寒い時代
2026年(令和8年)7月10日【地球中東地域 旧トルコ共和国 カッパドキア地方地下『イスラエル連邦』首都 新テルアビブ 首相官邸】
「そうだ、中佐。我々は自前で火星へ行ける船が欲しいのだよ」
ニタニエフ首相の傍らに居る国防大臣が欧州ブリテン島のワイズマン中佐へ話し掛ける。
『ミス瑠奈によると、マンスフィールド級空中戦艦を改良した宇宙航行型は対宇宙放射線防御が貧弱なため、衛星軌道上のみ運用する仕様で惑星間航行は不可能との事です』
ワイズマン中佐が答えた。
ワイズマン中佐はブリテン島ニューベルファストの基地宿舎自室から、プライベート回線でイスラエル連邦本国に定例報告を行っているところだった。
「中佐。言い訳は要らんのだ」
ぴしゃりと指摘するニタニエフ首相。
「我が国は今も、この地域で地球規模の災害と火星原住生物のせいで孤立している。
最近は近隣地域の旧トルコ国民も保護しなければならない状況下で、我が国の体力は着実に落ちてきている。とてもシャドウ・マルスとやらに反撃できる状況ではないのが本音なのだよ」
ニタニエフ首相の本心を聴いて、瑠奈と面白可笑しく過ごしていた気持ちがどんどんと冷めていく。
「君の任務は”あの火星人モドキ”の歓心を得ることではない。
我々が火星人の技術を使って人類勢力で一番にならないと、800万に増えた国民を救えないのだ。
そのためには、火星文明技術の直接利用が望ましい。シドニア地区には沢山の資材が眠っているそうじゃないか」
言い切るニタニエフ首相。
これはとてもじゃないが日本人に聞かせられないな、とニタニエフの話を聴きながら思うワイズマン中佐。
『恐れながら首相閣下。日本国は火星人マルス・アカデミーとの技術供与については「段階的承継方式」をとっており、かつて極東アメリカ合衆国が結んだ「即時承継方式」ではないのです。
つまり、我々は火星文明を”日本式にアレンジ”したものしか入手できないのです』
ワイズマン中佐が応える。
「ゴラン高原最前線で悪辣なシリア軍相手にあらゆる手を尽くして陣地を死守した君とも思えない弱気な言葉だな」
不満気な国防大臣。
『大臣。今以上をお望みであれば、我々はミス・瑠奈の部隊には居られません。信頼関係が破綻します』
憤りを抑えて答えるワイズマン。
「……仕方あるまい国防大臣。ワイズマン中佐には、引き続き出来る限り試作兵器の情報収集を続けさせよう。日本国政府がミツル商事を国有化したそうじゃないか!これからは外交ルートから情報が得られるだろう」
ニタニエフが国防大臣を宥める。
「これからはミスター・ヒガシヤマを使うとしよう。中佐、ご苦労だった」
興味を失ったニタニエフはワイズマン中佐との通信を終えるのだった。
♰ ♰ ♰
【欧州英国 ブリテン島 ニューベルファスト地球連合防衛軍レジスタンス基地内】
通信モニターのが消えた真っ暗な宿舎の個室でワイズマンは一人ため息をつく。
最近はイスラエル連邦本国への報告内容はがらりと変わり、あからさまなマルス・アカデミー技術の取得望む本国に応える形で軍事技術取得状況の進捗内容報告が大部分を占め、日本国との共同戦線という考えは二の次になっていた。
「寒い時代は、まだまだこれからのようだ……」
そう呟くとワイズマン中佐は、個室を出ると重い足取りでマンスフィールド級空中戦艦の艦橋へ戻っていった。
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ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・ワイズマン=イスラエル連邦軍中佐。ミツル商事戦闘団に特殊部隊と共に出向中。
・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦首相。




