コンタクト
【ご注意】
今回のエピソードでは、『東日本大震災』についての描写があります。
この震災で辛い思いをされた方や、胸が苦しくなるなど『心身に負担を感じた』方は、直ちに読むのをお止めになってください!!申し訳ございませんm(__)m
2021年8月31日午前9時20分【宮城県仙台市内】
朝一番の東北新幹線で仙台に着いた春日は、直ぐにタクシーに乗り替えると取引先である牡蠣養殖業者の所へ向かっていた。
政府が火星転移後に打ち出した、数多ある食料増産計画の一つである養殖海産物の増産・一括買い上げ制度を説明する為である。
「……だいぶこの辺りも復興してきたのか」
タクシーの車窓から見える漁業作業場、倉庫、店舗、住居が整然と立ち並ぶ風景を見て春日が呟いた。もっとも、春日が生まれ育った場所で有りながら当時の面影を微塵も感じさせない風景を復興と言うのか彼は今一つ納得しきれていない。
♰ ♰ ♰
――――――8年前。
平成21年(2011年)3月11日午後2時45分頃【東京都渋谷区渋谷2丁目 渋谷駅 地下連絡通路】
就職活動中だった春日の携帯が振動し、耳慣れないメロディ―が繰り返し聴こえてきたが、金曜日の雑踏に紛れてよく聞こえなかった。
いや、周囲の人の携帯も全て同じメロディ―を奏でていたはずだから聞こえているのだろうが、春日は5回目の人事部面接を終え余韻で頭が一杯だったのだ。
――――「それで偉そうなことを言うあなたは、具体的に何を弊社でやるんですか?」
ベテラン社員だろうか、40代初めの面接官が言葉の裏付けを取ろうと春日を論理的に追い詰めてくる。春日は"就職活動マニュアル"なんか頭の中からかなぐり捨てて"素で"答えたもんだった。
―――そんなもん、実家で扱っている東北の海産物を御社の為に売り捌くだけでしょう!?
冷静に答えたつもりが声が裏返っていたかもしれない。
しばらく無言で見つめていた面接官が、僅かに口の端を緩ませて頷く。
「うん。次回は、役員面接です。人間味溢れる話し方も結構好きですが、相手の心情も考えてくださいね。特に取引先でその話し方はよろしくないですよ?」
1次面接合格を告げながらも、今後に繋がる指摘をする面接官。
―――意外と、言ってみるもんだなぁ。
素直に春日は思ったものだ。
そんなことを考えながら地上へ向かう連絡道を歩いていると、目眩が春日を襲った。やがて目眩が酷くなり、立てなくなり、手すりによろよろとしがみつくと、周りの人々も壁に手をついたり、駅員までもがスロープの手すりに掴まっていた。
「え?地震?」
春日は漸く地震発生に気付いた。
地上に出ると周囲のオフィス街から会社員が避難してきたのか路上にわらわらと溢れていた。
パトカーが『今の揺れで気分の悪い方は申し出てください』とスピーカーでアナウンスしながらゆっくりと宮益坂を下って行く。見たところビルが崩れたわけではないし、次の会社の面接に行こうと、春日の乗った都営バスは、暫くすると停留所でもない路肩に停車し、
『え~、総合運転指令センターの指示で、都内の全便一旦停車いたします。
大変申し訳ございません、次の指示があるまで運転を取り止めます』
とアナウンスがあった。
乗客たちは仏頂面で下車し、歩いて各々の目的地へ向かった。
春日も仕方なくバスを降りて歩くと、一軒のラーメン屋がテレビを路上に出して、大勢の通行人が足を止めてテレビに群がっていた。
テレビの画面では、ヘリの空撮で、画面の端から端まで拡がる津波が漁船や車を巻き込みながら、畑や住宅地を呑み込んでひたすら進む様子が映し出されていた。
どこの国?インド洋大津波みたいなのがまたアジアで起こったのかな?何て考えながら視ていると、画面に『[中継]仙台市上空 』と表示されていた。
春日は慌てて仙台市の実家に電話をかけるが、話中の音しか聴こえなかった。両親の携帯にかけても繋がらなかった。
父から1通だけ、15分前にメールが入っていた。春日がバスを降ろされて歩いていた頃である。
メールには無題で『すまん』とだけ書かれていた。
メールでも無口な親父だな。苦笑しながら歩いて下宿に戻った。
下宿に戻ると他の学生も戻っており、東北地方で後に『東日本大震災』と呼ばれる、大地震と大津波が起こったことを初めて知った。
部屋に戻った春日はその晩ひたすらテレビの前で両親の携帯と実家に電話をかけ続けた。
誰も、出なかった。
翌週の月曜日、叔父と名乗る人物から連絡があり、二人で仙台市の実家に向かって、実家の近くに来たが、海の臭いと、ドブの腐った臭いが混ざりあった臭気が漂い、一面泥の海と瓦礫で街並みというものが存在しなかった。
漸く叔父と探し廻って見つけた実家も、コンクリートの基礎しか残っていなかった。家の前には大きな漁船が道路の真ん中に鎮座していた。
この場所は海岸から1km内陸の静かな住宅地の筈だった。
春日は、自分が現実世界に居るのか、妄想で夢を視ているのか、分からなくなり叔父と名乗る人物を見ると、無言で嗚咽を堪えながら涙を流して歩いていた。
春日は叔父の手をぎゅっと握った。
叔父の情報から、ある体育館に着いて入口をくぐると、一面に棺が並べられていた。春日は唇をギュッと硬く結んで体育館の奥に進んで行き、棺に入った両親と対面した。
後は叔父に手を引かれてあちこち回った記憶しか無かった。
春日の携帯にはあの日、父から来た最期のメールが今でも受信BOXに保護して残されている。
1週間後、震災当日の面接で春日に忠告した面接官から内定の連絡を受けた。
両親を喪ったショックで上の空だった春日は空返事で応対したが、面接官は怒りもせず、淡々と今後のスケジュールを伝えて電話を切った。
面接官の名前は大月という。
♰ ♰ ♰
見慣れた故郷にも関わらず見間違える風景に違和感を感じ、同時に思い出された追憶に浸っていた春日は、目的地に着いて運転手に声を掛けられるまで、じっとタクシー座席に備え付けられたシートベルトをギュッと握りしめているのだった。
タクシーを降りた春日は、海岸から迎えのボートに乗り込むと沖合に浮かぶ牡蠣の養殖筏へと向かう。東日本大震災時には、ほぼ全ての筏が津波で押し流されて全滅したが、政府支援を受けつつ漁業者の筆舌に尽くし難い労苦の末、ほぼ以前と同じ規模にまで筏を増やしていた。
「おいっス!おやっさん。今年の調子はどう?」
ボートからひょいっと身軽に筏へ乗り移るなり、顔馴染みの養殖業者に挨拶がてら聞く春日。
「去年までは温暖化だっけか?あれのせいで海流が変わっちまって栄養が流れて来ねえからさっぱりだったけんども、今年は沖合から綺麗で栄養の詰まった潮が流れ込んで来るから、牡蠣の身はぷりっぷりよぅ!」
嬉しそうに日焼けした顔を綻ばす養殖業者。
「……そうですか。良かった。今年もウチ(角紅)をよろしくお願いしますねっ!それでおやっさん。政府の新しい政策で、良い値段で牡蠣を全部買い取ってくれるんだけど、知ってる?」
厳しい震災を乗り越えた養殖業者の笑顔につられて、自らも笑顔となって快活に商談に勤しむ春日だった。
♰ ♰ ♰
2019年8月31日午後11時20分【鹿児島県 種子島 JAXA 宇宙文字研究室】
日本の誇る宇宙ロケットが打ち上げられる種子島宇宙センターの片隅に、その研究室は有った。
1987年の東京大停電後に富山県立山市尖山から発信された、解読不明の通信文をあらゆる見地、角度から、研究して解読を試みる部署である。
室長の琴乃羽 美鶴は古今東西あらゆる文明の文字との照合を繰り返していたが、彼女が密かに東京三鷹本部のスーパーコンピューターにプログラムした異星翻訳システムの起動には至らなかった。
「この文字って、昔の人が後世の人へ遺した仕掛けた性質の悪い悪戯じゃないのかしら?」
呟きながらキーボードを操作する琴乃羽。
照合に行き詰まった琴乃羽が冷めた珈琲を啜りながら、足下のオカルト雑誌に何となく目を向けると、とある古文書の偽書が目に留まった。
「ならばこっちも、未来人として悪戯には悪戯で返してやるわっ!」
ふと思いついた琴乃羽は朝飯のネタにするつもりで、オカルト雑誌に掲載された文字をスキャンしたところ、東京三鷹本部に仕掛けた異星翻訳システムがにわかに起動を始めた。
「ぬおっ!」
予期せぬ起動にのけぞる琴乃羽。
やがて、スーパーコンピューターの解析した翻訳内容が、パソコン画面に表示される。
『第3惑星の知的なる人々へ。我々は貴方達と話がしたい。これ以上の施設侵入は、侵略行為と見なし、自衛措置を発動する』
「なんですと―!」
驚いた琴乃羽は、直ぐに市ヶ谷の防衛省長官官房に連絡を入れる。
自他ともに認める割とふざけた性格の琴乃羽だが、この研究対象の極秘重要性だけは認識している。
防衛大臣と通話を終えた琴乃羽は、震える足を抑えるように両手で膝を温めるように包み込んで気持ちを落ち着かせると、JAXA本部である東京三鷹キャンパスに連絡を取るのだった。
―――同時刻【東京都三鷹市 国立天文台 三鷹キャンパス】
天文台所長の空良透が僅かな光学観測による天文図とにらめっこをしていると、職員が駆け寄ってくる。
「所長、隔絶空間の外から通信が入っています!」
職員が通信データを記した検知用紙を差し出した。
「まさか!どこかの国の電波が乱反射しているんじゃないか!?」
空良は胡乱げな顔で受け取った検知用紙を見たとたんに顔色を変えて外に走り出した。
職員は気付いていなかったがこの"解読された"通信文は、琴乃羽が空良暗黙の了解のもと仕込んだ"異星翻訳システム"が解読した成果である。このシステムが稼働したという事は、琴乃羽が何らかの手段でこの稼働条件を満たした事になる。
「アイツやりやがった!」
玄関口に向かって廊下を走りながら、同僚でありネトゲ同志でもある琴乃羽を賞賛して叫ぶ空良。
「今から首相官邸に向かいます!JAXAの天草さんにも連絡お願いします!」
空良は白衣をパタパタ翻しながら玄関を飛び出そうとしていた。
種子島の琴乃羽からの連絡は間に合わなかった。
♰ ♰ ♰
―――9月1日午前1時(東京都千代田区永田町 首相官邸 総理大臣執務室】
執務室に集まったのは空良の他に、官房長官の岩崎とJAXA理事長の天草だった。澁澤総理大臣が執務室の応接ソファーに腰かけると、岩崎官房長官が空良に訊いた。
「この通信が外から来たとどうやって確認出来たのですか?」
「通信文に記載されていた天空のポイントを電波望遠鏡で確認したところ、明らかに周囲よりも鮮明な星空が観測できました」
空良が答え、電波望遠鏡の観測結果に基づく天空図を応接のテーブルに広げた。
四人は、天空の一角にぽっかりと穴の空いた天空図を暫く凝視した。
「それで、どのような通信だったのですか?」
澁澤が訊いた。
「何らかの文字を顕すのでしょうが、さっぱり分かりません」
天草理事長が両手を挙げて降参のゼスチャアをしながら、奇妙な文字列が記された通信メモを懐から取り出すとテーブルの上に置いた。
メモを見た澁澤と岩崎は思わず絶句してその場で暫く固まった。
「岩崎さん。直ぐに彼らと連絡を取ってくれ!」
固い表情の澁澤が岩崎官房長官に指示した。
「桑田さん。特級指定の尖山の件だ。―――そうだ。なんだって!?直ぐに来てくれ、総理がお呼びだ」
直ぐに携帯電話で市ヶ谷の防衛省に連絡を取った岩崎が、通話先の桑田防衛大臣とやり取りをした後に報告する。
「総理、桑田防衛大臣から大至急お伝えしたいことがあるので直接こちらに来るようです。尖山の件です」
「わかった。タイミングが良いな。仮に外部からの呼び掛けとして、現時点でもその穴はあるのかね?」
澁澤が訊いた。
「現時点でも空いていますが、徐々に縮小しています。24時間後には完全に閉じてしまうでしょう」
空良が答えた。
「穴が閉じるまで返答を待つ、と言う意味でしょうか?」
岩崎が呟く。
「恐らく、日本列島を呼び寄せた相手が何らかの接触を求めていると考えるのが自然かと思われます」
天草が見解を述べた。
「この通信は我々だけが受信したのかね?」
澁澤が尋ねる。
「この通信は『穴』直下の直径10kmの空間に向けられたものです」
空良が答えた。
「必ずしも我々だけとは限らんな」
澁澤が唸った。
「総務省の電波監視チームを急行させます」
岩崎が携帯で指示を出す。
「コンタクトを試みてみよう。外の存在と話してみない事には、どうにもならんからな。ついでに極東NASA、極東ロシア宇宙庁、ユーロピア極東宇宙機関に連絡して合同チームで交信しよう。説明の手間も省けていい」
澁澤が決断した。
その後桑田防衛大臣が打ち合わせに加わり、種子島の琴乃羽室長から届いたメッセージ解読成功による驚くべき報告を行い、澁澤はこの情報を各国宇宙機関に提示した上で、同意が得られたならば交信をするという姿勢を取った。
9月1日午前8時、国立天文台に各国の宇宙機関が集合して「穴」の外へ向けて、琴乃羽が作成したメッセージが送信された。




