フューダリズム
2026年(令和8年)7月25日【火星 長崎県佐世保市 英国連邦極東首都ダウニングタウン 首相官邸】
『ケビン。その話は些か早すぎないか?我々はまだ敵司令部を攻撃さえしていないのだぞ』
モニターの先に居る澁澤首相が指摘する。
「何を言っているんだ、タロウ。政治家とは常に事態の先を視て動かねばならん。
貴国はその点戦争遂行については楽観し過ぎだ。だから一緒に話し合いをする事で、これから起こる事に対処しようと言う訳だ」
ケビン首相はそう応えると「恩着せがましい」と文句を言う澁澤を気にする事無く、葉巻をひとふかしすると話を切り出す。
「北米大陸攻略が成功してエリア51を沈黙させる事が出来れば、シャドウ帝国との戦いは終わったも同然だ。我々はようやく、地球再生に取り組む事になる"筈"だった」
『その流れになるのは当然だが、"筈"とはどういう意味だ?取り組む事に問題があるのか?』
「タロウ。君はエリア51陥落後に残されたシャドウ帝国都市住民である200万人のクローン人間の処遇をどうするつもりかね?」
『彼らには支援が必要だろう。都市内部で調達出来ない品は、此方で用意するしかあるまい』
「ユーロピア共和国のジャンヌ首相とも話したが、劣化の早いクローン人間には大量の特殊薬剤が必要となる。それと当たり前だが、膨大な食料もな。現在の我々の補給体制では、派遣部隊を維持するだけで精一杯だ。とてもではないが、200万人を養う事は不可能だろう」
『イスラエル連邦が持つ、タカマガハラ生産プラント規模を拡大すれば良いのではないか?』
「プラント建設にどれほどの時間がかかると思っているんだ。その間、食料はともかく、薬剤が枯渇すればクローン人間は生存できん。
アカデミー船団は既に木星へ向かって支援を頼むにも遅すぎる。そしてなにより、イスラエル連邦は自国の民を餓えさせる方策は絶対に採らない」
『イスラエル連邦は北米攻略に参加しないと報告を受けていたが、そこまで自国を優先するのか?連合防衛軍が破れるとイスラエル単独での生存は無理だろう?』
「タロウ……。つくづく貴国は他人を信用し過ぎだ。
自国の権益、生存と言い換えても良いが、それを確保する為に貴国以外は連合防衛条約に加盟して協力していると言う現実を理解するんだ。
人類規模の視点なんぞ、どの国もお題目程度にしか思っていないぞ?
本気でそう思っているのなら、貴国は余程の余裕があると言う事だ。実に羨ましいと言う他ない……」
ケビンに図星を指された澁澤は反論する事が出来なかった。
「食料や薬剤といった物資面以外にも課題が有る。
クローン人間の思考を操作・制御していた存在が消える事による対策が必要だ。最悪コールドスリープという手もあるが、それも大量のスリープ施設の手配と、クローン人間の制御データが必要となる」
『クローン人間のデータならばイスラエル連邦が保管しているとミツル商事から報告が有った。データ共有ならば、イスラエル連邦は応じてくれるのではないか?』
「……まあな。おそらく物資の問題が解決された段階で、イスラエル連邦は進んで前面に出てくるだろう。自国の意に従う200万人の新しい国民を獲得できるチャンスだからな。そして、国家としての体を成していないユニオンシティを傀儡にすれば、地球上の生き残った人類を束ねる統一惑星国家が誕生する」
『話がデカ過ぎないか?』
「タロウ。なぜ、貴国がその地位を欲しがらないのか、私には理解できないよ」
『ケビンが言うように、根本的な所で我が国は政治家から国民に至るまで、理想を追い求め過ぎているのかもしれんな』
「それはそれで構わんよ。我が国はせいぜいそれを利用させてもらうとしよう」
『わざわざ口にしてくれるケビンに感謝だ』
「感謝は行動で示してくれ。そうだな、タロウの財務省が持つミツル商事の株式を半分でも渡してくれるだけでいいぞ?」
『惑星間輸送権益の独占とは、東インド会社の再来か?』
「あはは、違いない。ヨーロッパ人は自然とそういう志向になるのかもしれん。
だが、東インド会社による植民地拡大手法は現代では通用せん。貴国を立てつつ、それなりに儲けさせてもらうだけだ」
『その言い方だと、イスラエル連邦とは一線を画すという事になるのか?』
「我が国は女王陛下が統べる国だ。忠誠の対象は他国ではない。
かつて我が国がEUからブレグジット(離脱)しようと画策した様に、国家としての自主性に拘るのだ。
……イングランド人として、なけなしのプライドは未だ有効だよ」
肩を竦めるケビン。
『イスラエル連邦は、これからユダヤ至上主義に走ると思うか?』
「ホロコーストの経験上、それはないだろう。支配の手法としては失敗しているからな。彼らは他民族を"浄化"するのではなく"支配"しようとするだろう。
ユダヤ資本が、国際金融資本を独占してニューヨークから世界へ影響力を振るった事を考えると分かり易い。
彼らは自国以外の人種については、自国への貢献度合いに応じた"格付け"をするだろう」
『まるで中世ヨーロッパにおけるフューダリズム(封建制)だな』
「手法は現代的だが、根本はそうだろう」
「これから我々はそういった連中の動きに対応しなければいけない。用心しろよ、タロウ?」
澁澤を案じるように見つめながら警告するケビン首相だった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・澁澤 太郎=日本国総理大臣。
・ケビン=英国連邦極東首相。




