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転移列島  作者: NAO
混沌編 真世界大戦
142/462

行政処分



【東京都千代田区霞が関 財務省】


「諸君。朗報だ。予算が増えるぞ!」


 大臣執務室に集合した次官達に告げる後白河財務大臣。


「先日発生した東京都西部地区の大規模サイバー戦争に、大月家とマルス・アカデミーが関与していた事が濃厚となった。総理と官房長官は厳しい処罰を大月家に科す予定だ」

後白河財務大臣が状況を説明する。


「厳しい処罰を科すにあたり、諸君らには大月家=マルス・アカデミーの施設を使い放題で利益を出しているミツル商事の処遇について原案を作成してもらいたい」


「大臣。我々が原案を作成するまでもなく、国家に対する内乱・騒乱罪で法人としてのミツル商事には裁判所が即時解散命令を下し、資産は没収して国庫に収納する筈では?」

後白河の指示に質問する次官。


「火星転移前であれば、次官が言うとおりの沙汰が下されただろう。

 しかし、現在我が国を始めとした全ての人類国家が地球北米大陸に進攻する大規模軍事作戦を展開する予定だ。派遣される軍隊の規模では我が国の自衛隊が最大となるだろう。

 ミツル商事が運用するマルス・アカデミー・シャトルによる惑星間輸送能力と火星新大陸からの資源採掘は失う事が出来ない。よって、ミツル商事の企業活動をある程度維持した形で会社資産を我が国に役立てる様に考えてもらいたい」

後白河が説明する。


 火星転移以来、海外から入ってきた莫大な株式配当や不動産賃料収入が途絶えた結果、税収の大幅減収に見舞われる中、火星原住生物や宇宙国家アース・ガルディアとの戦闘に費やされた費用を捻出する苦労をしてきた財務次官達は、久しぶりに自分達が自由に采配を振るえる巨額予算が降って湧いた事態に歓喜すると、目を輝かせて資産没収とその配分について様々な思惑をめぐらせるのだった。


          †          †          †


2026年(令和8年)6月8日午前6時30分【東京都千代田区永田町 首相官邸】


 仮想世界大戦が人類側に有利な形で収束した事で、生き残った人類各国は反攻作戦開始に向けた部隊編成と物資準備に励む中、ミツル商事の大月満社長と監査役のひかりは、澁澤総理大臣、岩崎官房長官の元を訪ねていた。


 仮想大戦勃発直後から、満とひかりは美衣子達が引き起こした事の重大性を痛感していた。


「結果的にシャドウ・マルスのサイバー攻撃から、わが国の仮想空間を防衛した事は大いに評価出来ます……」

澁澤が険しい顔で満を見つめながら話す。


「……ですが、我々政府に事前の連絡も無く、また担当教師が強く反対したにも関わらず、民間人である小学生2名を仮想世界とはいえ戦闘に巻き込んだ事は、極めて重大で遺憾な事と言う他ありません」

岩崎が無表情に満とひかりに話しかけた。


 無表情故に、かえって岩崎の怒りを感じる大月夫妻。


「「面目次第もございません!」」


 満とひかりが、姿勢を正して二人に深々と頭を下げる。


「仮に火星転移前の平時にこの事件が起きた場合、お二人と美衣子さんは内乱・騒乱罪で逮捕、無期懲役又は3年以上の禁錮、会社は即時解散命令まで出されます、と法務大臣が言っておりました」

岩崎が厳しい判断を伝える。


「だが、現実問題としてミツル商事協力のもと、マルス・アカデミーとの友好関係無しには、我が国が未知の戦争状況下で生き残れないのもまた事実だ」

疲労の色が濃い澁澤総理大臣が盛大にため息をつく。


「全く。……大した事をしてくれたものだ……」

天井を仰いで嘆く澁澤。


「列島各国は美衣子さん達に巻き込まれた貴方達に同情的ですが、地球イスラエル連邦が問題視しているとの報告が、月面ユニオンシティへ戻った東山特使から有りました。

 従って私達としては対外的に"ケジメ"を付けたと世界へ知らしめる意味でも、何らかの処罰を与える必要が有るのです。その点はご理解ください」

岩崎の説明に俯く満とひかり。


 そして岩崎官房長官が、財務省作成の行政処分内容が記載された文書を読み上げていく。


 日本国政府がミツル商事に下した行政処分とは、ミツル商事国有化と人類反攻作戦に於ける兵站の無償提供である。


 大月家が持つミツル商事の株式は、美衣子達三姉妹の持ち分も含め日本国政府名義となり、ミツル商事が出資した『日本マルス交通』が所有している全マルス・アカデミー・シャトルや、火星沿岸部に設けた海洋生産施設は日本国政府所有となり、警備保障部門が研究中の新型兵器技術等も防衛省に開示される。


 実質的にミツル商事は国有化され、大月は創業者としての地位と財産が殆ど失われた事を意味する。

 

 財務省が原案で主張していたミツル商事の法人解散処分を行った場合、美衣子達三姉妹の不興を買うこととなり、マルス・アカデミー・アンドロイドがシャトル運行や警備部門から離脱する事で同社に全面的に依存していた惑星間輸送能力が喪われ、地球で戦う部隊への補給が滞って戦局に悪影響を及ぼし、人類全体の損失になりかねないと危惧した澁澤首相や岩崎官房長官、桑田防衛大臣が判断した為、会社資産没収と株式国有化に留めている。


 首相官邸で行政処分が言い渡されたその場で満は社長辞任を決意し、各部門への通達を行い、ミツル商事は地球連合防衛軍の指揮下に入った。


 満が社内に通達をする傍らでひかりは監査役の辞任を表明しながらも、仮想世界大戦で被害を受けた福生市、武蔵村山市等、全国で在日ユニオンシティ軍基地を抱える地方自治体への賠償を岩崎官房長官に申し出た。


 主に電子機器に係るインフラ設備の全面交換であり、ミツル商事は莫大な費用負担が予想された。


 NEWイワフネハウスに帰宅した満とひかりは、自室で謹慎中の美衣子、月面の結、地球英国の瑠奈に状況を説明し、各地の地球連合防衛軍指揮下に入るよう指示した。

 大月夫妻の指示に、三姉妹は黙って従うのだった。


 夕方に再び東京都内に戻った大月夫妻はホテルニューオタニで緊急記者会見を開き、ミツル商事が日本国政府首相官邸から行政処分を受けて国有化される事と、福生市、武蔵村山市を始めとした地方自治体への損害賠償を行う事を発表した。


          †          †          †


【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】


 大月夫婦が帰宅すると見計らったかのようにひかりの祖父仁志野清嗣が差し入れ付きで訪問してきた。


「いやぁ、今回はえらい大変やったなぁ。まぁ、ドンマイや!」

ガハハと笑いながら満の背中をバンバンと叩いて激励する仁志野。


「お義父さんすいません。ミツル商事のせいで明日は角紅の株価が大幅に下がるでしょう。申し訳ございません!」

頭を深く下げる満。


「ごめんなさいお祖父さん」

ひかりも深く頭を下げる。


「ええねん、ええねん。株価なんか世の中の時々でいろいろ変わるもんや。関連会社の不祥事で一時的に株価は下がるやろな。……せやけど角紅の企業価値は、そんな事で失われるもんやあらへん」

大月夫婦に話しかける仁志野。


 間違いなく、翌日朝にはミツル商事と関係親会社である総合商社角紅株価の大幅な下落が予想される事態にもかかわらず、仁志野の表情は深刻なものとは程遠く、その配慮に大月夫妻は心から感謝するのだった。

 

 夕方の大月社長緊急記者会見を受け、火星東京外国為替市場では円が売られ、火星転移後初めて英国極東ポンドとユーロピア・ユーロが一時的に円を上回った。


 急成長を遂げていた複合企業体ミツル商事への厳しい行政処分と、国有化による会社資産の無償提供、地方自治体への巨額損害賠償は、列島再開発と火星新大陸開拓で上向きつつあった日本国経済に一抹の不安をもたらす結果となった。


 そして大月夫妻はミツル商事から退いても尚、これに伴って起こされるであろう株主代表訴訟にも対応しなければならなかった。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月満=ミツル商事社長。

・大月ひかり=ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

*イラストは、七七七様です。


・澁澤 太郎=日本国内閣総理大臣。

・岩崎=日本国内閣官房長官。

・仁志野 清嗣=総合商社角紅社長。ひかりの祖父。

・後白河 政則=日本国財務大臣兼外務大臣。

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