神々の反省
2026年(令和8年)6月12日【火星から木星方向へ1億Kmの宇宙空間 木星探査隊母艦『おとひめ』】
「火星から高エネルギー体が急速接近!」
レーダーオペレーターが慌てて報告する。
「イワフネさん?」
おっとりとイワフネに訊く天草華子。
「華子船長。美衣子さんから連絡が有った通りの方角で来ています。艦尾ソーラーセイルを方向転換させて対応させましょう。充分な量の補助推進エネルギーです」
「任せますの。イワフネさん」
ミツル商事からJAXAに出向していた船長代理のイワフネが、船長の天草華子に告げながら冷静に指示を出す。
「天草理事長。これから予定外の加速がされる事で、木星到着が1週間ほど早まりそうですよ」
イワフネが傍らに立つJAXA理事長の天草士郎に告げる。
「優雅な宇宙旅行とは程遠いですね。忙しない事です」
わざとらしく肩を竦める天草。
とは言うものの、充分にリラックスしている様だ。
「ご令嬢との大切な時間が減ってしまいますね」
イワフネがククッと笑いを堪える。
天草の一人娘である華子への溺愛ぶりは航海開始初日から顕著であり、仮想世界大戦でやさぐれた娘を心配するあまりストーカーと見まごうばかりだった。
親友の名取優美子も華子の父には早々と辟易しており、最近ではハイキックによるコミニュケーションが定番となっていた。
「ソーラーセイル17番から25番、火星方向へ転換完了」
天草とイワフネが会話する間にも火星からの臨時エネルギー照射が続は続き、ソーラーセイルによって安定した推進力に加え、火星からの補助ロケットとも言うべき推力の追加を受けたマルス・アカデミー・オウムアムル級母艦『おとひめ』は木星方向へぐんぐんと突き進んで行くのだった。
――――――1時間後『おとひめ』展望フロア
オウムアムル母艦のちょうど真ん中あたりに設けられている小ホール並みの広さを持つ宇宙展望台は、360度周囲がグラスファイバー製の透明な特殊ガラスでコーティングされている。
展望台のガラスは幾重にも重ね掛けでコーティングされたフィルターで有害な宇宙放射線を遮断している。
ちょうどこの時間は、各部署が整備点検に追われている時間帯であり、展望台まで足を運ぶ者は二人の小学生以外には居なかった。
二人の小学生は、眼前に広がる漆黒の闇と火星や太陽からの僅かな光に照らされた空間を、双眼鏡片手にじっと眺めていた。
「……まだまだ加速が続いているのですね」
船長の天草華子は流れ行く宇宙空間をじっと見ている。
宇宙に出てから、病んだ心を映す能面の様な無表情さに変化の兆しが見えていた。
「そうだね。展望台からは見えないけど、火星からのビームは実はかなりすごいエネルギーだったっしょ?美衣子さんはやることが派手っしょ」
表情は明るく口調は元の調子に戻っていたが、まだ少し声の小さい名取優美子だった。
火星日本を出発して2日しか経っていないが、既に見慣れた赤と水色に染まる第4惑星は大分小さくなっていた。
天草華子と名取優美子は仮想世界大戦で病んだ心を癒すべくこの木星探査船に搭乗している。
探査船の搭乗員は皆日本国政府やJAXA職員であり、同年代の少年少女は居ない。
だが、搭乗員は皆二人を特別視することなく自然体で接していた。
同年代ばかりの学校とは違う、落ち着いた雰囲気の空間に二人は比較的落ち着いて対処していた。
むしろ、娘と同じ船に乗っている事でテンションMAXな天草士郎の親バカ振りが目立っていた。
† † †
2026年(令和8年)6月12日午後3時【関門海峡通過中 海上自衛隊 音響測定艦『とどろき』CIC】
緊迫した任務を終えて帰途についていた音響測定艦『とどろき』は、日の傾いた瀬戸内海を東へ航行していた。
特設CICに詰めていたミツル商事一行も緊張が解けて満社長が淹れたお茶を飲みながら、昨日からの緊迫した神経を休めていた。
「……ところでですね」
CIC真ん中に設置された、巨大な制御卓上に置かれている場違いな金魚鉢をつつきながら、岬が黄星 舞に訊く。
「これ、どうするんですか?」
金魚鉢の中には、直径1.5センチほどの糸ミミズの塊のような生物が蠢いていて、金魚鉢の同居人であるボラの稚魚に餌と間違われて何度も口に吸い込まれては、異物としてペッと吐き出されていた。
「’’マリネちゃん’’は私が責任を持って面倒を看ます!」
珍しく真剣な表情で女性教師の姿に戻っていた舞が岬に答える。
「と、言っていますが社長?」
琴乃羽が満の判断を求める。
「美衣子。この糸ミミズーーーじゃなかった、マリネちゃんだけど、元の大きさになる事は有るの?」
満が確認する。
「ないわね。超電磁細胞縮小現象で、肉体を構成する細胞を最低限にまで除去したから。
もう一度莫大な荷電粒子を浴びせて細胞活性化をさせない限り、山の様な餌を与えたところで、マリネは元の姿には戻らないわ」
満の背中へよじ登りながら答える美衣子。
「それじゃあ、舞さんが責任を持つ事。それと、舞さん達は美衣子からいろいろと地球と人類について教わってね」
ひかりが舞と、黄星姉妹の方へ顔を向けて言った。
「わかったのだぞっ!」
相変わらず簀巻き状態の輝美が美衣子の前まで転がって来ると、そのままの状態で首をコクコクと前後に振る。
「先生の先生お願いしますですぅ~」
守美もゴロゴロと転がろうとしたが、波に揺られてCIC室内が傾いた勢いで自動扉まで転がってしまい、開いた扉から廊下へ転がり出る。
春日が守美を回収する為に、虫取り網を持ってCICを出ていった。
「マリネの事は取りあえずそれで岩崎さんに相談するとして、舞さん。
今回の騒動に巻き込まれた人類側犠牲者の数をご存知ですか?」
虫取り網で回収された守美が揃ったところで満が真面目な表情で質問する。
首を横へ振る訪問者三姉妹。
「……2,153名です」
深刻な表情の満が告げる。
「……ユーロピア輸送船団で沈没した船と運命を共にして水死した兵士達、五島列島と対馬レーダー基地がレーザー攻撃に晒された時の爆発に巻き込まれて亡くなった隊員さん達の合計ですよ」
「サイバー空間で起こった仮想世界大戦は、東京と神奈川の一部の自治体で電子機器に異常が起きて部品を交換しただけで済んだけれど、今回は多くの人が命を落としているんだ。……政府や他の列島各国は、これを引き起こした張本人を絶対に許さないと思う」
「舞さん達から見れば、下界生物の生存競争だから種として多くが生き残れば多少の損失には目を瞑る、と言う考えを持っているかも知れないけど、それだとヒトの世界では一緒に生活出来ないよ?」
諭すように満が説明する。
「やはり、このまま日本列島に留まるのは難しいのだぞっ?かな?」
舞が訊く。
「皆さんは直ぐにでも私達の知らない未知の世界=ホウライ世界へ戻るべきだと思う」
きっぱりと答える満。
「貴女達はどうしたいの?」
美衣子が訪問者三姉妹に訊く。
「私達、まだまだ生き物の習性を知らなさ過ぎでしたねぇ~」
守美がしみじみと呟く。
「ちょっとは、悪い事したと思うのだぞっ!せめて少しは、償いをしたいのだぞっ!」
輝美はばつが悪そうに呟く。
「貴方達の言い分も理解できるのだぞっ!とマリネちゃんと一緒なら、償いでどこへでも行くのだぞっ!と。
だから、アステロイドベルトから地球へ向かっている"浮島"が、無事に第3惑星へ着地するまで、浮島と地球の原住生物を守護するのだぞっ!と」
少し考えた後に舞が美衣子に申し出る。
「取り返しのつかない事はどうにもならないわ。
少しでも反省して地球環境を元に戻せる心意気が有るのなら、地球行きを日本国政府にお願いする事だけは付き合ってあげる」
美衣子は訪問者三姉妹に答えるのだった。
「生身の人間に見えてしまうけど、貴方達はこの世界の存在ではないですよね。人間としての価値観を問われても理解出来ないのかも知れないですねぇ。だけど、これからも人間社会と関わるならば、これから面倒事はダメ!絶対!ですよ?」
訪問者三姉妹に言い聞かせるひかりだった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=ミツル商事社長。
・大月ひかり=ミツル商事監査役。
*イラストは、七七七様です。
・大月 美衣子=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは里音様です。
・岬 渚紗=ミツル商事海洋養殖部門、医療開発部門担当。海洋生物学博士。
*イラストは、更江様です。
・琴乃羽 美鶴=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。言語学研究博士。少し腐っている。
*イラストは、更江様です。
・春日 洋一=ミツル商事海洋養殖部門責任者。
*イラストは、更江様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様に描いて頂きました。
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦ホワイトピース艦長の名取大佐。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様に描いて頂きました。
・黄星 舞=訪問者。神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。
*イラストはお絵描きさん らてぃ様に描いて頂きました。
妖精バージョンはこちらです↓
・黄星 守美=訪問者。神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 輝美=訪問者。神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・ケビン=英国連邦極東首相。
・グリナート=英国連邦極東軍大佐。防衛司令官代理。




