誰が為の
2026年(令和8年)7月8日【東京都千代田区永田町 首相官邸】
「総理。桑田防衛大臣がEMP(電磁パルス)攻撃を承認しました。そして、本作戦終了後に辞職したいと口頭で申し出がありました」
岩崎官房長官が報告する。
「辞職願は保留だ。桑田君を防衛大臣に任命したのは私だ。彼の心中は察するに余りある。当たり前だ。思いもしない所から、作戦に横やりを入れられたのだからな!」
「本来であれば、EMP攻撃開始後に緊急記者会見を開いて事後報告するシナリオではなかったのかね?何故、攻撃開始前に内閣法制局へ情報が漏れたのだ?」
桑田に同情的な澁澤が、隠しきれない憤りを見せて訊く。
「おそらく、地球連合防衛軍司令部の作戦案を閣議決定した直後でしょう」
「……流出先が内閣法制局とは言え、軍事機密漏えいは明らかにアウトだ。地球連合防衛軍内での我が国の信用度が一気に低下する事は避けられないだろう」
「作戦情報の漏えいは、内閣法制局が自ら動いて収集した物ではなく、他のルートで漏れたのでしょう」
岩崎が言葉を選びながら答える。
「そうだろう。彼らは内調(内閣調査室)とは違う。だとすると、閣僚の誰か又は閣議に同席していた各省の秘書官の誰かがリークしたと言うのかね?」
「……その線が濃厚でしょう」
「野党が珍しくマスコミにアピールせず、事前協議を申し出て来たのが不幸中の幸いか?」
「いえ、作戦進行に大きな影響が……。シャドウ帝国軍に反撃の隙を与えた様です。各線戦で劣勢を強いられている様です」
「NPT(核拡散防止条約)もIAEA(国際原子力機関)も存在しない火星に於いて、国会決議だけで”法的拘束力のない国内事案”を何故このタイミングで持ち出して足を引っ張る真似をするのだ?理解に苦しむ……」
執務机の上で頭を抱える澁澤。
「内調(内閣調査室)に、情報漏えい者の背後関係も含め詳細を調べる様に指示しますか?」
「いや、まだだ。反攻作戦が成功するまで内輪の揉め事を明らかにするのは得策では無い。”あたり”を付けるだけで今は充分だ。野党や官僚共への口封じは逆効果だろう」
澁澤は、執務室の窓際から梅雨空を見上げる。
明け方に一度弱まった雨足が再び強くなり、しとしとと間断なく降り始めていた。
♰ ♰ ♰
――――――【北米大陸 人類統合政府第1都市『エリア51』( 旧アメリカ合衆国ネバダ州グルームレイク )】
「月面から接近する敵艦隊に対し第12都市ハルピン、第6都市ナスカ、第7都市フェニックスの迎撃部隊が合流、衛星軌道上で交戦中」
「衛星軌道上から、超巨大要塞と宇宙戦艦が減速しつつ降下中。推定降下地点は極東地区」
「中部ヨーロッパ戦線、間もなくコーカサス地方からのAI戦車軍団が合流して反撃予定」
「西ヨーロッパ、イングランド島に火星侵略軍が来襲。北海ワーム群で対応中。ダンケルク海岸のワーム群も支援に向かわせます」
「インド洋東部にも火星侵略軍来襲。第8都市キリマンジャロと第9都市ニューデリーの防衛軍が、ディエゴガルシア島を中心とした防衛線を構築、迎撃します」
爬虫類クローン人類兵士からなるオペレーターが、忌々しい火星侵略軍の攻勢報告が相次いで報告していく。
「敵の隕石爆撃はどうなっている?」
縦長の瞳孔を持つダグラス・マッカーサー三世ことダグリウスが、配下のクローン爬虫類人兵士に訊く。
「第8、第9都市が迎撃部隊出撃時のシールド解除を突かれて隕石の直撃を受けましたが、超巨大要塞の大気圏突入を境に爆撃が止んでいます」
「EMP攻撃は?」
「ありません」
「ふむ。詰めの甘い奴らめ」
満足げに鼻を鳴らすダグリウス。
「だが、此方にとっては好都合だ。此処で手を打たないと、せっかく手に入りかけている”惑星規模の実験室”を逃すことになるからな」
ダグリウスは呟いて鱗に覆われた手を赤い受話器に伸ばす。
「私だ。全”クラーケン”に通達。”荷物”を放出しろ」
シャドウ・マルスの反撃が始まった。
† † †
――――――【衛星軌道上 『ホワイトピース』CIC(戦闘管制室)】
EMP(電磁パルス)攻撃のカウントダウンを再開している最中に地上監視レーダーの警報が鳴り響く。
「南米ベネズエラ沖、アフリカ・マダガスカル沖から、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)と思われるICBM(大陸間弾道弾)多数発射されました!尚も増加中!」
「何処が狙いだ?」
報告を受けた名取が訊く。
「推定弾道計算によると、落着予想地点はオーストラリア大陸中央、トルコ中部、アルプス山脈、イングランド島全域!」
「ロフテッドコースを取ったと思われる弾道弾50基を捕捉!地上からのミサイル迎撃可能高度限界を突破!」
「宇宙で迎撃するしかないのか!?」
「シャドウ帝国軍迎撃部隊の衛星軌道上での攻撃が激しく、此方からミサイル迎撃に回せる戦力が有りません!」
「月面都市にニュートリノ・ビーム攻撃を要請しろ!」
「素粒子エネルギー充填に時間がかかり過ぎて、間に合いません!」
「地上の全部隊に対し弾道ミサイル警報発令!可能な限り予測弾道を伝達!タカマガハラにも支援を要請し続けろ!」
「オセアニア、カッパドキア基地のイージス・アショア稼働開始、迎撃ミサイル発射しました!」
「アルプス拠点のイージス施設が、サイボーグ・ワームの攻撃で大破!迎撃システム作動出来ません!ニューベルファストにはそもそも迎撃施設が有りません!」
CICで情報を分析していた作戦参謀が黙考した後、ブリッジに居る名取にコールする。
「艦長!EMP攻撃の延期と『サキモリ』によるミサイル迎撃を進言します!」
† † †
――――――【地球欧州 イングランド島北部 ニューグラスゴー沖の北海】
暗い灰色の海を対岸のグラスゴーへ向けて進むマルスアカデミー戦闘艦『マロングラッセ』から、ポンポンと白く輝くプラズマエネルギー弾がお手玉の様に撃ち出されると、海岸に群がっていたサイボーグワームの群れの真ん中で炸裂して超高電圧で撃ち出された無数の小型レールガンがサイボーグ・ワームを貫いていく。
炎から逃れたサイボーグ・ワームも居たが、『マロングラッセ』と並走する多目的戦闘艦『レナウン』から矢継ぎ早に撃ち込まれる巡航ミサイル攻撃で、反撃する暇も無く巨体を爆発四散させていく。
「ミス瑠奈。海岸の敵は一掃された様だ。上陸部隊を出すかね?」
レナウンに乗り込んでいるロイド提督が瑠奈に訊く。
「そうっス!マロングラッセを上陸させるっス!橋頭保にすれば良いっス!」
瑠奈は応えると、マロングラッセを更に突進させてニューグラスゴー海岸に上陸させる。
「まずは、念のために"火星蛭"放牧っス!ご飯の時間っス!」
マロングラッセの艦体側面が開き、コンテナから火星蛭の群れが元気良く飛び出して内陸部へ進んで行く。
海岸やニューグラスゴー基地へ向かう道中の瓦礫から、生き残りの巨大ワームやサイボーグワームが現れて火星蛭に襲い掛かったが、意に介する事無く、嬉々として”獲物”に喰らいつく火星蛭。
「今日もお茶目で活きの良い蛭っ子っス!」
元気一杯な火星蛭に喜ぶ瑠奈。
「……何度見ても生理的に受け付けないのだが」
モニター越しに眺めても、蛭の捕食行為に吐き気を催すロイド提督の額に冷や汗が滲む。
「無理もないっス!昆虫や爬虫類の類は、人類が太古の昔から恐怖と共に刻まれている天敵っス!」
人類に嫌悪感を催すこの種の"生物兵器"はやはり使用しないに限るっス、と瑠奈は心に留め置く。
「基地までは火星蛭っ子達が掃除してくれたので、そろそろ占領部隊を出すタイミングっス!」
瑠奈がイスラエル特殊部隊を出そうと準備を進めていると、総司令部から弾道ミサイル警報が届く。
「やっぱり反撃を許したっスか!?アルプス山脈とイングランド全域に核攻撃っスか!?」
動揺する瑠奈。
「EMP攻撃が遅延した隙を突かれた様だ」
ロイド提督が応える。
「アルプス基地の迎撃施設はサイボーグ・ワーム襲来で大破、ニューベルファスト基地には弾道ミサイル迎撃システムが配備されていないのだ」
「瑠奈が迎撃するしかないっスか……」
「間に合うのか!?」
瑠奈の呟きに驚くロイド提督。
「出来ないから何もしないと考えるのは、もっと不味い気がするっス!」
きっぱりとロイドに応える瑠奈。
身軽に成る為に、取り敢えずイスラエル特殊部隊を上陸させた瑠奈は、マロングラッセを急上昇させ、迎撃態勢を整える。
「此方に来るミサイルは……50基っスか!?」
絶句する瑠奈。
「……さすがにちょっと全部は無理かも知れないっス」
引き攣った笑顔で珍しく弱音を呟きながら迎撃パターンを検討する瑠奈だった。
† † †
――――――【イングランド ブリテン島 ニューベルファスト基地】
基地のサイレンが最大音量で鳴り響き、人々に核シェルターへの避難を促していた。
地上施設の隊員や避難民が地下施設へ避難しようと逃げ惑い、女王陛下や侍従、将校達が懸命に誘導していた。
「おい!あんた何やっているんだ!?」
シェルターへ向かう途中の整備士が、F45戦闘機に乗り込んで発進態勢に入るべく電磁カタパルトを操作する兵士に声を掛ける。
「いやぁ、ゴラン高原の前線時代から穴倉に籠もるのは苦手でしてね……いっその事、ダメ元でミサイルを迎え撃った方が性に合っているんでさぁ」
「お前、何を言っている。死ぬ気か!?」
制止しようと整備士が機体に近づく前に、電磁カタパルトが機体を速やかに地上へ押し上げて射出する。
「誰が為の、と言う訳では無いのですがねぇ……」
丸腰の服装で酸素マスクだけ装着したワイズマン中佐が、急速な加速に顔を歪ませながら呟く。
30秒後、ミサイル警報の鳴り響くニューベルファスト基地から、1機のF45宇宙戦闘機が電磁カタパルトから打ち出されて真っ直ぐに宇宙へ上がっていく。
アルプスとイングランド島全域を標的にした50基のミサイルが、弾道の頂点を過ぎて落下速度を増そうとしていた。




