月の戦い④
2026年(令和8年)7月4日【月面都市「ユニオンシティ」内 宇宙ターミナル ユニオンシティ義勇軍宇宙空母『ミッドウェイ』】
ミグ戦闘機の体当たりを受けて飛行甲板を大破した空母が、宇宙ターミナルへ入港するなり消火作業と応急修理を受けていた。
「親父さん!どうして私は出撃しないで地下格納庫で待機なんですか!まだ日本軍やほかの国々が戦っているんだよ!戦闘機も沢山あるのに、どうしてっ!?」
応急修理を受ける宇宙空母の傍で、だぶだぶのパイロットスーツに少尉の階級章を張り付けた少女が、整備班長に詰め寄っていた。
「……ソフィー嬢ちゃんよぅ。戦闘機なんざ腐るほど有っても、パイロットが居なくちゃ只の粗大ゴミだぜ」
年配でソフィーから見れば、まるで父親並みの年齢と貫録を感じさせる整備班長が抗議に応える。
「……さっきの出撃で、嬢ちゃんの面倒看てたグリーンリーダーが戻って来ねえのは、分かっているんだよな?」
静かな怒りを感じさせる声音で班長が訊く。
「いいか?さっきの出撃で、半数の戦闘機が未帰還だ!相手戦闘機の性能が圧倒的らしい……そんな所へお前さんの様なヒヨッコが出撃してみろ!直ぐに叩き落とされて塵だ!そうなったら、誰がユニオンシティを守るんだ!!」
整備班長が少女少尉の顔を睨み付け、捲し立てるように言った。
「ごめん、親父さん。私ちょっと冷静じゃなかった……」
整備班長の剣幕を受けたソフィーが我に返って謝罪する。
「分かればいい。今はまだ戦闘中だ。何時お呼びが掛かるか分からんのだ。コクピットにでも籠もって、頭でも冷やしてろ!」
気にしてないとばかりに軽く頭を振った整備班長は、他の機体の整備に向かうのだった。
整備班長に言われるまま、しばしF45のコクピットで戦域通信を聴いてみたりしたが、大破して身動きの取れない空母に籠もったままでは、どうにもままならず、嫌気の差したソフィーは整備員に一声かけて、気分転換がてら宇宙ターミナル内の食堂へ向かった。
ユニオンシティ内部は相変わらず非常サイレンが鳴り響き、部品や弾薬を積んだ電動カートが慌ただしく宇宙ターミナルと司令部を行き来していた。
ソフィーは自分も防衛に携わろうと考えたが、戦闘機は飛行甲板が大破して使用出来ない為格納庫で宝の持ち腐れである。
宇宙ターミナルに併設されたスクランブル用滑走路を覗いてみたが、ハンガーで待機している戦闘機は皆無であり、全機出撃している様だった。
もしくは、整備班長が言ったように全滅しているのかもしれない。
思った以上に深刻な状況を認識したソフィーは、頬を叩いてクールダウンする。
気を引き締めたソフィー大尉が食堂へ向かう途中、前方に白衣を着たトカゲ娘とスーツ姿の日本人が、何やら言い争いながら歩く姿が目に入った。
「戦闘中ですよ、結さん!」
「これから"切り札"を使うので付いて来るのよ」
二人は後ろに居たソフィーに気づかず、言い争いながら食堂へ入っていった。
”切り札”と言う言葉に興味を持ったソフィーは、直ぐに後を追いかけて食堂へ入ったが、閑散とした食堂に人影は無かった。
諦めて自動販売機で紅茶でも飲もうと販売機に近づいたが、殆どの種類は準備中や売り切れ表示で途方に暮れる。
唯一販売していた『かぼちゃポタージュ カスタードプリン風味 車海老入り』という謎ドリンクを見つけ、仕方なく購入タッチパネルに触れるソフィー。
タッチパネルに触れた瞬間、足元が突然消失してソフィーは床に飲み込まれた。
ソフィーは宇宙ドックから更にその下へ拡がるマルス文明研究施設まで、ジェットコースターのように曲がりくねった空間をひたすら滑り落ちていくのだった。
月面都市地下2Kmにある結の研究室は、地球観測人工天体時代のマルス・アカデミー・地球観測施設の一部である。
広大な研究施設の一角に、1体の真新しいパワードスーツが、電磁カタパルトに立ちあがった状態で装着されていた。
結が、青と白に塗装されたパワードスーツへ近づくと、茫然と研究ラボを見渡していた東山を手招きした。
「……結さん、これは?」
「ヒト型決戦兵器。経産省推奨AI"パナ子"搭載、21型パワードスーツ『サキモリ』よ。姿勢制御、目標補足から攻撃まで、AIパナ子が補助する究極の機体よ!」
結が白衣を翻して東山へ向き直ると両手を広げ、
「さあ、東山!これに乗って地球を救うのよ!」
「……ごめんマジで無理」
速攻で拒絶する東山。
「なっ!?まさかのお断り!?……おかしい。このシチュエーションでは、ア○ロ君もシ○ジ君も、何だかんだ言って乗るのに……ビンタが足りないからかしら?」
右手を振り上げて東山に殴り掛かる結。
「どこのアニメの設定だよ!」
両腕で結のビンタから顔をガードする東山。
顔面防衛に成功した東山が、呆れた顔で首を傾げる結と睨み合った瞬間、
「ちょっと待ったーっ!」
研究施設入り口から、何故かお尻を痛そうに抑えた金髪の少女パイロットが現れ、プルプルと子鹿のような足取りで二人に近づく。
「話は聴かせてもらったわ。……その機体、私が乗るわ!」
少女が結に搭乗を申し出た。
「貴女は?」
「ユニオンシティ義勇軍第1宇宙艦隊 空母『ミッドウェイ』所属、ラビット飛行中隊のソフィー・マクドネル少尉です!」
お尻を抑えていた少女が、飛び上がる様に結と東山へ向けてビシッと敬礼をする。
「貴女、持ち場を離れて何をしていたのかしら?」
「先ほどの戦闘で飛行中隊は壊滅、私の様な駆け出しパイロットは出撃を禁じられたのであります!」
「……駆け出しに扱える代物ではないの」
「戦闘機シミュレーターではトップの成績でした!」
「これは実戦よ?」
「承知しております!自分は宇宙で飛ぶ事しか才能が有りません!」
真っ直ぐな瞳で結を見るソフィー大尉。
しばらくの間俯いて唸っていた結だが、ガバッと顔を上げる。
「そう。では直ぐに乗りなさい。操縦席に入れば後はAIが何とかしてくれる」
「はっ!ありがとうございますっ!」
ソフィーは二人に再敬礼すると、カタパルトをよじ登ってパワードスーツのコクピットへ潜り込んだ。
「……いいんですか?」
困惑気味の東山が結に訊く。
「AIが操縦や攻撃の大半をするから、多分大丈夫」
胸を張ってムフーと鼻息い結。
「東山、司令部へ戻ってあの娘のサポートをするわよ」
再び司令部に戻るべく、食堂へ転送させる機能を持った自動販売機に手を触れる結と東山だった。




