仮想世界の神々【前編】
2026年(令和8年)6月7日午前6時【仮想空間内 東京都福生市 在日米軍横田基地内】
上空の輸送機から降下するターミネイター兵の数はますます増加の一途をたどっていた。
守美と輝美は矢継ぎ早に空へ矢弾を撃ち込むが焼け石に水の状態だった。
「ほらほら、せんせ~はやく!はやく!」
「どんどん敵が降りてきてるんだぞっ!」
「ええっ?どうしろというの!?」
黄星姉妹に急かされてワタワタする真知子先生。
「むーん……はいっ!」
眼を瞑り精神統一すると、気合いを入れる真知子先生。次の瞬間、真知子の右手がチカッと光り輝いて1本の万年筆が現れる。
「って、ペン!?」
唖然とする輝美。
「ペンは剣よりも強し、でしたか。~あちゃ~」
困惑顔の守美だったが、一番困った顔をしていたのは真知子先生だった。
「こんなペンでどうしろと……」
途方に暮れる真知子。
「なんでもいいからっ!取りあえず、それで戦うんだぞっ!」
輝美の無慈悲な言葉に、
「それじゃあ……えいっ!」
真知子が意を決して懐から取り出した手帳に何かをしたためる。
「これよっ!」
真知子の手帳には『邪気退散』と書かれていた。
「「それで?」」
黄星姉妹の冷静且つ無慈悲な突っ込みが突き刺さり、痛々しい顔をする真知子。
「……」
何も起こらなかった。
真知子は恥辱にプルプルと肩を震わせて俯いていたが突然、手帳に書きこんだ部分を破り取ると「くわーっ!!」と、すぐ近くに降下したターミネイター兵を見つけるなり駆け寄って体当たりすると「邪気退散」の紙を兵士の胴体に押し当てる。
胴体に紙を押し当てられたターミネイター兵は急に糸が切れたようにカクンと地面に倒れて動かなくなってしまった。
「おおっ!真知子先生凄いのだぞっ!」
呆然とする真知子先生に輝美が飛びついて褒めそやす。
「さしずめ真知子先生の能力は”退魔士”といったところでしょうか……。あの万年筆で書くと書いた内容が具現化するみたいですね~」
守美が真知子の能力を評価する。
「私にこんな能力があったなんて……」
自分の両手と万年筆をしげしげと見つめて呟く真知子。
「ほらほら先生っ!じゃんじゃんバリバリいろいろ試すのだぞっ!」
輝美がターミネイター兵集団の前まで近付いていき、サブマシンガンを構えたターミネイター兵の直前でクルリとUターんすると真知子の近くまで戻ってくる。輝美に誘導されるようにつられたターミネイター兵の集団が真知子に迫りくる。
「うえぇ~っ!流石にそれは多すぎっ!」
淑女らしからぬ悲鳴を上げる真知子。
「大丈夫大丈夫。さっきみたいな感じでどんどん戦えそうな言葉を書いてバンバンいくのだぞっ!」
楽観的な輝美が助言する。
「……まったくもう。では……『落雷』『隕石』『蟻地獄』っ!」
手帳に万年筆でさらさらと書き連ね、べりっと破って押し寄せるターミネイター軍団に紙片を投げつける真知子。守美が風を巻き起こしてヒラヒラと紙片をターミネイター軍団へ飛ばしていく。
一瞬の後、ターミネイター軍団の集結地点には、青空にもかかわらず幾筋もの雷が落ち、空高くから赤く燃えた隕石が火山弾のように降り注ぎ、逃げ出そうとした兵士の足元にぽっかりと巨大な底なし穴が開くと生き残った兵士を生き埋めにして元の地面に戻った。
「うひっ!ひぇ~」
自らが巻き起こした破壊の惨状に腰を抜かす真知子。
「……真知子先生がすんげ~のだぞっ!」
目を輝かせて大喜びする輝美。
「輝ちん。私たちも負けられないですね~」
守美と輝美が小さく何かを唱えると二人の身体が白く眩く輝いていく。
光が収まると、そこには背中に4枚の羽根を持った2柱の妖精の様な存在が佇んでいた。
背格好は以前のままだが、神々しい雰囲気が漂っている。
「—――—――はっ!?貴女様は神の御使いであらせられるのですか!?」
我に返った真知子が地面に膝を付き、胸元のロザリオを取り出して祈りを奉げる。
「いやいや、違うんだぞっ……これはだな……」
恥ずかし気に照れる輝美。
「……これが私たち”ホウライ世界”守護者の正体です~」
聞き慣れない世界の名前を口にする守美。
「……ホウライ?どこの国でしょうか?」
真知子が問いかける。
「……うーん。今はまず、目の前の危機を何とかしませんと~」
守美がはぐらかすように両手を頭上に掲げると、
「灰ハイっ!」
前方のターミネイター軍団の防衛陣地に両手をさっと向ける守美。
直後に守美の両手から眩いばかりの黄白色の光の奔流が迸るように太く流れ出して防衛陣地に突き刺さると、戦車や大砲、ターミネイター兵を白光に包んで溶けるように消滅させていく。
光の奔流は勢い余って横田基地のフェンスを突き破って基地東側に広がる武蔵村山市を横断して奥多摩湖を消滅させてようやく消えていった。
「ちょっ!……守姉さま、それはやり過ぎだぞっ!うちも、負けてられないんだぞっ!」
輝美が足元をたんっ!と蹴ると姿がかき消えた。
次の瞬間、三人を包囲していた守備隊とターミネイター軍団の背後に幾つもの黒い球形をした漆黒の闇が出現すると守備隊を吸い取るように闇の中に包みこんでいく。
僅かに残った最後のターミネイター兵が漆黒の球体に飲み込まれて消滅すると、何事も無かったかのように輝美が再び真知子の前に戻ってくる。
「へへ~ん!どんなもんだ、だぞっ!」
真知子の前でどや顔でエヘンと薄い胸をはる輝美。
「ちょ~っと!輝ちん!特異点転送なんて反則技ですよ~。下手したら仮想空間ごと現実世界まで消滅したらどうするんですか~」
呆れた守美が抗議する。
「え!?そんときはあれだぞっ!アステロイドベルトが一つ増えるだけだぞっ!」
取り繕うように言い訳する輝美。
「……お二人が規格外過ぎる存在だと言う事だけは分かりました」
真知子は二人の能力が意味する事を理解出来ないまま、茫然と黄星姉妹を見つめるのだった。




