チップ
2026年(令和8年)7月5日【地球 欧州英国 ブリテン島ニューベルファスト レジスタンス基地司令部内】
司令部隣室で耐熱タイル製作に励んでいた女王陛下とロイド提督の前で、瑠奈は床の上に座り込んだワイズマン中佐を見下ろして詰問する。
「瑠奈の知る限り、イスラエル連邦軍司令部が公表した人類統合政府軍ヘリコプターパイロットの死因は、不時着時の傷が原因とあるっス……けれど、どうして死因が”老衰”なんスか?」
普段全く見られない瑠奈の真面目な顔に、只事では無い事を悟った女王陛下とロイド提督は、何も言わず隣に座るワイズマン中佐に視線を向ける。
「……はぁ。やっぱり辿り着いてしまいましたか、お嬢」
俯いてため息をつくワイズマン中佐。
「……あっしレベルの佐官には、多くを知らされてはいませんがね。要するに、奴らはクローンなんですよ」
観念したかのように話すワイズマンからは、普段の無理をした敬語遣いが消えている。
「クローン人間だと!?国際的に禁止されていたはずだが?」
驚いたロイド提督が思わず口を挟む。
「ははっ、そんなの当時の中国やロシアが、真面目に守る訳ないじゃないですか?」
苦笑して答えるワイズマン。
「我がイスラエルでさえ、大変動直前までヒトDNAの解析を、モサド傘下の製薬会社と米国DARPPA(ダーパ=国防高等研究計画)で共同研究していた程ですぜ」
「本国は、エリア51に潜むシャドウ・マルス人のダグリウスが、壊滅したロシアや中国奥地に在る秘密都市から収集したデータをハッキングして、クローン人間を開発したと推測していますぜ」
瑠奈が眉を顰めて、嫌悪感を露わにしつつ質問を続ける。
「それで出来上がったクローン人間に、欠陥があったという事っスか?」
「その通りですお嬢。救助したパイロットは、数時間の内に身体機能が急速低下して死亡。本国保健省の分析によると、普通のヒトよりも細胞の劣化速度が恐ろしく早い上に、新陳代謝機能が無きに等しいそうでせいぜい2、3年で"寿命"を迎えるらしいですぜ」
瑠奈に答えるワイズマン。
「……人類統合政府の国民とやらは皆、そのようなクローン人間ばかりだと?」
ワイズマン中佐の告白を聴いて愕然とした面持ちの女王陛下が訊く。
「そうでさぁ、陛下。支援も無く、孤立した都市が、今日まで20万の人口を維持しながら存続出来る筈がないでしょう?
恐らく、シャドウ・マルスが一気にクローン人間を大量作成して、それを各地に拡げたのが人類統合政府と呼ばれる存在ですぜ」
ワイズマンが答えた。
「それともう一つ。パイロットの頭蓋骨内部で、ナノサイズICチップが検出されましてね。
これは人類統合政府国民の位置情報送信機能だけではなく、日常的に外部から思考介入・誘導を受ける作りになっていた様ですぜ……」
「……何という事だ。SFホラー映画を超えるおぞましい話だ」
顔を顰めるロイド提督。
「……それにしてもっス。どうして、イスラエル連邦は事実を各国に伝えないんっスか?」
腕を組んだまま小首を傾げる瑠奈。
「……お嬢には、人類の政治世界は理解し難いのかも知れませんね」
ワイズマンが顔を上げて瑠奈を見る。
「あわよくば、事実を火星の列島各国が知る前にシャドウ・マルスが開発した240万のクローン人間をそっくり引き継いで、チップを上手く使って都合の良い手先として利用したいと、本国は考えているのでしょう。急激な老化や思考制御が課題ですがね……」
そう言うと皮肉気にワイズマンは口を歪めた。
瑠奈も女王陛下もロイド提督も、酷い事実に言葉を失うのだった。
♰ ♰ ♰
――――――【地球ユーラシア大陸東部 旧中華人民共和国 黒竜江省 人類統合第12都市『氷城』】
電磁シールドに覆われた2Km四方の都市の中心に位置する鈍色のピラミッド中層に1フロアー一面にカプセルがズラリと並んでいた。
カプセル表面の半分程は、天井の配管から多数の薬品や栄養剤を補給するチューブや、体温・心拍を維持する電気コードに覆われている。
数時間前からこのフロアーと上層フロアーの一部カプセルが”再び”人命を造り出すべく、成長促進剤と最期まで生前記憶を生体電気信号として記録していたチップをカプセルの中身であるクローン技術で複製された胎児に注入していた。
そのカプセル側面の液晶画面には
『軍人佐官級1200667黄 浩宇』
上階フロアーのカプセルには
『上級軍人級12007王 子軒』
と表示されていた。




