ノーマーク
2026年(令和8年)6月15日【地球衛星軌道 月面都市『ユニオンシティ』郊外 マルス・アカデミー・地球観測研究室】
火星付近を通過する人工日本列島の中継映像は、マルス・アカデミー・通信システムによって月面でもリアルタイムで受信されていた。
「あら。火星を通り過ぎたのね。そろそろかしら……」
ニュートリノビームを発射するビーム・ライフル製作に熱中していた結が手を止めて研究室のモニターを視る。
「途中で輸送部隊と合流して人工日本列島に輸送艦を”載せる”のであと2週間はかかるようですよ。地球人類のエンジン技術なら3年はかかる道程に比べると、とんでもないスピードです」
研究室を訪ねていた東山が結に応えた。
「当り前よ。美衣子姉さまの叡智と、私や瑠奈が経験してきた46億年のデーターを全て結集させて作り上げた三姉妹オブジェクトですもの」
何故か作業台の上に登って胸を張ってふんぞり返る結。何かを主張したいようだ。
「あのとんでもない大きさのものを、どうやって彗星並みの速度から地球へ着床させるんですか?」
素朴な疑問で東山が尋ねた。
「ソーラーセイルで太陽電子風を受ける角度を調節して減速、後はマルス・アカデミー・基幹母艦が電磁シールドを展開して秒速2mまで減速して極東中緯度に着水、着床よっ!」
作業台からトンッ!とジャンプした結が床へ華麗に着地した、と思ったらライフルの細かい部品を磨いていたワックスの上に着地したので盛大に床の上を滑っていって研究室の端に激突した。
「……なんて凄くベタな暗示なんだろう」
壁に激突して目を回す結を助け起こしながらぼやく東山。
「それはそれとして、東山はこんな郊外の研究室まで何をしに来たのかしら?」
あたた、と頭を押さえながら結が普段は立ち寄らない東山に訪問理由を尋ねる。
「実は、イスラエル連邦から極秘の依頼を受けまして……」
ミツル商事地球方面支社長として結にとある依頼をする東山だった。
♰ ♰ ♰
――――――1時間後
「東山。生き残っていた人工衛星を使って指示されたポイントを調べてみた」
結が淡々と調査結果を報告する。
「地球ユーラシア大陸中央からインド亜大陸に極東、南米を中心に12か所で広域電磁波シールドが観測されたわ。大変動以来、これらの地域は閉鎖されていたから殆どノーマークだった」
結が地下研究室のメインモニターに調査結果を表示する。
「12か所のポイントは大変動前の大都市に重なるのだけど、電磁シールドに阻まれてシールドの内側は覗けなかった。ハッキング出来るエリアでもないしお手上げよ」
ため息をついてバンザイする結。
「いえ、ありがとうございます結さん。これで、ニタニエフ首相から毎日催促されずに済みます!後はイスラエル連邦に任せましょう。イスラエル連邦が地上部隊で詳細を調べるでしょう」
上機嫌で研究室を出て行く東山。
「イスラエル連邦の地上部隊には、瑠奈と一緒に行動している部隊も含まれるのではないかしら……」
ボソッと呟く結だった。
♰ ♰ ♰
2026年(令和8年)6月20日【ユーラシア大陸東方 極東 旧中華人民共和国 東北地方】
「お嬢。この街は巨大ワームに喰われていないですね。住人がシャドウ・マルスの福音システムで溶解した形跡もない。珍しい事もあるもんだ」
廃墟と化した都市を調べていたワイズマン中佐が瑠奈に報告する。
「最近、司令部のウチラに対する扱いが酷いっス!いくらマロングラッセが宙空両用戦闘艦だからと言って、なんで基地から遠く離れた閉鎖地帯の奥深く潜入しなくちゃいけないんっスか!?」
憤懣やるかたない瑠奈。
「……まあまあ、そう言わずに。火星の大月さんやミツル商事の皆さんは、海獣退治やら輸送業務集中やらで、もっと大変らしいですぜ?」
事情を分かっているワイズマン中佐が瑠奈を宥める。
「むぅ。仕方ないっス。それにしても、住民は”安全地帯”を離れて何処へ行くんっスかね?此処以外はインフラが破たんして、生きていけないっスよ?」
憤りを鎮めた瑠奈が首を傾げる。
「隊長!マロングラッセから緊急連絡!西から飛行物体接近中!IFF(敵味方識別信号)応答ありません!」
通信機を肩に掛けた部下が、近隣の山間に隠れて待機していた『マロングラッセ』から緊急コールを受信すると、ワイズマン中佐の元へ駆け付ける。
「お嬢!マロングラッセに戻る時間がありません。民家に隠れましょう」
ワイズマンが瑠奈を都市郊外にある廃屋へ案内する。
「飛行物体はミル17大型輸送ヘリコプターです!古いな……年代物だぞ。標識は赤い星……中国人民解放軍だって!?」
軍用双眼鏡で外を監視していた隊員が驚きの声を上げる。
「いつの時代なんだ!?アース・ガルディアでもなく、ユニオンシティでもないのか?」
ワイズマン中佐が思わず部下に再確認する。
「通信傍受しました!ミル17が平文で通信中。通信相手は……『人類統合政府』です」
通信を傍受していた隊員が怪訝な顔をする。
「彼らは、この近くにある”第12都市”とやらへ向かっているようですね」
通信を傍受しながら報告する隊員。
「お嬢、どうします?」
「……おかしいっス」
ワイズマンの問いに瑠奈が疑問を唱える。
「考えてみれば、此処は火山灰濃度が高いからヘリコプターなんか直ぐエンジンがショートして爆発するっスよ!?」
「おい!この街の火山灰濃度は?」
瑠奈の疑問に答えるべくワイズマン中佐が大気汚染濃度を調べるように指示を出す。
「火山灰濃度、大気中の火山灰濃度2パーセント。大変動前の数値です」
「馬鹿なっ!」
「まさかっ!マロングラッセに連絡するっス!付近に電磁バリアーがないか調べてもらうっス!」
動揺する隊員を余所に、確信に基づいて指示を出す瑠奈。
「マロングラッセから返信。此処から東200Km地点に巨大電磁バリアーの反応を検知!」
「直ぐに戻るっスよ!」
腰を浮かせようとした瑠奈をワイズマン中佐が押し留める。
「何やってるんですかお嬢!まだヘリが近くに居るんですよ?」
ワイズマンが注意する。
「え?人類統合政府とやらに、話を聞きに行けばいいじゃないっスか?」
けろりとした顔で瑠奈がワイズマンに訊く。
「お嬢。IFF(敵味方識別装置)登録も無く、孤立無援の状況下で4年以上も閉鎖環境で人類が大規模に生き延びられる訳がありません!
それが出来る相手とは、我々と同レベルの技術力を持つ勢力—――—――つまり、敵です!」
深刻な顔のワイズマンが瑠奈に言い切った。
♰ ♰ ♰
――――――【東アジア 人類統合政府 第12都市『氷城』(旧中華人民共和国 黒竜江省ハルピン市)】
旧ウイグル自治区から飛来したロシア製ミル17大型輸送ヘリコプターが、砂塵と薄く積もった火山灰を巻き上げながら郊外の基地に着地すると直ぐにタラップを下ろす。
ヘリの中からは、真新しい人民解放空軍の制服を着た一人の若手将校が現れて地上へ降り立つ。
「ようこそ、偉大なる人類統合政府『第12都市 氷城』へ。君が新しい宇宙軍戦闘機パイロットだね?」
地上に降り立ったは良いものの、途方に暮れていた若手将校にサングラスをかけた上級将校が近づいて来る。
「はっ!自分は人類統合政府『第11都市 成都』から転属してきた、黄浩宇少佐であります!」
飛び上がらんばかりに敬礼する若手将校。
「はははっ!元気なようで結構。楽にしてよろしい。私は人類統合政府軍”宇宙機動部隊”司令官の王子軒准将だ」
柔らかい声音で答礼する王准将。
「”宇宙機動部隊”でありますか?」
休めの姿勢で黄が尋ねる。
「そうだ。君はこれから最新鋭宇宙戦闘機に乗って、人類統合政府と人民を”敵”の手から守らなければならんのだ」
王が答えた。
「敵、でありますか?」
「その通り。偉大なる中華民族の祖国を破滅に追い込み、人類を滅亡寸前にまで追い詰めた火星人の事だ。間もなく火星からエイリアンとその手先が地球に攻めてくる。
君はその最前線で、人類統合政府を守る崇高な任務に就くのだ」
欧米と日本を始めとする西側諸国が東側に核戦争を挑んで北京の中央政府が崩壊したと聞いても尚、中央政府の指示を守って成都公安部隊を指揮し、多くのウイグル族やチベット族の反抗分子を粛清し続けた黄は、最近発足した人類統合政府軍に抜擢されたのだ。
地方都市で愚直に任務に励んでいた黄にとって、人類統合政府軍への抜擢は輝かしい栄達の証だった。
「はっ!全身全霊で火星人とその手先共を撃滅します!」
勢いよく再び敬礼する黄少佐。
黄には、北京政府崩壊後の世界情勢や人類統合政府の成り立ちに関する疑問よりも、宇宙で活躍出来るという少年時代に中国の宇宙ステーション「天宮2号」の中継映像を視て以来の願望が実現する喜びが勝っていたのである。
「では、これから早速迎撃作戦のブリーフィングだ。君も付いてきたまえ」
王はそう言うとサングラスの奥で”縦長の瞳”を細めると黄少佐を伴って司令部へと向かうのだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 結=マルス文明尖山基地管理プログラム人工知能。
*イラストは、里音様です。
・大月 瑠奈=マルス文明地球観測人工天体「月」管理プログラム人工知能。
*イラストは、里音様です。
・東山 龍太郎=ミツル商事地球方面支社長。日本政府地球方面特使も兼務。
*イラストは、更江様です。
・ペレス・ワイズマン=イスラエル連邦国防軍中佐。ミツル商事戦闘団に軍事顧問として出向中。瑠奈率いるレジスタンス部隊の副官。
・黄 浩宇=少佐。人類統合政府軍宇宙機動部隊パイロット。
・王 子堅=准将。黄の上官。人類統合政府軍宇宙機動部隊隊長。




