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転移列島  作者: NAO
混沌編 人類反攻
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神輿

2026年(令和8年)8月15日【東京都世田谷区三宿 陸上自衛隊三宿駐屯地内 厚生労働省NIID(国立感染症研究所)】


 三宿駐屯地地下に在る特別に気圧調整された研究室には、NIID所属研究員達の他、ミツル商事から岬、琴乃羽、美衣子、結が参加してシャドウ帝国国民であるクローン人間の解析を進めていた。


「不時着したシャドウ帝国軍ヘリからイスラエル連邦軍が収集したデータによると、クローン人間の成長促進は大量の薬剤による急速な細胞活性化、脳神経への電気ショックによる松下垂体分泌ホルモンの人工調節がメインね」


 美衣子がパネルに投影された、クローン人間細胞の拡大顕微鏡画像を使ってチームメンバーに説明する。


「つまり、人体に強力なドーピングを施しているという事ですね?」

生物学にも精通する岬教授が確認する。


「そうよ。この強烈なドーピングは反動が凄まじく、投与してから3日後に効果が切れるけれど、すぐに投与しないと瞬く間に内臓器官、自律神経が機能不全に陥って意識混濁、呼吸困難で死亡するわ」


 美衣子が拡大顕微鏡画像を早送りすると、細胞がどんどんと萎むように収縮していき、やがて動かなくなった。参加して居た全員があまりの酷さに沈黙する。


「……薬剤の国内生産は可能だと思いますか?」

NIID研究員が訊く。


「技術的には可能だけど、量産化は無理ね。特殊たんぱく質の大量精製をするには、専用のコンビナートを新しく建設しないと無理ね」

美衣子が答える。


「シャドウ帝国に点在する人類統合都市のプラントを、そのまま活用出来ませんかね?」

琴乃羽が質問する。


「エリア51からの指令に基づいて稼働しているシステムを流用出来るかは、占領してみない事には分からないわ。ダグリウスの性格から考えて、すんなりとシステムを無傷のまま残すとは思えない。トラップが仕掛けられていると見るべきよ」

険しい顔で答える美衣子。


「そんな……コンビナート建設から始めると、半年はかかりますよ!?」

頭を抱えるNIID研究員。


 研究室に居た誰もがクローン人間達の行く末を悲観した。


          ☨          ☨          ☨


――――――その日の夕方【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 共用ダイニング】


 夕食後のダイニングルームは、2種類の表情を持つ者に分かれていた。

 

 満、ひかり、琴乃羽、訪問者三姉妹は、いつも通り食後のデザートを楽しんでいる。

 他方、美衣子、結、岬、真知子先生は、思いつめた表情で目の前に置かれたカボチャプリンに手も付けずに沈黙している。


「どうしたんですか美衣子様?デザートのプリンが手付かずですよぅ?」


 黄星守美がすでに平らげた自分の空カップを手に、美衣子に訊く。


「……久々に難問に直面しているの。こんなに先の展開が思い浮かばないのは恋愛無双のシナリオ作り(第72話、82話参照)以来だわ」


 ひかり謹製カボチャプリンに全く関心を示さない美衣子が頭を抱える。


 守美がふと美衣子の周囲を見ると、美衣子と同じように結、岬がじっとテーブルを見つめて難しい顔をして何事かを考えているようだった。

 琴乃羽はいつものように、ダイニング隅に移動してソファーにもたれて携帯端末をいじりながら元気にプリンを食べている。


「なんだなんだ、みんな元気がないのだぞっ!気合だぞっ!」


 黄星輝美が岬や結に近づいて顔を覗き込みながら励ます。


「皆さんお困りの様なんだぞっ!と。相談してくれたら一緒に考えるのだぞっ!と」


 美衣子達悩める面々に声を掛ける黄星舞。


「ではでは舞さん聞いて下さいね。シャドウ帝国の国民であるクローン人間を出来るだけ地球人類に近づけたいんですが、薬剤とか設備が足りなくてですねぇ……」

岬渚紗が舞に説明する。


 岬からひとしきり説明を受けた舞は、ダイニング窓際へ移動すると守美と輝美も呼び寄せて何事かをごしょごしょ相談するとテーブルに戻って来た。


「悩める皆様に、私達から提案があるのだぞっ!と」

胸を張る舞と黄星姉妹。


「……聴いてあげるわ。さあ話しなさい」


 テーブルに置いてあった自分の容器が空になっているのを見てイラッとした美衣子が、結とアイコンタクトを交わすと素早く三人に紫電を放って痺れさせると簀巻きにして床に転がす。


「悩める相談者の立場でありながら、私達心優しき姉妹を簀巻きにして転がすとは態度がデカいんだぞっ!」

床に転がる輝美が抗議する。


「……悩める乙女のデザートを勝手に食べた報いよ」


 結が輝美の簀巻きを転がしながら答える。


「ちっさ!器ちっさ!って――――――ギブギブっ!目が回る!――――――おえっ!」


 輝美が思わず呆れたが、美衣子が即座に簀巻きを高速回転させたので悶絶する。


「……ふぅ。で?解答を述べなさい」


 良い汗をかいたと言わんばかりに額に手をやりながら美衣子が訪問者三姉妹に訊く。


「それはですねぇ、”マリネちゃんと同じ方法”を使って細胞組織単位で生体改造するんですよ~」


 簀巻きにされながらも平静を保っていた守美がのんびりした口調で答える。


「生体電気をもっと大規模に、だけど精密に使う訳ね?」

思案気な岬が思考を加速させながら頷いた。


「早速実験よ」


 美衣子がぺたりと椅子から降りるとダイニングルームの面々に宣言する。


「今からですか?何処で?実験材料もありませんが?」

岬が席から立ちあがりながら訊く。


「地下の研究室よ。材料は……琴乃羽。今貴女に全人類の未来がかかっているわ」


 ダイニング片隅で携帯端末をいじりながらカボチャプリンを堪能していた琴乃羽の腕を取って地下へひきずっていこうとする美衣子。


「えっ?ええっ!?」


 先程からの難しそうな話題を我関せずと気分転換していた琴乃羽だったが、急激な状況展開に追いつけずに戸惑う。


「……大丈夫。生命の危険は無いわ。ちょっとだけ、正座の後みたいに痺れるだけだから」


 美衣子と一緒に琴乃羽の身体を神輿のように担ぎ上げながら結が説明する。


「「「そーれー。わっしょい!わっしょい!」」」


 美衣子と結を見た黄星三姉妹が”慣れた様に”琴乃羽を神輿に担ぎ上げて参加する。


「あーれー――――――っ!」


 賑やかな琴乃羽神輿が地下に消えると岬とひかり、満がお互い顔を見合わせる。


「……私達も行きましょうか」「黄星三姉妹はお祭り好き?」


 ひかりは首を傾げる満の手を取ると岬と共に美衣子達の後を追うのだった。


「……日本のお祭りも学習していない筈の黄星三姉妹がどうして神輿の掛け声を知っているのかしら?」


 訪問者三姉妹の特別講習に苦戦して夕食時からずっと塞ぎ込んでいた真知子先生は、神輿に興奮していた三姉妹の盛り上がりに首を傾げながら地下へ向かうのだった。


          ☨          ☨          ☨


 翌日、黒木厚生労働大臣立会いの下、NIID研究所で琴乃羽美鶴を実験台に生体電気を利用した細胞組み換え実験は無事成功した。


 治療過程で琴乃羽が電気ショックの際「あばばば」と痺れた以外は特に問題もなく、琴乃羽が抱えていたヒトと植物の間を行ったり来たりする細胞組織の不安定さは解消された。


 黒木厚生労働大臣は琴乃羽の容態を確認した後、クローン人間治療の希望が見えたと首相官邸に早速報告した。

 報告を受けた岩崎官房長官と澁澤首相は、地球連合防衛条約加盟国首脳と即座に協議をした上で、北米攻略作戦の発動を決定した。


 タカマガハラから出撃した攻略部隊は太平洋を横断して北米大陸西海岸に接近しつつあり、その他の陽動部隊も衛星軌道上や五大湖側に集結していた。


 人類反攻作戦はようやく佳境を迎えようとしていた。


          ☨          ☨          ☨


――――――琴乃羽の人体実験終了後【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 大月家】


 瑠奈&結の寝室で満とひかりは、火星帰還以来部屋に閉じ籠っている瑠奈と向き合おうとしていた。

 瑠奈のベッドの端に軽く腰掛けた満が毛布を被って蹲る瑠奈に話し掛ける。


「瑠奈はワイズマン中佐の事で、ヒトとしての生き方に悩んでいるのかな?」


 ベッドに潜り込んでいた瑠奈が被っていた毛布の隙間から満を覗くと、小さく頷いた。


「みんなずっと楽しく一緒に過ごせると思っていたっス。でもヒトがこんなに脆いものだと思ってなかったっス……」


 最後の方はワイズマンの最期の瞬間を思い出したのか、言葉を詰まらせる。


 満の隣に居たひかりが床に跪いて毛布の上から瑠奈の身体を優しく撫でる。

 満はいろいろと考えてみたものの、気休め的な事を言う気にはなれなかったので、正直に思い浮かんだ事を言う事にした。


「瑠奈は、瑠奈として限りあるヒトの人生を歩めばいいんじゃないかな?

 ヒトの人生とは何ぞや?なんて偉そうに教えられるほど、僕も経験している訳じゃないけどね……」

自嘲しながら満が言った。


「瑠奈はどうしたいの?」

ひかりが訊く。


「私は……」

答えに詰まる瑠奈。


「すぐに答えを出さなくていいよ。美衣子や結にも相談してもいい。

 その上で、瑠奈の中で答えが出たらそれに従って瑠奈らしく自由に生きればいい。

 手伝えることが有ったら、言ってね?」

満は瑠奈に優しく語りかける。


 瑠奈はそっと目を閉じると、満とひかりの間に身体をもそもそと寄せて丸くなった。


 毛布を被ったその顔は、地球から帰った頃に比べると、大分穏やかになっていた。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月 満=元ミツル商事社長。

・大月 ひかり=元ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 七七七 様です。


・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地管理人工知能。マルス三姉妹の二女。

挿絵(By みてみん)

*イラストは絵師 里音様です。


・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。

挿絵(By みてみん)

イラストは絵師 里音様です。


・岬 渚紗=ミツル商事海洋養殖部門、医療開発部門担当。海洋生物学博士。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター更江様です。


・琴乃羽 美鶴=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。言語学研究博士。少し腐っている。

挿絵(By みてみん)

イラストはイラストレーター更江様です。


・黄星 舞=訪問者。神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。

挿絵(By みてみん)

*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。


・黄星 守美=訪問者。神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター しっぽ様です。


・黄星 輝美=訪問者。神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター しっぽ様です。


・澁澤 真知子=神聖女子学院初等科教師。夫は澁澤太郎内閣総理大臣。

挿絵(By みてみん)

*イラストはお絵描きさん/らてぃ 様です。

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