薄するWB21のパイロットにマンスフィールド級空中戦艦の司令部が警告する。
WB21空中砲台が16連装ロケットランチャーを発射する前に、シャドウ帝国軍陸上戦艦両舷のVLS(垂直発射筒)から迎撃ミサイルが立て続けに発射され、陸上戦艦の上半分が噴射煙に包まれる。
「なっ!?」
唖然とするWB21パイロット。
『迎撃ミサイル多数接近!WBは湖へ一時退避せよ!』
避難指示する司令部。
「ジョーンズ中将。ミシガン湖北部から低空で接近する飛行物体を探知!」
「まさか!奴ら戦闘機で待ち伏せていたのか!?」
レーダー担当の報告に驚くジョーンズ中将。
ミサイルから逃れようと慌てて機首を反転させチャフやフレアーをばら撒きながら回避機動を取ったWB21空中砲台だが、ミシガン湖上すれすれを低空侵入してきた帝国軍水陸両用小型飛行艇の小型対空ミサイルを受けて次々と撃墜されていく。
「敵陸上戦艦の対空防御は堅固!空中支援砲台は、湖上から侵入してきた小型飛行艇部隊に迎撃されて近づけません!損害4割超えました!」
「中将!艦隊のシールドを解除して、我々も対空砲火と艦砲射撃で応戦しましょう!」
作戦将校がジョーンズに具申する。
ミシガン湖岸からシカゴ都市部上空まで進出していたマンスフィールド級空中戦艦や、シェフィールド級輸送艦の空中攻略艦隊は、シャドウ帝国軍陸上戦艦から放たれるレールガンを電磁シールドで防ぎつつ、湖岸橋頭保まで後退していた。
「駄目だ!今、艦隊のシールドを解くとまだ部隊を降ろしていない輸送艦が丸裸になってしまう!」
「間もなく西海岸に進出した日本国自衛隊が参戦する。それまで何としても持ち堪えるんだ!」
将兵を励ましながらも、
「まだか!まだ衛星軌道艦隊の支援攻撃は始まらないのか!」
心の中で焦燥感を募らせるジョーンズ中将。
容赦なく放たれる陸上戦艦のレールガンでじりじりと戦力を擦り減らしていく攻略部隊を目の当たりにしたジョーンズ中将は、撤退已む無しと判断しつつあった。
☨ ☨ ☨
――――――同時刻【アジア地区 人類統合第11都市『成都』(旧中華人民共和国四川省)】
火星からの侵略者に備えて戦闘準備に忙しい人類統合第11都市は、早朝から都市各所で異常事態が発生していた。
「おいっ!おやっさん!どうしたんだ!」
夜勤明けで自室で寝る前に屋台で朝粥を食べていた羅大佐は、粥を客に振る舞っていた店主の身体が突然ドロリと溶解してベシャッと床に崩れ落ちるのを目の当たりにする。
店主の傍で客から代金を受け取っていた店主の妻も、椅子に腰かけたままドロリと溶解してしまう。
「うわぁぁぁ!」
隣のテーブルに座っていた客が悲鳴を上げたのでそちらを向くと、悲鳴を上げた客の向かいに座っていた男も溶解したらしく、テーブルに粥の器を置いたまま黄色の溶液に染まった服がくしゃりとテーブルに引っかかっていた。
他のテーブルでも似たような状態になっており、溶解を免れた客が泣き叫んだり店から逃げ出そうと入口へ向かって走り出している。
「司令部は大丈夫だろうか?」
パニックに陥った店内を見ると、自らの務め場所が安全か確かめるべく店を飛び出す羅大佐。
ようやく非常事態を知らせるサイレンが街中に鳴り響く中、夜勤明けで疲れた体に鞭打って司令部へ向かって走り出す羅大佐だった。
【第11都市 成都防衛軍司令部】
夜勤明けで退室したばかりの司令部に再び戻った羅大佐が目にしたのは、慌ただしく動き回る司令部要員達だった。
「おお!羅大佐!君は無事だったのか。待っていたぞ!」
司令官席に座って次々と指示を出していたサングラスをした少将が手招きをして羅に声を掛ける。
「司令もご無事で何よりです。一体何が?」
都市防衛軍司令官に駆け寄って敬礼すると尋ねる羅大佐。
「分からん。都市全域で異常事態が発生している。全部隊を招集しているところだ」
顔を顰めサングラス奥の”縦長の瞳”を細めて答える都市防衛軍司令官。
「わかりました。内務部隊を率いて現場で陣頭指揮にあたります」
「いや、それはいい。貴官には此処で都市防衛にあたってもらわなくてはならんのだ」
「どういう事でありますか?」
怪訝そうに尋ねる羅。
「第1都市『エリア51』から最優先命令が来た。出動可能な部隊は”全て”第1都市防衛の為に移動しろとの事だ。私自ら率いる所存だ」
”サングラス奥に隠された縦長の瞳”でしっかりと羅を見据えて答える都市防衛司令官。
都市内部の治安維持を担う内務部隊を率いてきた羅大佐は、いきなり都市防衛の全権を与えられて困惑する。
「……司令官閣下。私が率いる部隊は残されているのでありますか?」
「んん?訓練中の学徒部隊を徴用せよ。私は溶解を免れた隊員と戦闘可能な都市住民を招集して直ちに此処を出る。後は任せたぞ羅大佐。行ってよし!」
羅の問いにそっけなく答えた都市防衛軍司令官は、直ぐに出撃準備の指示を忙しく各部隊に伝え始めるのだった。
「……私にどうしろと」
慌ただしい司令部の片隅で呆然と立ち尽くす羅大佐だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ジョーンズ=ユニオンシティ防衛軍司令官。中将。
・羅=人類統合第11都市『成都』内務部隊大佐。




