ディストピア【前編】
2026年(令和8年)6月中旬【地球中央アジア 旧カザフスタン共和国 バイコヌール郊外】
陸ガメの様な陸上戦艦甲板に取り残されたまま、バイコヌール郊外に在るシャドウマルス施設に侵入するソールズベリーとクリス。
二人は陸上戦艦の艦首近くに位置する巨大な3連装砲塔付け根辺りに転がっていた、倒壊した住宅の貯水タンクに潜んでいた。
「クリス、外部と通信は可能か?」
錆付いた貯水タンクに空いていた穴の隙間から外を伺うソールズベリー。
「無理デス、マスター。先程ノシールドヲ通過シタ後、外部カラノ電波ガ受信出来マセン。
アノシールドハ幾ツモノ周波数ノ異ナル電磁波ガ重ナッテ、電波ヤ微細ナ物質ヲ遮断シテ居ル様デス」
ソールズベリー卿の傍らで同じように隙間から外を伺うクリス。
「……電磁シールドか」
驚きながら呟くソールズベリー。
ソールズベリーの隣で同じように外を窺うクリスの眼は索敵モードで外部を赤外線探索しており、銀色頭髪の一部はタンクの外へ伸びて、都市内部の電波を受信し続けている。
「そう言えば、さっきから息苦しい感じが無くなっている……」
「ハイ。コノ空間ト外部デハ火山灰濃度ガ明ラカニ違イマス」
深呼吸をして取り込んだ空気をクリスの体内器官が分析する。
「……この施設自体が地上型シェルター」
周囲を見て感想を口にするソールズベリー。
「ところで、いつまでもこのタンクの中に居ても大丈夫なのか?」
「……ムシロ、タンク外ダト甲板上ノ対人レーダーニ探知サレルデショウ」
「だけども、タンクも目立つだろ」
「ゴ心配ニハ及ビマセン、マスター。コンナ事モアロウカト……」
ソールズベリーに応えながら給水タンクから這い出るクリス。
慌ててクリスに続いて貯水タンクから出ようとするソールズベリーを制止するクリス。
「マスターハソノママデ。ワタシガヤリマス」
ソールズベリーが潜んでいる貯水タンクを片手でひょいと持ち上げると、陸上戦艦3連装砲塔の後部に押し当てて、眼球からレーザーを照射して貯水タンクと砲塔を溶接していく。
「ちょっと!ちょっと!……ひっ!?危ないよクリスさん!?」
貯水タンクの中をゴロゴロと転がったり、クリスのレーザーが溶接する時に慌てて反対側へ逃げるソールズベリーが抗議する。
主人の抗議をものともせずに口から塗料をぺッと吐き出して、砲塔と同じ柄の塗装まで仕上げるクリス。
「コレデ、コノ貯水タンクハ砲塔ノ一部ト見ナサレル……カモ?」
首をこてんと傾けるクリス。
「そこまでしておいて疑問形!?まあ……その臨機応変さと器用さには脱帽だが、本当に大丈夫なのかな?」
クリスの器用さに感心しつつ、半信半疑で突っ込むールズベリー。
「……ハテナ?」
またしても、首をこてんと傾けるクリス。
「ま、なるようになるか……」
突っ込むだけ無駄だと悟ったソールズベリーはため息を吐くと、貯水タンクの中からシールド内の観察を続けるのだった。
いつの間にか巨大陸上戦艦は電磁シールド内の巨大な道路を進んでいる。
やがて陸上戦艦の行く手に現れた施設入り口には凱旋門があり『CCCP☆5』と記載されたプレートが埋め込まれていた。
「……CCCP。ソヴィエト連邦だって!?」
思いもしない過去の遺物である表示に驚くソールズベリー。
CCCP(英語:USSR)とは、ソヴィエト社会主義共和国連邦のロシア語略である。
陸上戦艦は速度を落とさずに施設内部を進んで行く。
驚きつつも周囲の観察を続けるソールズベリーシールドの視界には、広大なくすんだ灰色のコンクリートが目立つ都市が広がっていた。
貯水タンクの左右から見える建物は、無機質で味気ないコンクリート剥き出しのビル又は高層アパートで、所々に”全ての権力を評議会に!””第22次五か年計画を達成しよう!”と書かれた赤い垂れ幕が建物の屋上から掲げられている。
道路標識と共に据え付けられたスピーカーからは、ソヴィエト国歌である"インターナショナル"が大音量で流されていた。
それほど多くは無いが住民と思われる人々が通り過ぎていく陸上戦艦を見上げて手を振っている。人々の服装は簡素で色合いはくすんだ枯草色で地味である。ソールズベリーの脳裏に”人民服”という昔習ったフレーズが思い浮かぶ。
「……なんだこれは。まるで冷戦時代にタイムスリップしたかの様だ……」
昔、学生時代に社会科の授業で視た当時の記録映像が映し出す世界に飛び込んだ感覚に陥るソールズベリー。
やがて陸上戦艦の行く手に、灰色の摩天楼に囲まれた巨大なピラミッドが現れた。
そのピラミッドは金属質の鈍色で側面には"ソヴィエト"のシンボルマークである、槌と鎌と星が描かれた赤い色の国旗が大きくペイントされていた。
ピラミッドに窓は無く、頂上付近が金色に光り輝いていた。
「神々しさよりも邪悪な感じがする……」
思わず呟いてしまうソールズベリー。
ソールズベリーの横に居るクリスは、視界から得られる情報の他にも都市内部を飛び交う電波を傍受して記録していた。
「マスター。施設内部デ電波放送が傍受サレマシタガ、ゴ覧二ナリマスカ?」
「ああ、見せてくれ」
クリスの両眼から映写機のように光が伸び、暗い貯水タンク内の空間に、施設内部で流れる放送が投影される。
放送によると此処は人類統合第5都市『バイコヌール』と呼ばれている。
明らかに住民向けのプロパガンダ放送と思われるこの放送は、東アジアの地域紛争を切っ掛けに西側が先制核攻撃を行った結果世界が崩壊、生き残った人類は東側諸国を中心に各大陸から集まり、西側を撃滅する為、世界規模の統合国家建設に向けて労働しよう!と市民に呼び掛ける内容だった。
「……これは。酷すぎる……」
時代錯誤且つ史実と異なったおぞましく歪んだプロパガンダを目の当たりにしたソールズベリーは、思わず吐き気を催してしまうのだった。




