最終手段

２０２６年（令和８年）７月５日【人類統合政府軍宇宙機動部隊 旗艦『アドミラル・ゴルシコフ』】

　敵機の接近警報を知らせるサイレンが、シャドウ帝国軍宇宙戦艦の艦橋に鳴り響いていた。

「方位Ｓ０６から敵機動兵器、発砲しながら急速接近！距離４００ｍ！電磁シールド展開が間に合いません！」

額に汗を滲ませたレーダー担当が艦長席に向かって叫ぶ様に報告する。

「近接防衛システムオン！」

　縦長の瞳を持つ従順なオペレーターが取り乱した”ヒト”のレーダー担当に惑わされることなく対空戦闘に入る。

　宇宙戦艦各所に配置された対空バルカン砲が『サキモリ』を捉えようと砲塔を旋回させ、バリバリと３０ｍｍ劣化ウラン弾を吐き出す。発砲時の高熱でオレンジ色に輝く弾幕が矢の様な直線となってパワードスーツへと伸びていく。

　だが、艦隊下方から猛スピードで突撃してきた『サキモリ』の速度にバルカン砲の弾幕は機体を捉える事が出来ない。

　艦隊の弾幕を躱しながら『サキモリ』の背面に装着していたミサイルランチャーから８連装誘導弾が放たれて、宇宙戦艦へ吸い込まれるように命中していく。

「巡洋艦『クリル』『バイカル』機関部に被弾、艦内温度急上昇。速力低下！」

　原子力潜水艦を耐熱タイルで覆っていた即席巡洋艦の装甲がミサイルの直撃で噴き飛ばされ、潜水艦船体が真空に晒されてしまう。晒された船体に容赦なく降り注ぐ宇宙線が紫電となって船体を加熱させていく。

「うろたえるな！今は敵艦隊との砲戦に集中しろ！」

　巡洋艦を撃破した２機のパワードスーツは艦隊のど真ん中を高速で飛び抜けると旋回して再び攻撃態勢に入ろうとしている。

　艦隊を援護すべくパワードスーツに追い縋ろうとしたミグ９８宇宙戦闘機がパワードスーツが放った５０ｍｍガトリングガンの直撃を受けて機体に大穴を空けて爆散していく。

　艦長席に座る王准将が”縦長の瞳”を見開くとオペレーター達を叱咤する。

「こちらシェンロンリーダー、生き残った戦闘機は艦隊直援に回れ！最優先命令だ！」

王が戦闘機部隊に指示する。

「艦体直援だったシャオラン中隊、ウラル中隊全滅！先鋒突撃部隊の生存機は最終防衛線に展開する敵艦と攻撃衛星の弾幕に阻まれて月面都市へ接近出来ません！足止めされています！」

「月面都市までの距離は？」

「１１Ｋｍです」

「……少し遠いが致し方ない。全艦隊、掘削弾頭発射準備。起爆スイッチは地表接触から３０にセット。核弾頭安全装置解除！」

王が月面破壊用弾道弾の発射準備を命令した。

　月面都市防衛部隊と自衛隊パワードスーツ『サキモリ』の猛攻を受けて大破した艦のあちらこちらから破片や水蒸気をまき散らして進むシャドウ帝国軍宇宙戦艦は、艦体下部のコンテナを開放して大型弾道弾の発射態勢に入るのだった。

　　　　　　　　　　†　　　　　　　　　　†　　　　　　　　　　†

――――――【ユニオンシティ臨時防衛軍司令部】　

『こちらパワードスーツ高瀬！司令部へ警告！敵艦隊が大型ミサイル発射準備に入ったぞ！』

　ソフィーが乗るサキモリを援護していた高瀬中佐が、敵戦艦の動きに気付いて司令部に警告する。

「新たな射撃管制レーダーを探知！照射エリアは……月面全域だって！？」

息を呑むレーダー管制官。

「奴ら月面を噴き飛ばすつもりか！」

愕然とする将校。

「最終手段という所ね」

狼狽する作戦将校に結が応える。

「こちら結、"サキモリ"は大型ミサイルの破壊に専念して。高瀬のパワードスーツは引き続きサキモリを支援して」

２機のパワードスーツへ指示を出す結。

『サキモリ、ラジャ』

『高瀬、了解した』

　ソフィーと高瀬は返事をするとサキモリを先頭に敵戦艦へ立ち向かうのだった。

　月面都市防衛戦は佳境を迎えつつあった。

　　　　　　　　　　†　　　　　　　　　　†　　　　　　　　　　†

――――――【地球 欧州 イングランド ブリテン島 ニューベルファスト防衛軍レジスタンス基地】

　地下格納庫で整備中のマルス・アカデミー多目的戦闘艦『マロングラッセ』内に在る個室で、デザートのプリンに脇目も振らずに瑠奈が端末を操作していた。

「……うーん結姉様からの頼まれ事とは言え、これって犯罪行為っスよね？」

　先日のプリン争奪戦でワイズマンから端末アクセスコードを獲得した瑠奈が、イスラエル連邦政府のサーバーにアクセスを試みる。

「何なんスか！？これは！」

　やがて、アクセスしたイスラエル保険省機密データーを読み取ると、あどけない顔を嫌悪感一杯に引き攣らせ、瑠奈が絶句する。

「……こんなおぞましい事を、地球人類はするんスね」

　険しい顔で呻く様に呟きながらデーターを月面の結と火星日本列島に居る美衣子へ転送すると瑠奈。

「……ワイズマン中佐は、この事を知っていたんっスか？」

　瑠奈は端末を閉じると、珍しく沈痛な顔で、ワイズマンが女王陛下と耐熱タイルを捏ねている地下司令部へと向かうのだった。