豪州防衛戦【後編】
2026年(令和8年)1月21日午後4時【オーストラリア大陸中央部 ノーザン・テリトリー地球連合防衛軍基地 防衛陣地指揮所】
朝から始まったサイボーグワームを始めとするサイボーグ・ワーム群との激戦は人類側の辛勝だったが、防衛陣地の隊員は疲労困憊し、指揮所は部隊の再編成や補給手配に追われていたが、再び非常事態を知らせるサイレンが基地全域に鳴り響く。
「ダーウィン前線司令部より緊急!インド洋ディエゴガルシア方面から高速飛行物体が接近中。数50!」
塹壕陣地の指揮所でレーダーを担当する隊員が報告する。
「IFF(敵味方識別信号)は?」
「ありません!敵です!」
「オセアニア生存圏全域に、空襲警報発令!直ちに迎撃部隊を編成して出撃だ!」
間髪入れずに指示するジョーンズ中将。
オーストラリア大陸東海岸部ニューシドニー、南部アデレードの人類生存地域では警報サイレンが鳴り響いて人々が核シェルターへ避難した。
ノーザン・テリトリー基地からは、瑠奈が乗る『マロングラッセ』、ジョーンズ中将が搭乗した空中戦艦『マンスフィールド』、僚艦『キャロライン・ケネディ』『ジョセフ・M・ヤング』が出撃して西から迫る脅威を迎撃しようとしていた。
♰ ♰ ♰
――――――【オーストラリア大陸中央部上空 空中戦艦『マンスフィールド』CIC(戦闘管制室)】
「敵の発進地は判明したか?」
「推定出撃地域はインド洋西部、ディエゴガルシア島」
ジョーンズ中将に訊かれた情報将校が報告する。
「やはりあそこの特務部隊か……」
ジョーンズ中将が呟く。
『あれっ?それって、おじさんとこの友軍じゃないっスか!』
相互通信回線から瑠奈の驚いた声が響く。
「大変動以前はインド太平洋軍の指揮下だったが、駐留部隊が大津波で全滅した後、本国からCIA直轄部隊が地下核施設の管理を行った筈だ。それほど大規模な部隊では無かったのだが……」
『多分、おじさんの知らない区画に沢山隠し物があったんっスよ!』
「……有りうる。あそこはDARPA(国防高等研究計画)に基づく極秘兵器研究拠点だからな。私でさえ立ち入れない区画は確かに有った」
『多分、其処はマッカーサーっちの秘密基地だったんじゃないっスかね?』
「全く!あちらこちらと忌々しい施設ばかり造りおって、小役人が!」
怒りに肩を震わせるジョーンズ中将。
「先行している『キャロライン・ケネディ』から入電!飛行物体をレーダーが補足。距離2万、高度3万、速度マッハ5、数70!」
「IFF識別信号判定、ユニオンシティ防衛軍戦略空軍所属、B2ステルス爆撃機!」
「奴ら空軍まで乗っ取ったのか!?」
「あのIFFコードは、どの部隊も使っていない未知のコードですよ!」
『敵ならばさっさと迎撃するっス!出来るだけ遠くで迎撃して時間を稼ぐっス!
電磁シールド展開!プラズマブラスターキャノン撃つッス!』
瑠奈がさっさと判断して、マロングラッセを緑色のレーザーシールドで包み込むと、プラズマブラスターキャノンやレールガンを次々と爆撃機へ発射していく。
暗闇に包まれたオーストラリア大陸の荒野上空を、バリバリと雷音を轟かせた蒼白い稲妻が幾筋も西へ伸びていく。
「くっ!瑠奈嬢だけに格好はつけさせんぞ!我々も迎撃する!改フェニックスミサイル発射!対空レーザーは近接戦まで取っておけ!」
『マロングラッセ』左右に展開するマンスフィールド級空中戦艦から、50発を超える迎撃ミサイルが発射された。
ディエゴガルシア基地から飛来したシャドウ・マルス指揮下のB2爆撃機編隊は、巡航ミサイルを発射する前に瑠奈が発射したプラズマ砲の直撃を受けて編隊誘導機と隊長機が撃墜され、混乱したところを、改フェニックスミサイルの大量攻撃で半数が撃墜された。
撃墜された隊長機から指揮を引き継いだシャドウ・マルス尖兵の爬虫類副隊長は、頭蓋に埋め込まれたAIチップの指示を受け、攻撃の継続を決断した。
爬虫類副隊長は生き残りの爆撃機を集めると針路を北へ変え、ベトナムのカムラン湾上空で中性子爆弾を装備した20基の巡航ミサイルを発射して帰投した。
エリア51のDARPA研究所で開発されたトマホーク改は、マッハ7の極超音速まで加速すると、ダーウイン前線基地やアデレード海軍基地へ向けて飛んでいった。
「敵編隊からミサイル飛来!数20、マッハ7。ノーザンテリトリー基地、アデレード海軍基地へ向けて飛行中!」
「将軍!」
「ミス瑠奈!我々はノーザンテリトリーを護る。アデレードへ向かう奴を撃ち落としてくれんかね?」
『承りっス!』
「全艦対空戦闘用意!レーザーファランクス、SM6で迎撃しろ!」
ジョーンズ中将が迎撃態勢を指示する。
『ワイズマン中佐!針路南へ転針最大戦速っス!
電磁シールド最大出力!中性子ビームファランクス連射っス!』
鈍色をしたマロングラッセの細長い船体が、緑色に輝く光の膜に包まれると急加速して南下していく。
「お嬢!ミサイルを撃ち落とす前に、俺達が加速でダウンしてしまうぞ!」
急加速でシートに縫い付けられたワイズマン中佐が身動き出来ずに悲鳴を上げる。
「今は迎撃第一っス!我慢っス!美味っス!」
平気な顔で艦長席備え付け冷蔵庫から出したプリンを頬張る瑠奈。
オーストラリア南部アデレード港上空に到着した『マロングラッセ』は、矢の様な速さで殺到する巡航ミサイルを電光石火の如くプラズマ砲の連射で全て撃破した。
ノーザンテリトリー基地もジョーンズ中将指揮下の『マンスフィールド』『キャロライン・ケネディ』の2隻が近接対空レーザーを全力斉射してミサイルの迎撃に成功するのだった。
オセアニア防衛線は、人類側が守り切った。
ホッとした顔でノーザンテリトリー基地へ帰投した瑠奈達が、宿舎でプリンのおかわりを堪能していた所にジョーンズからプライベート通信が入る。
「もすもす、瑠奈っス!」
『私だ』
「オレオレ詐欺は良いっスよ!切るっスよ!」
『待てっ!瑠奈嬢!緊急なんだ!』
「ノリが悪いっスね?」
『そんな場合でない!イングランド島が核攻撃を受け……被害が甚大との報告が入った……』
瑠奈に伝えたジョーンズ自身も動揺している様だった。
「マジっスか!?」
思わずプリンを容器ごと飲み込んでしまい顔を顰める瑠奈。
「……んがんん。不味いっス。これは、いよいよ結姉さまに月面研究室を再起動して欲しいところっスよ」
火山灰でいつもより鮮やかに染まる夕暮れを見上げて呟く瑠奈だった。
♰ ♰ ♰
――――――同日夜【月面都市ユニオンシティ 行政府庁舎】
「……やはり駄目ね。此処の通信機器は全て”シャドウ”の息がかかっているから、暗号送信しても、たちどころに解読されてしまうわね」
「月面都市の回線をシャットダウンするしかありませんね。外部から孤立してしまいますね……」
結と東山が腕を組んで考え込んでいた。
「結さん。この期に及んでは、研究室の再開しかないのでは?」
東山が提案する。
「つまり?」
「マルス文明のPエネルギー通信システムならば、シャドウの通信傍受から多少は逃れる事が出来るのでは?」
結に訊かれた東山が指摘する。
「……そうね。……ムムム。ついでに、ニュートリノ・ビームの封印も解こうかしら」
思案しながらぼそりと呟く結。
地球ユーラシア大陸から不穏な気配を感じた結は、本能的勘に従って行動を変更するのだった。
宇宙ターミナルに停泊していた多目的護衛艦『そうりゅう』クルーがオーストラリア大陸ノーザン・テリトリー基地から、イングランド壊滅によるブリテン島全軍撤退報告を受信したのは、結がニュートリノ・ビーム研究室の封印を解除した1時間後の事だった。




