制圧
【仮想空間内 米軍横田基地 地下司令部】
美衣子の呼び掛けに応えた日本中のAI達が、横田基地守備隊を獅子奮迅の活躍で蹴散らせて司令部に突入していた。
「降伏しろ!チェックメイトだよ!」
大きなスコープのついた大型対戦車ライフルを構えるAIケン。
「……誰も、いないだと?」
血だらけにした小槌を担いだ大福様が唖然とあたりを見まわす。
「ケンさん!あそこに”ドア”が!」
大福様の後に駆け込んできたパナ子が司令部メインモニターにぱっくりと空いた空間に気付いて指さす。
パックリと空いた空間はひび割れた様に赤みがかっており、中心へいくほど赤色と紺色が混ざりあっている。
「ふっ!」
ケンが引き金を引くと対戦車ライフルが火を噴いて、メインモニターに空いた空間に強力な銃弾が放たれた。
爆発でドアが爆炎に包まれるかと思いきや、そのまま銃弾を呑み込んだ空間は狭まっていき、遂に閉じてしまう。
「……あれ?やっちゃいました?」
対戦車ライフルの構えを解いたケンが呟く。
「……やっちゃった。ですの」
メインモニターに近づいてしげしげと観察したパナ子が頷く。
「いや。あの空いたドアへ飛び込んだところで多勢に無勢じゃ。向こう側へ1発撃ち込んだだけで充分じゃ。ここは我らの勝利じゃ!」
最後に司令部内に入ってきた弁財天が勝利を宣言する。
「勝ったどー!」
国立民族学博物館AIの武者鎧AIが雄たけびを上げる。
AI達の歓声が敵司令部に広がる中、パナ子は現実世界で待機している美衣子へ仮想空間横田基地の制圧を報告するのだった。
これによって秋葉原特別電子戦闘団に居る美衣子による仮想世界への介入も可能となった。
♰ ♰ ♰
――――――【(仮想空間内) 米軍横田基地 滑走路付近】
長大な滑走路の中央部分が、守美の繰り出した巨大な光の奔流でバッサリとえぐり取られ、滑走路脇の航空機待機ハンガーや格納庫は、輝美が無分別にばら撒いた暗黒玉で穴あきチーズの様な残骸と化しており、ようやく辿り着いた丸太の花子、軍曹、華子、優美子らが、ポカンと口を開けて固まっていた。
「なんか……世紀末の遺跡っしょ」
優美子が独り呟く。
「この自重しない破壊っぷりに寒気を覚えるですの……」
流石に突っ込む気も失せた花子。
「基地司令部は、友軍が制圧したようだな」
目的地だった航空機シェルターが、跡形もなく破壊し尽されているのを確認した軍曹が言った。
「これで、お家に帰れるのでしょうか?」
滑走路の反対側から此方に駆け寄ってくる真知子先生を横目で見ながら、華子は何となく上空を見上げる。
先程まで、続々と空挺部隊や軽戦車を吐き出していた輸送機は、瞬時に掻き消されたように1機も見当たらなかった。
華子は、やはりこの空間は仮想の現実世界であると再認識していた。
そんな華子の視界が、空の片隅で不意に現れた紅く輝く光点を捉えた。
紅い光点はみるみる大きくなり、上空で巨大なゲートと化した。
「……優美子さん。赤い門が」
上空を見上げたまま、前に座る優美子の肩を指でちょこんとつつく無表情な華子。
非現実的な光景であり、本来は驚天動地なリアクションとなりがちな所だが、戦争という衝撃的体験により心理的負荷が限界突破した華子は、すべてを淡々と受け止めるしか術がなかった。
「ん?……お迎えっしょ」
脱力した感じで応える優美子。
仮想空間内とはいえ、生まれて初めて戦争を体験した影響が優美子の精神に著しい負荷を生じさせていた。
二人が見上げる上空の紅いゲートから、巨大な白い光の両腕がニュッと出現して花子の丸太と、駆けよって来た真知子先生を包みこむように掬い上げると、ゲートへ戻り始めた。
光る白い両腕の思わぬ素早さと急速に浮上する感覚に、丸太に乗っていた一行は呆気にとられたままだった。
華子にしがみつかれた優美子が反射的に体を縮めて前に座る軍曹の背中にキュッとしがみ付くと、軍曹は振り返って二人に苦笑しながら何か言ったようだったが、その瞬間に二人の視界は暗転した。
こうして華子、優美子、澁澤真知子先生の意識は仮想世界から美衣子に回収され、無事現実世界に帰還した。
三人は直ぐに自衛隊中央病院で診察を受けたが、肉体的には軽い脱水症状だけで済んだ一方で、精神的に酷く疲弊しており、真知子先生は自力で歩く事もままならなくなっていた。
美衣子は介入出来なかった時間に、仮想空間内部で何が起きたのか調べようとしたが、データが全て消去されており、モニター録画による断片的な事象の確認だけしか出来なかった。
美衣子の制御下に戻った花子を問いただしてみても、記憶部分に正体不明のフィルターがかけられており、美衣子の制御をもってしても開示は不可能だった。
美衣子は仮想世界から帰還した華子達に話を聴こうとしたが、彼女達を診察した自衛隊中央病院の医師団は急性ストレス障害の発症を確認しており、当分の間面会謝絶となっていた。
美衣子達による真相追及は不可能と思われた。
† † †
【地球欧州北部 旧フィンランド北部上空の衛星軌道 ユニオンシティ防衛軍 宇宙フリゲート艦『ミルウォーキー』】
「本艦に地上ムルマンスク周辺より射撃管制レーダーが照射されています!」
突然警報ブザーが鳴り響く中、レーダー担当オペレーターが艦長に報告する。
「ムルマンスクは海面上昇で水没している筈だ。周辺の秘密軍事都市なのか?この地域で生き残っている友軍部隊は地上に存在しない。月面司令部に緊急通信!『我敵ト遭遇セリ』」
「司令部からの応答がありません!通信回線が不通!」
目まぐるしく思考する艦長の指示に応える通信オペレーター。
「……何が起こっているのだ」
「地上から発射されたと思われるASAT(対衛星)ミサイル多数接近!」
「操艦フリーハンド。軌道変更。電磁シールド起動。レールガン発射態勢急げ!レーダー担当は射撃管制レーダーの発信地を特定急げ!報告はユニオンシティ司令部へそのままだ」
矢継ぎ早に指示を出す艦長。
「ムルマンスクの他、バイコヌール郊外の複数地点からもミサイル探知!」
「諦めるな!兎に角撃て!撃ち落とせ!」
仰角を下方ギリギリまで向いたレールガン砲台が射撃を開始する。舷側の短距離対空ミサイルが上昇してくるミサイル群に立ち向かっていく。
宇宙フリゲート艦『ミルウォーキー』下方に紅蓮の球が次々と生じていく。
1分後、必死の戦闘態勢も空しく旧ロシア製対空・対宇宙ミサイルS600がずんぐりむっくりした空飛ぶ方舟中央部分に突き刺さるように命中すると、急速に高度を落としたユニオン防衛軍フリゲート艦は潜水艦部分を露出させ、大気圏の断熱圧縮効果で溶解して分解しながら遥か下方のスカンジナビア半島東側のバレンツ海へ赤く燃えながら墜落していくのだった。
♰ ♰ ♰
【月面都市『ユニオンシティ』行政庁舎内 防衛軍司令部】
「『ミルウォーキー』反応消えました。地上から攻撃を受けた模様」
レーダー管制官が当直司令に報告する。
「ラグランジュ・ポイント中継基地、オセアニア各地司令部との通信回線が不通!」
通信オペレーターが報告する。
「サイバー攻撃か!どこからだ!」
当直司令が訊く。
「北米大陸旧ネバダ州グルームレイク"エリア51"です」
静かに答える情報将校だった。
「誰か!直ぐに日本国の東山特使とミス結を呼んできてくれ!」
シャドウ・マルスの関与が明らかな状況であり、日本国の宇宙戦闘艦で訪問している彼ら彼女らの力が必要とされていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・名取 優美子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親は航空宇宙自衛隊強襲揚陸艦『ホワイトピース』艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・天草 華子=神聖女子学院小等部6年生。瑠奈のクラスメイト。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・花子=マルス・アカデミー・日本列島生物環境保護育成プログラム人工知能である美衣子が司る800万プログラム端末の1つ。神聖女子学院では「トイレの神様」と呼ばれている。
*イラストは、らてぃ様です。
・澁澤 太郎=日本国総理大臣。
・岩崎=内閣官房長官。
・桑田=防衛大臣。
・甘木=経済産業大臣。
・黒木=厚生労働大臣。
・後白河=外務大臣。
・鷹匠=自衛隊少将。
・黄星 舞=神聖女子学院小等部新任教師。黄星姉妹の姉的ポジション。
*イラストは、らてぃ様です。




