参戦
2026(令和8年)6月5日午後4時30分【東京都港区白銀 神聖女子学院内】
その日、最終戸締り担当だった教員の澁澤真知子は、首相官邸の岩崎官房長官から”至急”扱いで学校内に不審者ないし不審物がないか捜索して欲しいという電話を受け、対応に追われていた。
「この学び舎の何処に、埋蔵金を隠すところがあるのでしょうか?」
学院内の職員室はもとより、各教室や部室、礼拝堂、理科室、保健室、家庭科室を見て回ったが、普段と同じ様子で怪しい電子サーバーや設備が置かれている事は無かった。
「後は此処だけですね……」
最新鋭のパソコンが置かれている社会科研修室の扉に手を掛けようとすると、照明が落ちている室内にもかかわらず、女性の笑い声が聴こえてきた。
「きゃははっ!守姉、違うって。機関銃はこうやって、ばばばーっと撃つのでだぞっ!」
「はわわわ……ええいっ!」
「げっ!?どこ狙っているのさっ!これじゃ同士撃ちじゃんかよっ!」
「ごめんなさい、輝ちん。当たっちゃったねっ!てへぺろっ」
何故か研修室から黄星姉妹の声がするので、真知子は声を掛けてから室内に入ろうとする。
「あなた達!こんな所で何を騒いで居るのですか!」
室内に足を踏み入れた瞬間、眩暈を覚えた真知子がそのまま意識を失って床へ倒れ込む。
「ありゃりゃ?ニンゲンの先生だぞっ!守姉!不味いのだぞっ!」
「取りあえず身体は大丈夫そうだから、意識だけ私達と一緒に持っていきましょう~」
室内に淡く光る小さな光球体が2つ浮かんでいたが、フラッシュを焚いたかのように瞬くと姿を消した。
再び静けさを取り戻した室内の片隅から、恐る恐る姿を現した光球がふよふよと、パソコンの画面に近づくと吸い込まれるように画面の中へと姿を消した。
今度こそ静かになった社会科研修室へ、永田町の岩崎官房長官から緊急指示を受けた公安と警視庁のSWAT部隊がヘリを使って10分後に突入した。
室内に荒らされた形跡は無く、突入した彼らは床に倒れていた澁澤真知子を発見、収容すると直ぐに世田谷の自衛隊中央病院へ向かった。
澁澤総理大臣は、岩崎官房長官から妻の真知子と、その教え子2人に起きた異変について、報告を受ける事になる。
♰ ♰ ♰
――――――同日午後8時【東京都千代田区外神田1丁目 自衛隊特殊電子戦闘団 訓練施設内】
自衛隊秋葉原中心部に在る訓練施設の入り口は”準備中”の札が朝からかけられたままで、施設を警備している自衛隊特殊部隊隊員の姿しか見当たらない。
訓練施設内部は照明が煌々と照らされており、広々としたプレイルームの片隅に新型シミレーション体験マシーンが据え置かれ、そこにはVRゴーグルを掛けた天草華子と名取優美子が、静かに横たわっていた。
二人の傍で自衛隊中央病院の看護師が脈拍や脳波を計測し、不測の事態に備えるべく待機していた。
「美衣子女史。何故、彼女達を出してやらないのですか!」
市ヶ谷防衛省本省から派遣されていた自衛隊化学防護部隊の指揮官が、美衣子を問い詰める。
「出せないのよ」
美衣子が端的に答えた。
「どうして、こうなったのか見当もつかないわ。
さっき病院に運ばれた真知子と同じで、彼女達自身の脳が通信回線の奥深くから戻って来ないのよ。
このまま、強制的に肉体だけをフルダイブシステムから隔離したら、植物人間が誕生してしまうけど、良いのかしら?」
美衣子が警告した。
「彼女達を救出する為に、呼びかけに応じた日本中のAI達が、一緒に参戦しているわ。無事に帰還する確率は決して低くないわ」
美衣子が、ゲーム内の戦闘が映されているモニターを祈るように眺めて言った。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【仮想空間内 米軍横田基地 第5ゲート付近】
基地正面第1ゲートでの攻防戦が激しさを増す中、反対側の入り口である第5ゲートを見渡す茂みに、華子達と日本軍軍曹が潜んでいた。
「よし、やつらの兵力の大部分が第5ゲートへ応援に回ったようだ。3つ数えたら突撃だ!」
軍曹がいつの間にか取り出した竹槍を握りしめながら、背後にいる華子と優美子へ小声で指示をする。
「……えっと」
近代兵器で武装した的に、竹槍で突撃するという愚挙を目の当たりにした優美子は、一瞬突っ込みを入れようか迷ったが、意を決して
「お、おじさん?マジでその竹槍で行くの?し、死んじゃうよ?間違いなく」
恐る恐る突っ込みを入れる優美子。
軍曹はぎろりと目を剥いて優美子を睨み付ける。
「……おじさん、だと?貴様!上官を愚弄する気か!私はまだ22だ!それと、この竹槍は桑田家に伝わる由緒ある一品なのだ。侮辱は許さんぞ!」
「「ひっ!ごめんなさい!ごめんなさい!お兄さん許してくださいっ!」」
茂みに潜みながら小声で必死に謝る優美子と華子に毒気を抜かれたのか、軍曹はわずかに表情を緩めた。
「この”突撃”が成功したら、"大學"へ戻るつもりだがな……」
ボソッと二人に呟いた。
「へ~。お兄さんは、学生さんだったのですか……ちなみにどこの大学?防衛大学?」
「防衛大?その様な学舎は知らん。私は栄えある、帝国陸軍中野学校 電探科の学生だ」
優美子が振った世間話に軍曹が軽く答えたのだが、微妙に噛み合わない不可思議な答えに華子は絶句する。
華子が戦時中(WWⅡ)からタイムスリップしてきたかのような軍曹から、更に話を聴こうと思った瞬間、茂みの奥からズシンズシンと鈍い地響きが三人に近づいてきた。
「誰か停めてーっ!誰かぁぁぁ!」
直径5m、全長25mはある巨大な丸太に、モンペを履いたおかっぱ頭の少女が、丸太に飾り付けられていた太いしめ縄にしがみ付いていた。
「「……え~っ!?」」
竹槍と旧日本軍兵士に続いて現れた、不可思議な代物に華子と優美子は突っ込みも忘れ、巨大丸太の針路を空けた。
「お願い~っ止めてよう!華子~優美子~っ」
おかっぱ頭の少女が二人の名前を呼ぶ。
「「誰っ!?」」
思わず顔を見合わせる華子と優美子。
「私だよ~私ぃ~華ちゃん~優美っち~」
鼻水混じりの泣き顔がオレだオレだと呼びかける。
「「……通報しました」」
定期的に学院で開催される地元警察署講習で”オレオレ詐欺”について学んできた華子と優美子に躊躇いはなかった。
「ぎゃ~っ!お前らっ!覚えてろよ~絶対トイレで呪ってやる~っ!」
そのまま丸太は唖然とした三人の傍を通り過ぎると、茂みから飛び出して真っ直ぐ第5ゲート正面に躍り出ると、ゲート前に展開していたブラッドレ-装甲戦闘車の隊列に正面から衝突した。
巨大丸太の勢いは凄まじく、装甲戦闘車の展開陣形を突き崩すかのようにズズズッ!と押しのけて第5ゲート守備態勢に大穴を開ける形で止まった。
おかっぱ頭の少女は、衝突の衝撃でどこかへ飛ばされたらしく、丸太の上にその姿は無い。
ゲートを守備していた歩兵部隊が慌てて丸太をどかそうと群がった瞬間、軍曹が
「突撃-っ!」
叫び声を挙げると、竹槍を腰だめに構えてゲートへ向かって真っ直ぐに駆け出した。
華子と優美子は淑女の嗜みが多少は身に付いていたため、雄たけびを挙げはしなかったが、負けじと武器を構えると軍曹の背中を追いかけるのだった。
巨大な丸太を排除しようとしていた守備隊の兵士達は、茂みから突然飛び出してきた三人に向けて自動小銃を構えようとしたが、軍曹の竹槍がそれよりも早く防弾ジャケットの上から兵士の体を貫き、小銃をはじき飛ばす。
すぐ後ろに続いていた少女達は、丸太の上によじ登ると眼下の兵士達へバルカン砲を乱射してけん制する。
腹這いの姿勢をとった優美子が、プラズマバズーカの砲弾を装甲戦闘車に命中させて爆発させた。
混乱する守備兵の中を三人は素早く走り抜けてゲート守備隊を突破した。
「はぁ……はぁ、意外と楽勝だったっしょ!」
ゲート近くにある巨大な格納庫の片隅に潜り込むと緊張が解けたかのように荒い息をつく優美子。
「そうですわね。……あの丸太が無かったら、きっとゲートを突破出来ませんでしたの……」
優美子の隣で床にへたり込む華子。
「お前ら、ちっこい身なりの割に根性据わっておるな!」
周囲を警戒しながら大いに二人を褒める軍曹。
「竹槍一つで重武装の兵隊さんに挑む軍曹殿には敵いませんわ」
華子が応える。
「この後の目標は?」
優美子が訊く。
「司令部だ。いかに巨大な基地と言えども、頭を抑えられたらひとたまりもないからな」
物陰に身を潜め、返り血に濡れた前面を華子達へ向けて振り返ることなく、懐から地図を取り出しながら答える軍曹。
華子と優美子は、戦闘の高揚感が収まらないのか、未だに身体の所々に付いた血の匂いに気がついていない。
二人が落ち着きを取り戻すまでしばらく時間がかかりそうだった。
♰ ♰ ♰
――――――【仮想空間内 米軍横田基地第1ゲート付近】
天草華子達が突撃した第5ゲート反対側に位置する正面ゲートでは、美衣子の呼び掛けに応えた日本中のAI達が、其々の得物を手に守備隊へ突撃をしていた。
「ケンさん!次はあちらの銃座を」
パナ子がゲート守備隊を火力支援する機銃陣地を指さす。
「了解!パナ子さん」
ケンが大きなスコープのついた大型対戦車ライフルを構えて照準を定める。
「ふっ!」
ケンが引き金を引くと対戦車ライフルが火を噴いて、ゲート脇の機銃陣地に強力な銃弾が放たれた。
一瞬の後、機銃陣地が巨大な爆炎に包まれる。
「今じゃ!者共かかれーっ!」
国立民族学博物館の古参AIが、戦国武将の鎧装束で騎馬に乗ってゲートへ突進する。
彼に続いた多くのAIも、各々の得意分野である算盤や注射針、ハンドル片手に雄たけびを挙げながらゲートを押し通ろうと殺到する。
その光景を双眼鏡で注意深く視ながら、ケンがパナ子に確認する。
「本当に、此の攻撃部隊の中に美衣子様の関係者が居るのかい?」
「ええ。小学6年生の女の子2人と、女性教師1名で間違いないわ」
パナ子が答えた。
「この出来事って、例の"エイリアンコンピュータ"が仕掛けたのかなぁ?」
「分からないわ。この戦いはもともと、人類側が準備に時間をかけた後に始まる筈だったから……」
ケンに答えるパナ子。
「奴らの戦力は強大だ。仮想空間の中とは言え、やられたら無傷じゃ済まないな」
「ええ、最低でもPTSDになるわね」
「急いで此の基地を攻略して、彼女達を探し出さないと!」
起き上がって対戦車ライフルを肩に担いだケンは、パナ子と共に仲間が破壊して押し通ったゲートを走り抜けると基地内に進入した味方の援護を続けるのだった。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【仮想空間内 東京都福生市付近のJR八高線車内 】
「先生~いい加減に起きてくださいですぅ~」
久し振りに通勤電車で眠りこけていた真知子は、隣に座る同僚に身体を揺すられて目を覚ました。
「……あれ?」
「あれじゃないですよ~先生?もうすぐ”突き”ますよ?」
自分が指導していた教育実習生の黄星守美が真知子の顔を覗き込むように呆れた表情で見つめていた。
「それにしても、久し振りの通勤電車でしたが……って、通勤電車!?」
何か大切な事を思い出そうとしている自分に戸惑う真知子。
「いつまでも寝ぼけていないでくださいよぅ。本当にもうすぐ”突く”のですから~」
「つく?突く?何を言っているのですか、貴女は……」
守美に突っ込みを入れる前に電車が大きく揺れ、座席から投げ出されそうになる真知子。
ガタンゴトンと車両が激しく振動しだすと、二人は座席脇の手すりに捉まって揺れに耐えるが振動は激しさを増していく。
「先生~。ほら”突きます”よっ!」
次の瞬間、米軍横田基地に隣接した線路を走っていた車両が、脱線してフェンスをなぎ倒しながら基地内に突入した。
♰ ♰ ♰
――――――【同仮想空間内 米軍横田基地司令部】
フェンス沿いに設置された監視カメラ映像が、誰も居ない司令部で唯一灯るメインスクリーンに投影されていた。
横倒しになった八高線が、脱線の勢いでフェンスを突き破って基地内深くへ突入し、滑走路沿いにある格納庫の一つに激突して止まっていた。
「まったく……今日は来客が多い日だぞ!っと」
面倒臭そうに、それでいてどこか楽しそうな口調で黄星 舞が呟く。
「追手の妹達と、迷い込んだ人間に、得体のしれない沢山の魂達……人間の電子世界は面白いのだぞ!っと」
黄星舞の口許がニヤリと歪んだ。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 美衣子=マルス文明日本列島生命環境保護人工知能。大月家三姉妹の姉的ポジション。
*イラストは、里音様です。
・天草 華子=瑠奈のクラスメイト。神聖女子学院初等部6年生。父親はJAXA理事長の天草士郎。
*イラストは、らてぃ様です。
・名取 優美子=瑠奈のクラスメイト。神聖女子学院初等部6年生。父親は航空・宙自衛隊 強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長の名取大佐。
*イラストは、らてぃ様です。
・澁澤 真知子=瑠奈のクラス担任。神聖女子学院教員。夫は澁澤太郎内閣総理大臣。
*イラストは、らてぃ様です。
・ケン=公益財団法人 理化学研究所(理研)人工知能。美衣子達三姉妹がセッティングしたお見合いでパナ子とゴールインした。天体観測を生かした遠距離射撃が得意。
*イラストは、しっぽ様です。
・パナ子=民間企業 パナソニック総合研究所人工知能。美衣子達三姉妹がセッティングしたお見合いでケンとゴールインした。多数の目標識別解析が得意。
*イラストは、らてぃ様です。
・黄星 守美=突如火星日本列島に出現した”介入者”。神聖女子学院に教育実習生として派遣された。輝美の姉的ポジション。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 輝美=突如火星日本列島に出現した”介入者”。神聖女子学院初等部6年生に転入。華子、優美子、瑠奈のクラスメイト。守美の妹的ポジション。
*イラストは、しっぽ様です。
・黄星 舞=突如火星日本列島に出現した”介入者”。黄星姉妹の姉的ポジション。逃亡者。
*イラストは、らてぃ様です。




