マリネ
2026年(令和8年)6月12日午前4時30分【東京都千代田区永田町 首相官邸】
「彼らは本当に核を使うだろうか?」
澁澤総理大臣が岩崎官房長官に訊く。
「使うでしょう」
間髪入れずに岩崎官房長官が答える。
「佐世保の英国連邦極東首都ダウニングタウンが壊滅すれば、火星に出迎えた英国王室皇太孫を頂いて再興途上だった国家体制が瓦解して、連合防衛軍指揮系統に打撃を与え、連合防衛軍の求心力を弱体化させる事になるでしょう」
岩崎が予想される惨禍の想定を説明した。
「さらに核が使用された日には”非核三原則”を厳格に守らなかった我々の落ち度として、野党と世論の総攻撃を受けて間違いなく政権が倒れるぞ!」
澁澤が危機感を露わにする。
「ええ、確かに。長崎県内での核使用は、かつての被爆都市が再度核の惨禍に襲われた悲劇として国内外でのインパクトは想像を超えるでしょう」
非核宣言都市にこだわりを持っていた長崎市長の剣幕を容易に想像してしまう岩崎。
「……致し方ない。佐世保が万一の事態に陥った時の備えとして”アレ”を使おう」
澁澤総理大臣が決断する。
「わかりました。既にミツル商事の美衣子氏には改修の”指示”を出しています。
ダイモス基地から工作部隊が出発して美衣子氏の遠隔指示の下、準備に取り掛かっています」
先を見越した岩崎の差配に安堵する澁澤。
「……改修か。十中八九、立憲地球党を始めとした左派系野党が民間衛星の軍事転用だと騒ぐだろうな。……訪問者にクリーチャー。……頭の痛い存在がこうも立て続けに出てくるのは、もはや偶然ではないだろう」
執務室の机に肘を突いて頭を抱える澁澤総理大臣だった。
♰ ♰ ♰
――――――同日午前5時【長崎県 対馬市沖50Km 音響測定艦『とどろき』特設CIC】
「おっ!シロ姉のペットが動き出したのだぞっ!」
簀巻きのまま宙に浮く輝美が声を上げた。
「ソナーも下対馬沖の海中で動く物体を感知しましたねぇ。速度は時速20Kmくらい、かな?」
艦橋とのデータリンク画面を確認していた琴乃羽が報告する。
「満さん、艦長からですよ」
ひかりが満に受話器を渡す。
満はスピーカーモードに切り替えて受け取る。
『大月社長。横須賀司令部を通じて連合防衛軍司令部から優先命令が届きました。
”ミツル商事は可能な限り敵を佐世保に誘導せよ”です』
緊張した声の艦長が満に司令部からの指示を伝えた。
「どうしてわざわざ大都市の佐世保へ誘導するんですか!?」
岬が首を傾げる。
『もともと福岡には展開できる兵力が少なく、防衛体制の整っている佐世保に誘導して、確実に殲滅するのが司令部の意向です』
艦長が答える。
「そんなっ!」
憤る満。
「お父さん、そんなにカッカしないで」
満の背中にしがみ付いて宥める美衣子。
「……そうならないように、岩崎と相談して奥の手を打っているから大丈夫よ」
満の耳元で美衣子がささやいた。
♰ ♰ ♰
【火星衛星軌道上 太陽光発電・送電衛星システム『アマノハゴロモ』】
高度35,000Kmの静止軌道で火星北半球の日本列島を見守るように配置されていた太陽光発電・送電衛星は、自衛隊ダイモス宇宙基地を経由して送られた美衣子の優先プログラムを受信して稼働を始めた。
本来は太陽光で発電した電力を特定周波数に変換して茨城県東海村へ送電していたのだが、優先プログラムによって、衛星は本来の役割とは違う稼働モードに入った。
送電衛星は遮るものの無い真空空間で太陽光を浴びながら充分な電力を発電しながら送電せずに、非常用貯蔵バッテリーへ蓄電し続けていた。
ダイモス宇宙基地から到着した衛星工作部隊が設置したマルス・アカデミー技術応用バッテリーの蓄電能力は原子力発電所10基分に相当する。
美衣子と岩崎が秘かに着目して改修していたのは、送電周波数を高周波数帯レーザー光線に変換する機能だった。
万一の時はこの衛星から高周波数帯のレーザー光線が地上へ照射される。
♰ ♰ ♰
――――――【長崎県 対馬沖 海上自衛隊音響測定艦『とどろき』特設CIC】
「要するに、クリーチャーが持つ生体電気と反応させるのかしら?」
ひかりが美衣子に尋ねる。
「そうよ。太陽光発電・送電衛星から大出力レーザー光線を当てて、クリーチャーの生体電気と同調させ、急激に電力負荷を増加極大化させて細胞を拡大させて自滅させるのよ」
美衣子が説明する。
「そんな。私のマリネちゃんを……」
何かを言おうとしたが、ひかりや満の視線に気圧されて口を噤む黄星舞。
「シロ姉のペットには残念だけど、ここまで大事になったからしょうがないのだぞっ!」
輝美が小さく残念そうに呟く。
「どうしても、あのクリーチャーを舞さんは生かしたいと?」
岬渚紗が聞く。
「自分が世話をした生き物は、最後まで責任を持つものだと学校で教わりましたからね~」
黄星守美が頷く。
「お祖母様。マリネちゃんを第4惑星からホウライ世界に連れて帰りたいのですけど?」
舞が提案する。
「それはダメ!」
美衣子がピシャリとダメ出しする。
「貴女達が”木星から火星に無理やり訪問”して能力を使い続けているから、外惑星の干渉を受けた火星の重力磁場に歪みが蓄積しているわ」
美衣子が理由を説明する。
「このまま変化の幅が拡大すると、私のシステムでは防ぎきれない規模の地殻変動が火星全域で起きるわ。だから、絶対に力を使わないで」
釘を刺す美衣子。
「……それでは、もう少しスケールを小さくして考えてはどうでしょう?
惑星規模とかの力を振るわないで済む方法は無いのですか?」
先ほどからのやり取りを傍観していた春日が視点の変更を勧める。
「スケールねぇ……」
琴乃羽が呟く。
「むーん……そうだぞっ!と。私のペットにするぞっ!と」
知らずのうちに浮かびながら考えていた舞がはたと手を打って叫ぶ。
「え~」
ジト目で舞を睨む満。
「……舞さん、話の流れ読んでいますよね?」
岬が突っ込みを入れるが舞は気にせずに、
「論より証拠とやらだぞっ!と」
妖精体モードに変身する舞。
ミツル商事一同と黄星姉妹はポカンと口を開けて固まっていた。
「マリネちゃんて誰?」
マリネリスのクリーチャーは再び五島列島近海に接近していた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月満=元ミツル商事社長。無職。
・大月ひかり=元ミツル商事監査役。無色。
*イラストは、七七七様です。
・大月 美衣子=マルス文明日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能。
*イラストは里音様です。
・岬 渚紗=ミツル商事海洋養殖部門、医療開発部門担当。海洋生物学博士。
*イラストは、更江様です。
・琴乃羽 美鶴=ミツル商事サブカルチャー部門責任者。言語学研究博士。少し腐っている。
*イラストは、更江様です。
・春日 洋一=ミツル商事海洋養殖部門責任者。
*イラストは、更江様です。
・黄星 舞=訪問者。神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。
妖精バージョンはこちらです↓
*イラストは、らてぃ様です。
・黄星 守美=訪問者。神聖女子学院小等部教育実習生。輝美の姉的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 輝美=訪問者。神聖女子学院小等部6年生に転入。守美の妹的存在。
*イラストは、しっぽ様です。
・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。
・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官。
・ケビン=英国連邦極東首相。
・グリナート=英国連邦極東軍大佐。防衛司令官代理。




