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転移列島  作者: NAO
混沌編 人類反攻
172/462

誰の為の

挿絵(By みてみん) 

電磁シールドを展開する人類統合政府第1都市(エリア51)

【東京都千代田区霞が関 中央合同庁舎 内閣法制局 局長室】


「局長。市ヶ谷の防衛省経由で地球連合防衛軍司令部から差出人不明の局長宛外交郵便です。爆発物の反応はありません」


 局長付の職員がA4サイズの茶封筒を局長の決裁箱に置く。


「ありがとう。閣議決定に対する総理への意見書の決裁を終えたら読む事にする」


 それだけ答えると黙々と法制局が作成した意見書を精査する局長。

 数分後、職員が退室したタイミングを見計らって決裁箱に置かれた外交郵便物の入った茶封筒を開封して読み始める局長。


「……なんという事だ」


 茶封筒に入っていたのは地球連合防衛軍司令部が作成した作戦計画書の一部であり、その中のとある部分に注目した局長が呻く様に呟くと、内線電話で首相官邸を呼び出す。


「内閣法制局局長です。閣議決定に対する意見書について我々が関知しえなかった”重大な問題”が発覚しました。審議官を全員集めて下さい。直ちに閣議決定について再検討を行います」


          ♰          ♰          ♰


2026年(令和8年)7月8日【地球衛星軌道上】


「ワオ!アメージング!空飛ぶ大陸じゃん!」


 パワードスーツ『サキモリ』コクピット内ディスプレイ一杯に広がる、人工日本列島を目の当たりにしたソフィー大尉が感嘆の声を上げる。


 これが"本物の"日本列島であれば、大都市で輝くネオンの連なりが竜の如く美しいイルミネーションとなって目を楽しませるのであろう。


 だが"人工日本列島"たる『タカマガハラ』には、数か所に点在するイスラエル連邦軍基地と自衛隊地球派遣群を始めとする火星各国軍駐留部隊の僅かな灯りしか見えず、灰色に鈍く輝く地球を背景に、長大な暗黒の岩塊が宇宙を漂っているに過ぎない。


『マスターソフィー。これは人工日本列島『タカマガハラ』と言って、日本列島喪失で発生した地球の地殻変動を抑える為の質量均衡保全装置の役割を果たすですの。

 タカマガハラの由来は、古代日本にマルス人"イワフネ"が降臨した最初の場所を意味しているですの』

挿絵(By みてみん)

どや顔で平らな胸を張って、自慢げに説明するパナ子。


「へ~、そっか。ところでパナ子さぁ、出撃前にも言ったけど、戦闘中はディスプレイに出て来ないで!目標が見づらいのよ」


『何ですとっ!不敬ですの!パナ子様のご尊顔を拝めるだけでも秋葉原界隈ではご褒美だと言うのに、この罰当たりですの!』


「ご褒美ですって!?そんなダサい恰好で?受けるー」

ぷーくすくすと笑うソフィー。


『……むむむっ!クワーッ!』

「アババババ」


 パナ子が、天罰とばかりに操縦桿を握るソフィーの手に、バチッと電気ショックを加える。悶絶するソフィー。


「あ痛ッ!何すんのよ!?白魚のような華奢な手に暴力とは!帰投したらDVで艦長に訴えてやる!」

『人間じゃなくてAIですの。DV関係無いですの。論破ですの!ホホホ』


「きぃ~っ!」

コクピットで地団駄を踏むソフィー。


「ソフィー大尉、任務中だ!私語は慎め!

 パナ子君も、度が過ぎるとパイロットへのパワハラで、美衣子さんや結さんに報告しなければならん。程々にしてやってくれ」


『失礼しました!中佐殿』

『……さーせんですの』

高瀬中佐の叱責に反省するソフィーとパナ子。


 ソフィー大尉操る"サキモリ"は、自衛隊護衛部隊の一員として、衛星軌道上で人工日本列島『タカマガハラ』の護衛任務に就いていた。


 パワードスーツから離れた所には、タカマガハラから出撃した母艦である『ホワイトピース』、ユニオンシティ防衛軍宇宙空母『サラトガ』と多目的護衛艦『そうりゅう』、戦略戦闘艦『ドゥ・リシュリュー』が並行して航行している。


 上下飛行甲板が特徴的なユニオンシティ防衛軍宇宙空母『サラトガ』から発進したF45宇宙戦闘機が護衛部隊とタカマガハラ周辺を哨戒飛行している。


 ソフィー大尉の眼前一杯を超えて広がるタカマガハラから、チカチカと時折光が瞬く度に、幾つもの流星が赤く輝く尾を引きながら地上へ落下していく。

 

『アステロイドベルトから持ってきた岩石を落として地上を空爆しているですの。ニュートリノビームで核兵器が無効化された北半球では、効果的な戦術ですの』

パナ子が説明する。


「そうかなぁ?核以外にもヤバい兵器が、地上にはまだわんさか有るんじゃないの?」

当然の疑問を口にするソフィー大尉。


『ですから、タカマガハラが降下している間に、EMP爆弾で作戦地域全ての電子機器をショートさせるですの』

「味方を巻き込むんじゃない?」


『鉛で防護された設備ならば、電磁波は遮断されるから例外ですの』

「敵にも防護設備が有るんじゃない?」


『在るですの。でも、全軍を守るには数が足りないですの。少数の部隊が動いたところで、私達の攻撃を防げないですの』

「なんだ、楽勝じゃん」


 月面都市ユニオンシティ防衛軍即席士官教室で、教官から地上戦は長期化するものだと教わっていたソフィーは、意外に楽観的な展望に安堵のため息をつく。

 泥沼の地上戦は憂鬱だろうと感じていたのだ。


『そうですの』

戦術予測AIからの回答を引き出していたパナ子は、当然とばかりに断言する。


「おい、また私語が多くなってきたぞ!任務に集中しろ!」

高瀬中佐が二人に注意する。


「……申し訳ございません!」『さーせんですの』


 ソフィー大尉とパナ子に注意しながら高瀬中佐は、果たして都合良く戦闘が展開されるだろうかふと不安になるのだった。


『こちら"ドラゴン"。間もなく極東降下コースに入る。大気圏突入時の断熱圧縮で約30分間、通信や爆撃支援等が不可能となる。幸運を祈る!』

人工日本列島に駐留している、イスラエル司令部から通信が入る。


『マルスアカデミー支援船団のリアです。

 これよりPパワーシールドを展開、"ドラゴン"の地球降下スピードを減速、大気圏接触による断熱圧縮をなるべく抑えつつ、極東地区への安定着陸を目指します』


「こちらホワイトピース。タカマガハラとマルス・アカデミー船団の無事を祈る」

名取艦長が返信する。


 やがて『タカマガハラ』とマルス基幹母艦船団が艦隊から離れると、タカマガハラが地球大気圏に接触して圧力を加えた事で発生する断熱圧縮効果で赤く輝き始める。


 同時にタカマガハラ周囲に展開していた20隻余りのマルス・アカデミー基幹母艦から、緑色に輝く帯状のビームが伸びるとタカマガハラを包みこんでシールドを形成する。

 緑色のシールドに包まれたタカマガハラは、大気に接触して膨大な圧力を加えている外縁部を赤く輝かせながらゆっくりと下降を始める。


 暫しの間、赤く輝く長大な岩塊が緑色に薄く光るシールドに包まれて地球へ降下する、幻想的な光景に魅入っていた『ホワイトピース』の面々だったが、突然の警告音が響いて皆を現実に引き戻す。


「艦長!南米大陸ナスカ、北米大陸フェニックスから打ち上げられた敵迎撃部隊が艦隊に急速接近中!」


「PSは艦隊前面に進出して迎撃!F45は哨戒を終えて『サラトガ』に帰投。零七戦闘機隊、迎撃せよ!」


 月面攻防戦から働き詰めで消耗していたF45戦闘機に代わり、火星から到着した増援の"菱友零七型宇宙戦闘機"の編隊がホワイトピースから発進する。


 白と赤に塗装されたF2戦闘機をベースとした機体だが、最大の特徴は前方に”後退した”短い主翼である。Y字型の機体には、2連装小型誘導ミサイルと30mmバルカン砲が装備されているが、武装は比較的軽装であり、宇宙空間でのドッグファイトに主眼を置いた設計思想である。


「……ほぉ、ようやく実践投入か。技本(防衛省技術研究本部)もマジになったな」

高瀬中佐が呟く。


 高瀬が操るPSをスッと追い越した零七戦闘機は、前方から迫るミグ98宇宙戦闘機に小型誘導ミサイルと30mmバルカン砲を叩き込んで爆散させると急角度でUターンして高瀬の前を颯爽と飛び去っていく。

 その動きは、直線的なF45の機動に比べると遥かに軽快だった。


「流石、宇宙の零戦」

軽快な零七戦闘機の機動を視て、思わずヒューと口笛を吹く高瀬。


 零七戦闘機の誘導ミサイルはロケット弾並みに小さいが、AI制御された自律追尾システムが起動して、正確にミグ98宇宙戦闘機を捉え、紅蓮の焔と煙の球体へ変えていく。


「我々も負けてられないな。突撃!タリホー!」


 高瀬操るPSも、ガトリングガンや背面ランチャーからミサイルを連射して、接近するミグ戦闘機を次々と撃破していった。


「前衛パワードスーツの2機と零七戦闘機部隊が、敵迎撃部隊を押し戻しています!」


「北米大陸西岸バンデンバーグ、ユーラシア大陸中部ゴビ砂漠から新たな熱源反応!敵増援が発進中!」


「頃合いだ。EMP爆弾投射準備。目標、北米大陸中央部、ユーラシア大陸シベリア、ウラル山脈上空、高度400Kmにセット!」


「EMPミサイル安全装置解除、ランチャーセット!」


 名取がEMPミサイル発射を号令する寸前、通信オペレーターが叫ぶ。


「艦長!火星市ヶ谷司令部から緊急通信!澁澤総理大臣からEMP攻撃中止命令が出されました!」


「何!?何が起こった!?」

思わず座席から腰を浮かせる名取。


「EMP爆弾の使用は我が国の国是である”非核三原則”に抵触すると内閣法制局に指摘された為、核弾頭を用いた兵器の使用は禁止する、との事です!」


「なっ!?」

想定外の理由に思わず絶句する名取。

 

 絶句する名取を余所に、地上から次々と支援要請が入る。


『こちら欧州アルプス拠点。シャドウ帝国軍が反撃に転じた!サイボーグ・ワームと無人戦車の大群が襲来!現有戦力での防衛は、もはや困難。速やかなEMP攻撃を要請する!』


「こちら衛星軌道艦隊。現在、司令部からEMP攻撃中止命令が出ている・・・要請には応じられない」


一瞬、アルプス拠点は言葉を失った様子だったが、すぐに新たな支援を求める。


『では、デブリ空爆を要請する。戦線後方に集中投射してくれ!幾ら撃ってもサイボーグ・ワームが減らないんだ!』


「"ドラゴン"は3分前に大気圏突入して連絡不能だ。あと30分は空爆要請が出来ない」


『何だそれは!話が違うじゃないか!此方は全戦力を攻勢に出しているんだぞっ!』


「艦長!敵増援が迎撃部隊に合流、艦隊に接近中!」


 激怒した前線からの通信と艦隊の危機に、名取は懸命に身体の中で渦巻く憤りを抑えながら、冷静さを装って指示を下す。


「いかなる犠牲を払ってでも、"ドラゴン"とマルス基幹母艦船団を無事に極東へ降下させるんだ!それこそが、反攻作戦の要だ!『サラトガ』からも全機発進させろ!『そうりゅう』『リシュリュー』も前に出せ!」


 艦長席にドカッと腰を下ろして命令する名取准将。


「本艦も前へ出る!何としても、此処で持ち堪えねばならん!」


「市ヶ谷の防衛省本省を呼び出せ!桑田さんに直接話を付ける!」


 衛星軌道上での戦闘は激しさを増していった。


          †          †          †


――――――【火星日本 東京都新宿区市ヶ谷 防衛省(地球連合防衛軍司令部)】


『桑田隊長!何を考えているのですか!この期に及んで、法的拘束力云々の議論をしている場合ではないでしょう!?』

モニターに映る名取准将の顔が怒りで赤く染まっていた。


 言葉遣いが、桑田の先任下士官として指導した頃に戻っている事にも気付かない程だった。


『現在、地球各地の防衛軍拠点がシャドウ帝国軍の反撃を受けて全滅の危機に晒されています!衛星軌道上の我が艦隊にも、多数のシャドウ帝国軍迎撃部隊が殺到中。

 今、使える兵器を全て投入しないと、反攻作戦は失敗します!』

懸命に訴える名取准将。


「名取、すまんっ!総理と岩崎さんが野党と官僚共に今も説得を『—――—――次元が違いますよ』」

桑田防衛大臣の釈明を遮る名取。


『”誰の為の”憲法ですか?人類が異星人に滅ぼされかねない状況で、野党と官僚に配慮せねばならないのですか?人類の生存権よりも"我が国固有の事情"で核の不使用を優先するのですか?』


『この闘いは、人類同士の紳士協定に基づいた戦争ではありません!エイリアンの侵略から人類を護る為の防衛戦争です!

 もちろん我々は日本国民として憲法を順守する立場にありますが、一国の国内事情で人類全体に損失をもたらす事態は本末転倒では有りませんか?』

畳み掛ける様に問いかける名取。


 名取の問いに、司令部の誰も反論しなかった。


「桑田隊長、地球連合防衛軍司令部としてEMP攻撃のご指示を」

『……EMP攻撃を許可する』

名取の鬼気迫る表情と説得に押された桑田は頷くしかなかった。


 地球衛星軌道上の艦隊がEMP攻撃のカウントダウンを再開する中、桑田は背広の内ポケットに右手を忍ばせると、常時携帯している自身の辞職願を無言で握りしめて執務室へ戻るだった。


「……まあ、今の俺に責任の取り方なんかこれぐらいしか思い浮かばないんだよなぁ」


 小さくぼやきながら辞職願を握りしめた桑田防衛大臣が岩崎官房長官に辞任を申し出たのは執務室へ戻って直ぐの事だった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・ソフィー・マクドネル=パワードスーツ『サキモリ』パイロット。17歳、女性。ユニオンシティ防衛軍大尉。日本国自衛隊特殊機動団に出向中。

挿絵(By みてみん)

*イラストは鈴木 プラモ様です。


・パナ子=機動兵器サキモリの機体制御システムを担当している人工知能。民間企業PNA総合研究所の人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストはお絵描きさん らてぃ様です。


・高瀬 翼=日本国航空・宇宙自衛隊 パワードスーツ部隊隊長。階級は中佐。乗機は菱友重工が開発した21型パワードスーツ(H21-PS)。

挿絵(By みてみん)

*イラストはイラストレーター 鈴木 プラモ様です。


・名取=日本国航空・宇宙自衛隊 多目的揚陸艦『ホワイトピース』艦長。准将。

・桑田=日本国防衛大臣。

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