流星
2026年(令和8年)7月9日【ヨーロッパ西部 衛星軌道上 マルス・アカデミー・多目的戦闘艦『マロングラッセ』】
「ロックオン!まだまだ来るから、ジャンジャンバリバリ落とすっス!」
弾切れを気にする事無く、マロングラッセ艦首から左右へ放たれた特殊レールガンが加速途中の弾道ミサイルに命中する。
レールガンに内包されていた超高電圧塊が爆発的に解放されると、ミサイル弾頭は次々とひしゃげたように潰れ紅の閃光へ変わっていく。
「あと少し撃ち落とせば帰れる、かな?」
瑠奈が、艦長席の制御卓モニターに映し出された弾道ミサイルに照準を合わせようとした瞬間、弾道ミサイルの姿が一瞬ブレたと思うとノイズが走って照準が中断される。
そして弾道ミサイルの先端カバーが外れると、先端から8基の小型弾頭が射出され更に加速して瞬く間にマロングラッセの脇を掠める様に通り過ぎる。
「んなっ!?なんっスか!」
二段階加速式の多弾頭型ミサイルに意表を突かれ、戸惑った声を上げる瑠奈。
「不味いっス!前からも、まだまだ来てるっス!」
更に十数基の弾道ミサイルがマロングラッセの射程に入る。
「イングランドが、アルプスが危ないっス!」
焦る瑠奈。
その時、出し抜けに通信機から聞き慣れた呆れ声が響く。
『お嬢。何ヘマやってるんですか?』
「ワイズマン中佐っスか!?」
マロングラッセ後方を急加速して上昇したF45戦闘機から放たれた化学レーザーの白い光が、撃ち漏らした弾道ミサイルの弾頭を捉えて貫く。
更に両翼ランチャーから、改造フェニックスミサイルが発射されて残りの弾頭を破壊する。
「中佐!本国に召還されたんじゃなかったっスか?……」
『地上でミサイルに怯えて縮こまるのは、性に合わないんでさぁ』
ワイズマン中佐の操るF45戦闘機が、マロングラッセに並ぶ。
『お嬢、残りが来やすぜ?』
「瑠奈が全部纏めて始末するっス!」
調子を取り戻した瑠奈が、一気に特殊レールガンを斉射して十数基の弾道ミサイルを破壊する。
「ふぅー。流石に今回はビビったっス!」
額に浮かんだ汗を拭うように額へ手をやる瑠奈。
「さぁ、戻ってロイド提督を手助けするっス!」
『まだだ、お嬢!来るぞ!』
瑠奈がモニターを拡大望遠にすると、南米上空の衛星軌道からシャドウ帝国軍の大型戦艦と戦闘機の大編隊が接近していた。
「新手っスか!?」
『あれは昔のロシア宇宙軍戦略弾道ミサイル搭載艦『イワン雷帝』でさぁ。戦争初日に北米機甲師団を、MOAB弾頭で抹殺した奴でさぁ』
「あの戦艦を落とさないと、ロイドおじさんが困るっスね!」
『同意ですお嬢。あれは破壊力がとんでもねぇ代物ですから落とすに限りやす』
「そうと決まればレッツラゴーっス!」
マロングラッセは艦首をシャドウ帝国軍戦艦へ向け、勢いよく前進する。
『ちょっと待ったお嬢!その図体で戦闘機の群れとやり合うんですかい?』
「戦闘機は中佐に任せるっス!大物を狙うっス!」
『えええ……部隊を辞めてもお嬢の人使いが酷い件について……』
「ワイズっちは、うちで働く予定だから問題無いっス!」
『は!?』
瑠奈の何気ない一言に唖然とするワイズマン。
『いやいや。大いに問題ありまくりだと思うんですがねぇ……』
「問題なんて糞くらえっス!帰ったら即、入社式っス!」
「……だって瑠奈がワイズっちの暗証コードでハッキングしたから、瑠奈が責任取るっス!ワイズっちの異論は認めないっス!」
ワイズマンに鼻息荒く宣言する瑠奈。
「ちなみにお礼として、瑠奈に毎食後のプリンを献上するっス!」
『……勝手に人をダメ人間扱いしないでもらいたいですぜ。ま、精々稼がせて貰いやす。先ずは、入社試験代わりにロシア熊の戦闘機を叩き落としてご覧に入れましょうかね……』
「しばらくの間お給料もプリン払いっスよ!」
『それはやめて!』
ワイズマン中佐のF45は、ミサイル迎撃時の垂直姿勢から機体を左に捻ってマロングラッセの側面を潜り抜けると、ミグ98宇宙戦闘機にレーザー砲で先制攻撃を浴びせる。
おっとり刀で駆け付けたミグ98宇宙戦闘機編隊の先頭2機が、胴体を貫かれて爆発する。
同時にミグ宇宙戦闘機が一斉に散開して、ワイズマン機とマロングラッセに殺到する。
「さすがワイズっち!育てたかいがあるっス!」
マロングラッセから蒼白い通常仕様レールガンが立て続けに斉射され、大型戦艦『イワン雷帝』の舷側にドスドスと命中する。
『お嬢、その呼ばれ方と育成云々については後程—――—――っ』
30mm機銃とロケット砲の乱射で反撃してきたミグ98宇宙戦闘機の攻撃を、背面ガスの一斉噴射で大きく下降して避けるワイズマン。
先制攻撃で敵を怯ませる事は出来たものの、マロングラッセ1隻と鈍重な戦闘機1機では多勢に抗うのは難しく、シャドウ帝国軍部隊の反撃を受けて徐々に押されていった。
シャドウ帝国軍戦艦は、対空火器を総動員してワイズマン機をミサイルや化学レーザーで追い回し、瑠奈のマロングラッセにはレールガンと対艦ミサイルの一斉射撃を繰り返して接近を拒んでいた。
レールガンの飽和砲撃で、プラズマ弾発射口が損傷してマロングラッセが一時後退した隙を突いて『イワン雷帝』が艦底に並ぶVLS(垂直発射口)を開く。
『不味いお嬢!敵さんミサイル発射準備に入りやがりました!』
「ちぃっ!チマチマ攻撃してくるから、全然近寄れないっス!」
このままミサイル攻撃を許すと、瑠奈が地球滞在を延長してまで護り続けたロイドや女王陛下達仲間の命が失われてしまう。
火星日本でイタズラがばれて、海底お仕置き部屋直行以来のピンチに見舞われた瑠奈は、不意に昔OVAで視たロボットアニメのワンシーンを思い出して艦長席で仁王立ちになると天井を仰いで拳を握りしめる。
「こんのぉぉぉぉっ!」
瑠奈は右手の拳を勢いよく振り上げると、艦長席制御卓の液晶パネルに叩きつけてパネルを破壊すると、そのまま傷ついた拳ごと右腕をずぶずぶと半ばまでめり込ませ、内部の配電盤に接触する。
「—――—――地球観測システム『ルンナ』本体起動。全艦コントロール掌握。
Pエネルギーシールド転換、プラズマシールド増幅、非常推進システム作動、補助エンジン全速前進」
無表情となった瞳から光が消え、機械的な音声で小さく呟き始める瑠奈。
『おいおいお嬢?何するんだ?』
瑠奈の異変を感じ取るワイズマン。
「これよりマルス・アカデミー・地球観測人工天体『ルンナ』はコメットモードに移行。本艦を第3宇宙速度まで加速、疑似彗星として針路上の障害物を排除します」
『おいっ!お嬢!やりすぎだ!』
慌てるワイズマン。
ワイズマンの制止の声を振り切って、一気にシールド出力と速度を数十倍にも増幅させたマロングラッセが、白く輝く彗星となってシャドウ帝国軍戦艦に激突する。
戦艦『イワン雷帝』は、なす術もなく衝突の衝撃でVLSに装填していたミサイルを誘爆させ、機関部の水素燃料に引火した艦体が大爆発で粉々になっていく。
戦艦の周囲を飛んでいた直援のミグ戦闘機は、彗星との直接衝突は免れたものの、イワン雷帝が編隊の至近距離で大爆発した為、大小の破片を機体に万遍なく浴びて損傷分解し、コントロールを失って地球大気圏へ墜落して燃え尽きていく。
膨大なエネルギーを解放した彗星モードのマロングラッセは、勢いを直ぐには落とす事が出来なかった為、衛星軌道上を数周しながらラグランジュポイントを通過する度に速度を徐々に落とし、再び欧州西部上空に戻って来る事が出来たものの、殆どのエネルギーを喪失していたので引力に引かれて徐々に高度を下げていく。
『お嬢!このままだと艦が持ちませんぜ!直ぐに脱出を!』
「……無理っス!瑠奈はまだマロングラッセと接続したままっスよ。強引に接続を絶つと艦が即座に分解するっス」
『ですが、このままだとお嬢もろとも艦が燃え尽きてしまいますぜ!』
「いいっスよ。瑠奈は人工知能っスから、肉体が失われてもデータは他の媒体に移れるっスから別に――――――」
『ふざけんな!何言ってやがる!』
激昂するワイズマン。
そこへ突然別の声が通信に割って入る。
『ハイハイ、盛り上がっているところスイマセンね。こちら日本国自衛隊特殊機動団、ソフィー・マクドネル大尉であります!
ロイド提督からの要請により『マロングラッセ』のサポートに派遣されました!到着遅れてスイマセン!』
ワイズマン機の後方から、推進炎を勢いよく流星の様に引きながら1機のパワードスーツが急接近して追い越すと、マロングラッセ艦首に素早く取り付いて、そのまま大気圏突入に最適な角度へ関節部のバーニアを噴射して針路を調整し始める。
「ふぃ~。……助かったっス」
血まみれの右腕をコントロールパネルに突っ込んだまま、身体ごとパネルに伏せていた瑠奈が小さく呟く。
「ミツル商事戦闘団の瑠奈っス。ソフィー大尉のサポートに感謝するっス。本艦のエネルギー残量5パーセント、艦体維持が精一杯っス。イングランド島までの降下誘導お願いするっス」
『了解。後は正しい角度で降下するだけだから大丈夫ですよっ!パナ子。突入角度再計算よろしくね』
ソフィーが応答して相棒のAIに大気圏突入シークエンスを委ねる。
『はいですのマスター。はっ!……結様の妹さまではないですか!喜んで導かせて頂くですのっ!』
AI出逢い系サイト生みの親に連なる瑠奈の存在は、火星各国のAI達には周知の事実であり、狂喜するパナ子だった。
『ドクター・ムスビの妹様ですって!?ドクターにはサキモリに乗せて貰ってとても助けられたのです!後で握手してください!』
目を丸くしながら驚きながら瑠奈に話しかけるソフィー。
『—――—――それと、そこで漂っている戦闘機おじさんは、テキトーにマロングラッセの後ろからついて来て』
声の温度を急速冷凍してワイズマンに素っ気無く指示するソフィー。
『くっ!……なんか俺の扱いおざなりじゃね?こちらワイズマン。小娘のサポートに感謝するぜ!』
『……オヤジうぜぇ』
「同感っス!」
「やかましいわ!」
軽口を叩きながら大気圏突入体制に入る三人。
だが、ソフィー大尉の『サキモリ』警戒レーダーが敵影を捉える。
『9時方向に敵感知!』
降下を続ける三人の左手から『イワン雷帝』の爆発を奇跡的に免れた、1機のミグ98宇宙戦闘機が破壊された戦艦やミグ戦闘機の残骸の間から現れて30mm機銃を乱射しながら接近する。
先導する『サキモリ』は、エネルギーを失ったマロングラッセの機首に取り付いたまま、微妙な角度調整が必要な為に応戦出来る状態ではなかった。
「くそっ!俺がやるしかないか……」
ワイズマン中佐はちらとマロングラッセを一瞥した後、操縦桿を引き上げて降下態勢に入っていた機体の角度を上げていく。
『ワイズマン機!その高度での戦闘はもう無理よ!直ぐに燃料切れになって重力に引っ張られるわ!』
ソフィー大尉が叫ぶ。
『—――—――お嬢と小娘は先に行け!—――—――これからオヤジがちょっといいところ見せてやんよ――――――』
急激に負荷のかかるGで、途切れ途切れの応答をしながら、くるりと反転してマロングラッセとサキモリから離れていくワイズマンのF45戦闘機。
再び大気圏外に戻ったワイズマンは、断熱圧縮熱から機体を守る為に稼働させていたレーザーシールドを解除すると、推進・冷却系統も含めた全てのエネルギーを機首の対空レーザー発射口へ注ぎ込む。
マロングラッセとサキモリを背後から攻撃する態勢に入っていたミグ98宇宙戦闘機のパイロットは、斜め前方のF45が大気圏突入姿勢から機首を上げて此方へ向かってくる事に驚く。
「馬鹿かあのパイロット!死ぬ気なのか!?」
ミグ戦闘機パイロットが慌てて機首の30mm機銃を、眼前に迫るF45へ発射しようとする。
みるみる内に眼前へ迫ったF45戦闘機をロックオンした直後、F45の機首からブンッと僅かな駆動音と共に最大出力の対空レーザーが放たれてミグ戦闘機を貫く。
至近距離でパイロットごとコクピットを撃ち抜かれたミグ戦闘機は、発火せずに機首からバラバラと解けるように破片をまき散らしながら、重力に引かれてストンと落下すると、大気圏上層部に接触してそのまま爆発して燃え尽きた。
F45はアクロバットさながらの背面機動で、ミグ戦闘機の尾翼スレスレを通り過ぎたものの、水素燃料が枯渇するとエンジンが停まり、重力に捉えられてゆっくりとコクピットを下に背面を地球側に向けたまま、大気圏へ落下していく。
「ワイズマン!」
既に大気圏に突入し、艦体表層部が赤く輝くマロングラッセから瑠奈が呼びかける。
『—――—――お嬢。燃料切れでさぁ――――――悪党には――――――締まらない最期—――—――』
ワイズマン機も断熱圧縮加熱に覆われている様子で、酷いノイズが交じった途切れ途切れの声しか聞こえない。
「ワイズマン!そっちにシールド展開するから待つっス!」
瑠奈は、大気圏突入状態にもかかわらず姿勢制御や冷却系統に使っていた最後のエネルギーを遠隔投射シールドに注ぎ込もうと操作を始める。
『瑠奈っ!今はダメっ!こっちに集中して!』
懸命に艦首を抑え続けるソフィーが制止する。
『お嬢の馬鹿野郎!!』
突然大音量でワイズマンの罵声が響く。
『せっかく助かった命を――――――お嬢はどアホですか!?』
途切れがちだが、ワイズマンの怒気を孕んだ声がマロングラッセのブリッジに響き渡り、初めて耳にするワイズマンの罵声に瑠奈はビクッと体を震わせる。
艦体制御を再開して、降下を続けるマロングラッセ。
『そう――――――それでいいんでさぁ……さっさと降りやがれってんだ――――――』
ぶっきらぼうな口調だが、声音は罵声に比べれば和らいでいた。
『—――—――お嬢。最期だから言わせて貰いやすが、お嬢が全知全能の人工知能だとしても、お嬢は今、生身の身体と心を持っている、れっきとした"人間"でさぁ。
……人間の先輩として言わせて貰うなら、お嬢はまだまだヒヨっ子でさぁ—――—――どうか、あっしみたいにヘタ打たないで、長生きした人生を送って欲しいでさぁ……』
「ワイズマン中佐!生意気っス!お別れには早いっス!」
自然と瞳を滲ませた涙声の瑠奈が叫ぶ。
過熱していくコクピットの中で意識を朦朧とさせたワイズマンが呟く。
『お嬢……宇宙は絶対零度で寒いと言う割に――――――やっぱ熱』
ワイズマンが乗る戦闘機の機体が断熱圧縮に耐え切れずに膨張を続け、遂に爆発してしまう。
「—――—――中佐っ!何やってるんっスかーっ!!」
イングランド島グラスゴー沖に無事着水したマロングラッセの艦橋で、瑠奈は制御パネルから血まみれの右腕を引き抜くと、がっくりと床に膝をついて嗚咽し続けた。
ほぼ同時に着水していたサキモリのコクピットでは、ソフィー大尉がハッチを開けて空を見上げ、四散したワイズマン機の残骸が幾つにも分解して灰色の空からオレンジ色の炎と白煙を引きながら流星の様に落下して行くのを無言で見つめていた。
この日、欧州や北米上空に於いて、シャドウ帝国軍必死の抵抗で激しい戦闘が繰り広げられ、ワイズマン中佐を始めとする多くの兵士が犠牲となったものの、人類反攻作戦最大の要である、人工日本列島『タカマガハラ』の極東着床は無事成功した。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体「月」管理人工知能。マルス三姉妹の三女。
*イラストは絵師 里音様です。
・ペレス・ワイズマン=元イスラエル連邦軍 特殊部隊隊長。ミツル商事戦闘団に出向中だった。
・ソフィー・マクドネル=自衛隊特殊機動団パワードスーツ『サキモリ』パイロット。17歳、女性。ユニオンシティ防衛軍出身。
*イラストは鈴木 プラモ様です。
・パナ子=機動兵器サキモリの機体制御システム人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。
・ジョーンズ=地球連合防衛軍オセアニア地区司令官。ユニオンシティ防衛軍中将。




