人道に対する罪
2026年(令和8年)7月21日【火星 東京都新宿区市ヶ谷 防衛省本庁舎(地球連合防衛軍司令部)】
月面都市防衛戦直前に、人類統合政府国民がクローンだという情報は、秘かにイスラエル連邦保健省サーバーにハッキングした瑠奈からミツル商事社長大月満に伝えられ、満を通じて首相官邸の岩崎官房長官に報告されていた。
満から報告があった直後、地球派遣群の強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』から人類統合第8、第9都市の異常事態について緊急通信が地球連合防衛軍総司令部に入電していた。
岩崎官房長官から報告を受けた澁澤首相は、シャドウ帝国が戦闘時に人類統合都市の住民である大量のクローン国民を"人間の盾"として利用する事態を懸念し、善後策を話し合うべく地球連合防衛条約加盟国の緊急会議を招集していた。
「『ホワイトピース』偵察部隊からの報告によると、人類統合第8都市『キリマンジャロ』と同第9都市『ニューデリー』で観測された悲劇は、都市中央制御システムがデブリ空爆によって機能停止した事が原因と推測されます」
桑田防衛大臣がホログラフィック・モニター先に居る各国首脳へPS部隊が撮影した衛星軌道上からの偵察画像と分析内容を首脳達が持つ携帯端末へ送信して報告する。
『これから私達が北米ネバダのシャドウ本拠地”エリア51”を攻撃した場合、他のシャドウ帝国の人類統合都市にも同じ事態が起こりうる可能性は有るのでしょうか?』
手元の携帯端末を見ながらユーロピア共和国のジャンヌ首相が訊く。
「北米ネバダのエリア51—――—――すなわち『シャドウ帝国第1都市』が他の11都市を操作して計画的にクローン人間を製造・育成して各戦線へ送り出しているのは明らかです。
他の都市にも自律制御モードは有るのでしょうが、人体維持と思考操作、防衛システム優先度設定については、第1都市と同程度の機能は与えられていないでしょう……。
今迄に各地の防衛軍部隊が収集したデータから、クローン人間育成・維持には頻繁な多種多様の薬剤投与と、継続的な思考操作が必要です。
第1都市の機能停止によって、それら多くの薬品や思考操作プログラムの供給が途絶える事は、他都市住民の緩慢な死を意味するでしょう……」
今までに傍受した通信記録や偵察情報を見ながら桑田防衛大臣が答える。
『……生命を持て遊ぶ、なんておぞましい所業だ』
嫌悪感を露わにしたケビン首相が呟く。
『ムッシュ桑田の言う通りだとすれば、人類統合第1都市に対する我々の総攻撃はシャドウ帝国民200万の命を失う事態を招きます。この攻撃で200万人の命が失われた場合、私達は末代まで"人道に対する罪"を背負う事になるのでしょうか……』
総攻撃に難色を示すジャンヌ首相。
そこへ、イスラエル連邦のニタニエフ首相が、沈痛な雰囲気を破って平然と発言する。
『首脳の皆さん。200万人と言いますが、彼らは即席栽培された"人モドキ"ですよ?この期に及んで何を思い煩う必要が有るのでしょうか?』
火星日本列島各国首脳が、唖然とした顔でニタニエフ首相を見る。
『ニタニエフ首相閣下。たとえクローンであろうが地球上で生を受けた者には尊厳が有ると私は思います。彼らを救う手だてが無いまま攻勢をかけるのは時期尚早だと考えます』
ニタニエフ首相の見解に異議を唱える、ユーロピア共和国のジャンヌ首相。
『ジャンヌ首相。貴女の理想主義には大いに敬意を表する。だが、現実問題として我々人類は世界各地で追い詰められているのだ。人工日本列島が地球極東に着床した今、攻勢を緩める事はわが軍の損害が増えるだけのみならず、これまでの戦いで死んで逝った者への冒涜ですぞ!』
反論するニタニエフ首相。
『だからと言って200万人の命を無為に散らせる理由にはなりません!』
負けじと反発するジャンヌ首相。
冷静冷徹に作戦行動を推し進めようと考えるイスラエル連邦と、人道主義的観点から是に異を唱えたユーロピア共和国のジャンヌ首相が対立、会議は紛糾した。
第二次大変動により地上が混乱する中、地球各地で反撃に転じた地球連合防衛軍各国部隊は、北米大陸の東西側と衛星軌道上に集結を続けており、作戦開始まであと3日と迫っていた。




