ディストピア【後編】
2026年(令和8年)6月中旬【地球中央アジア 旧カザフスタン共和国 人類統合第5都市『バイコヌール』】
ソールズベリーが吐き気を催すほどの異質なアジテーション演説が続いている間も巨大陸上戦艦は、都市中心部に在るピラミッド型建造物に接続して補給を受けていた。
陸上戦艦後部甲板と接続しているピラミッド前の広場には、搭乗員や都市住民と思われる多くの人々が整列し、ソヴィエト国旗が塗装されたピラミッド側面に投影されたサングラスを掛けた中年男性の演説を視ていた。
『偉大なる人類統合第5都市バイコヌールの同志諸君!
我々は火星から襲来した侵略者と、それに加担する西側の資本主義者共を撃退すべく立ちあがったのである!
既に世界各地で多くの同志が決起し、彼らに一撃を加えている。
我々も遅れることなく、世界各地で立ち上った同志達を支援すべく、宇宙へ飛び立たなければならないのだ!
真の最終戦争を生き抜く為に我々は衛星軌道と月面を支配し、侵略者達に裁きの鉄槌を下さねばならんのだ!
人類統合政府万歳!第5都市万歳!』
『ウラ―ッ!ウラ―ッ!』
サングラス男性の演説に応える様に、群衆がウラーと叫び万歳する。
「典型的なアジ演説による群衆扇動じゃないか!まともな歴史を学んで情報を得ているのならば、あんなトンデモ演説に夢中になる訳無い!住民達の頭の中はどうなっているんだ!」
給水タンクの中で愕然としながら首を振るソールズベリー。
「かくなる上は、住民を捕まえて情報を聴き出すしかない……」
呟いて給水タンクから出ようとするソールズベリー。
「チョットマッテ、マスター」
もう少しでタンクの外へ頭を出そうとしたソールズベリーの首根っこを掴んで引き戻すクリス。
「グヘッ!喉が……。クリス!何故止める!情報収集をしなくてどうするのだ?」
抗議するソールズベリー。
「マスター。コノ戦艦ノ表面ニハ微弱ナ電気ガ流レテイマス。先程モ申シアゲマシタガ、貯水タンク外ノ甲板ハ対人センサー作動中デス。
人ノ体ニハ感知出来ナイ僅カナレベルデスガ、艦体ニ触レルトマスターノ身体ニ流レテイル生体電気ト反応シテセンサーニ感ヅカレテシマウデショウ……」
「……むう。では、どうすれば?」
「ソコハ、クリスニオ任セクダアレ……」
クリスの瞳がズームレンズのように瞳孔を収縮させ、外の群衆をつぶさに観察していく。
「マスター。コノ都市ノ住民ハ"普通"ノ人間デハ無イト思ワレマス」
「どういう意味だ?」
ソールズベリーが尋ねる。
「アソコニ居ル群衆ハ何ラカノ電波干渉ヲ受ケテ活動シテイマス」
「まるでドローンだな」
「ソノ比喩ハ適切カト。ソレト、全員ノ生体電気ガ誤差ヲ感ジナイレベルマデ一致シテイマス」
「疑似生態生物……クリスの様なアンドロイドだろうか?」
「……ウーン。ソレハ、微妙カモ」
ソールズベリーの推察に首を傾げるクリス。
「アンドロイドノ様ナ統一サレタ肉体ノ動キデハ有リマセン。……デスガ、思考行動パターンガ気持チ悪イレベルマデ統一サレテイマス」
広場と甲板に並ぶ人々を見渡しながら答えるクリス。
「詳しい分析は、基地に戻ってからだな」
「イエス。マスター」
「しかし、この戦艦から降りる方法がまるで思いつかないな……脱出以前の問題だが」
途方に暮れるソールズベリーだった。
だが、ソールズベリーの心配は杞憂に終わった。
都市中心部のピラミッドから燃料を補給した陸上戦艦は、その後再び都市外部へ哨戒に出たので、ソールズベリーとクリスは都市からの脱出に成功した。
加えて、バイコヌール郊外に到達した陸上戦艦が火山灰の堆積した窪地に半ばのめり込む様に潜り込んで息を潜めた為、陸上戦艦に堆積したままの瓦礫の中にあった給水タンクに潜り込んで様子を伺う二人は、陸上戦艦が地面に潜り込んだ衝撃で甲板から転がり落ちた給水タンクと共に、戦艦から降りる事にも成功した。
火山灰に塗れながら残骸をかき集めたソールズベリーは、偽装したクリスのおかげで何とかバイコヌール郊外の陸上戦艦から距離を取る事が出来た。
陸上戦艦から二人が充分な距離を取った5時間後、クリスの救助信号を受信した欧州英国からマルス・アカデミー・多目的戦闘艦『マロングラッセ』で駆け付けた瑠奈とワイズマン中佐率いる特殊部隊が、堆積した火山灰の丘陵と残骸が果てしなく続く平野で二人を発見して収容したのだった。
♰ ♰ ♰
【欧州ブリテン島 ニューベルファスト地球連合防衛軍 欧州抵抗軍基地】
「成る程~、それは大変お疲れさまっス!」
ニューベルファスト基地に帰還した『マロングラッセ』艦内で、ソールズベリーからバイコヌール郊外で発見した異様な都市の話しを聴いた瑠奈が熱い紅茶をソールズベリーに振る舞った。
「ありがとう、レディ。この即席レモンティーも大した腕前ですね。
あのような所に異様な都市が存在している事に、それが世界各地に存在するであろう事に危機感を覚えます。少なくともこのユーラシアとブリテン島対岸の北米東海岸までの地域を捜索するべきだと考えます」
火山灰と砂塵だらけの荒野から帰還したソールズベリーにとって、例えリプトンのティーバックとレモン汁を垂らしただけの紅茶は至高の一杯と言えるのだった。
「そうっス!同感っス!ロイドおじさんから”これからも”ソールズベリー卿といっぱい仲良く捜索するように、と言われているっス!」
明るく答える瑠奈。
「……マジですかっ!」
まだ少し火山灰を被った頭で項垂れるソールズベリー卿だった。
「マスター。元気出シテ下サイ。仕事ガ有ルノハ喜バシイ事デス。モヤシ生活カラ脱出出来ルノデス」
「……イエス。クリスの言う通りだった」
健気に励ましの言葉を掛けるクリスに応えるソールズベリーだった。




