豪州防衛戦【前編】
2026年(令和8年)1月21日【オーストラリア大陸中央部 バークリー台地 地球連合防衛軍 防御陣地】
「カルバートヒルズレーダー基地から緊急!インドネシア諸島東ティモール海上から、巨大ワーム5万!東部ダーウイン防衛ラインを迂回して、北部ヨーク岬半島手前の海岸に上陸して侵攻中!」
塹壕陣地の指揮所に詰めている通信オペレーターが、双眼鏡で前線を観察していたジョーンズ中将に報告する。
「まさか!東に厚くした防衛部隊配置の裏をかかれたのか!?」
動揺するジョーンズ中将。
「違うっス!北からの侵入は陽動っス!
おそらく本隊は、東のディエゴガルシアから直接キンバリー砂漠を横断して、テナント・クリークを経由して此方の背後を攻めるつもりっス!」
格納庫の片隅でタブレット端末から情報を収集した瑠奈が塹壕陣地に駆け付けてジョーンズ中将に報告する。
「ニューカスル早期警戒システムが敵影探知!巨大ワーム10万!キンバリー砂漠を此方へ向かって侵攻中!」
タブレット端末に送信されたレーダー画面を視た隊員がジョーンズ中将に報告する。
「ねっ?」
フンスとどや顔で胸を張る瑠奈。
「ほれ、お嬢!威張ってないで、此方からお出迎えに行くぞ!」
格納庫から追いかけてきたワイズマン中佐が瑠奈の首根っこを掴まえて戦闘艦『マロングラッセ』に連れて行く。
「孤立しているというのに、どうしてあそこまで落ち着いていられるのでしょうか?」
通信オペレーター隊員が、不思議そうに首を傾げる。
「我々よりも余程激戦の場数が多いのだろう。人類誕生前から生きて来た彼女だからこそ持てる余裕かも知れんな」
真面目な顔で隊員に答えるジョーンズ中将。
肩を竦めるた通信オペレーターが、瑠奈と繋がった通信をスピーカーモードに切り替える。
『マロングラッセ出撃準備完了!先に砂漠から来る方をやっつけるっスか?』
「そうだ!『マロングラッセ』とマンスフィールド級空中戦艦は、テナント・クリーク防衛線上空でキンバリー砂漠から来るミミズ共にたんまりミサイルを振るまってくれ!」
瑠奈に問われたジョーンズが攻撃目標を各部隊に指示していく。
『承りっス!ジョーンズおじさん、例のペットを試しても良いっスかね?』
「”アレ”か!?本当に”アレ”を使うのか?どうにも虫は好きになれんのだが……」
瑠奈の提案に腰が引けているジョーンズ。
『ノンノン!好き嫌いはご飯の時だけで充分っス!瑠奈の可愛いペットは、可愛くワームを頂くっス!だからお願いっス!』
両手を合わせた瑠奈が、目を潤ませてジョーンズ中将におねだりする。
「……はぁ。”ネタ”の取り扱いは慎重にな?」
観念したジョーンズ中将がため息をついて許可する。
『あざっス!』
瑠奈が元気よく敬礼して通信が終了する。
おそらく瑠奈は”やらかす”だろうが、丹精込めて育て上げたマルス蛭は瑠奈の方で遠隔操作可能な為、同士討ちは無いだろうと予想するジョーンズ中将だった。
「……でも虫はなぁ。慣れぬ……」
ノーザンテリトリー基地からフワリと浮き上がってキンバリー砂漠へ向かう戦闘艦『マロングラッセ』を見送りながら、やはり虫を好きになれないと思うジョーンズ中将だった。
♰ ♰ ♰
――――――【オーストラリア大陸キンバリー砂漠上空 マルス・アカデミー・戦闘艦『マロングラッセ』】
「巨大ワーム群上空に着いたぞ、お嬢!」
制御卓のモニターを操作しながらワイズマン中佐が艦長席の瑠奈に報告する。
『マロングラッセ』直下の砂漠は、見渡す限り西へ突き進むサイボーグ・ワーム群で埋めつくされていた。
砂漠を埋め尽くす勢いで進むサイボーグ・ワーム群は、ノーザンテリトリー基地前に築かれた防衛陣地からも確認できるようになっていた。
薄曇りの太陽に照らされてギラギラと禍々しく輝くサイボーグ群を目の当たりにした兵士達が動揺する。
「……マジかよ。あれ全部がシャドウ・マルスの先兵と言われるサイボーグ・ワームかよ」
「あんな数とどうやって戦えば勝てるんだよ……」
接近するサイボーグ・ワーム群にミサイルの照準を合わせる兵士達の誰もが、迫りくる死を覚悟していた。
――――――【キンバリー砂漠上空『マロングラッセ』】
「不味いですお嬢。防衛陣地の奴ら完全にビビってやがる。あれじゃ使い物にならんぞ」
防衛陣地の戦闘態勢を確認していたワイズマン中佐が瑠奈に報告する。
「それは不味いッス!さっさと作戦開始っス!”マルス蛭”投下ッス!」
ワイズマン中佐の報告を聞いた瑠奈が艦長席にある緑ボタンをポチッと押す。
『マロングラッセ』舷側が開くと、10個の大型貨物コンテナがパラシュートを付けて投下されていく。
5m四方の大型貨物コンテナ内部には、体長3mにまで成長した"マルス蛭"が収納されている。
ヘラス大陸で放し飼いにしていた火星蛭の一部を瑠奈がマルス・アンドロイド・ツルハシ13号に命じて回収、ワーム捕食生態をあらためて研究し対ワーム用”決戦蛭”として飼育していた。
パラシュートを付けた貨物コンテナがゆっくりと蒸し暑い砂漠に着地すると、コンテナ蓋が自動的に解放され、中から元気よくマルス蛭が飛び出す。
マルス蛭は元気に飛び跳ねると真っすぐにサイボーグ・ワーム群へ嬉々として飛び込んで行く。
サイボーグ・ワームに取りついマルス蛭は、貪るように硬いワーム殻を特殊な溶解液で喰い破ってワーム体内へ侵入、内臓器官を食い荒らし回ると反対側の殻を喰い破って外へ飛び出すと、直ぐに次の獲物へ飛びかかる。
「おおっ!みんな活きが良いっス!ピチピチっス!」
火星蛭追跡モニターを視る瑠奈が歓喜する。
「うっわー。えげつないわー……」
同じモニターを視るワイズマン中佐がスプラッタ満点の映像に唖然とする。しばらくはどんなに豪華料理であってもエスカルゴ料理だけは辞退しようと固く決意するワイズマン中佐だった。
――――――【ノーザンテリトリー基地 防衛陣地指揮所】
「キンバリー砂漠に侵攻したサイボーグ・ワーム群は防衛線手前でマルス蛭の襲撃を受け混乱している模様。映像をご覧になりますか?」
作戦将校が手元のタブレット端末に転送されて来た映像をジョーンズ中将に見せようと声を掛ける。
「……いや。映像は遠慮しておこう。……結果など見なくてもわかる。……瑠奈嬢の勝利だろう?」
呻くように断るジョーンズ中将。
虫嫌いに拍車のかかったジョーンズ中将だが、防衛線に迫っていたサイボーグ・ワーム群の勢いが止まった瞬間を彼は見逃がさなかった。
「よし!今だ!ありったけの武器を奴らへ叩き込め!」
前線の状況を見極めたジョーンズ中将が命令する。
ジョーンズ中将の命令を受けたキンバリー砂漠防衛部隊に配置されていた歩兵のロケット弾、WB21空中戦闘砲台から対戦車ミサイル、多目的ミサイル、155mm榴弾砲が一斉に火を吹いてサイボーグ・ワーム群に砲弾とミサイルを叩き込んでいく。
――――――防衛部隊の反撃開始から2時間後。
「サイボーグ・ワーム群の50%を破壊!」
「ここで止めを刺す。EMPボムを使用する!防衛線に展開する全部隊は陣地から2Km後退の後、対EMPシステムを起動せよ!」
「……これで終いだ。EMPボム発射!」
ジョーンズ中将が命令する。
防御陣地上空で待機していたマンスフィールド級空中戦艦のハッチから、小規模な電磁パルスを生み出す弾頭を載せたミサイルがVLS(垂直発射筒)から飛び出すと、防衛線に肉薄していたサイボーグ・ワーム群後方上空で炸裂した。
爆発した弾頭から密度の高い核分裂が発生し、大量の中性子と電磁波が周囲2キロに渡って全ての物質を貫いていく。
サイボーグ・ワームはその場で強烈な電磁波を全身に浴びると、体内にある人工知能と人工心臓がショートして焼け焦げ、口から煙を吐き出してバタバタと倒れていく。
「サイボーグ・ワーム殲滅に成功!」「やったぞ!」
一度はサイボーグ・ワームに蹂躙される死を覚悟していた兵士達が歓声を上げる。
生き残った実感を噛み締めた防衛部隊兵士達が肩の力を抜いて塹壕から出ようとした瞬間、防衛陣地全体に非常事態を知らせるサイレンが鳴り響く。
「ダーウイン観測基地から至急!国籍不明の爆撃機編隊が接近!数50、速度マッハ5!」
蒼ざめた顔で報告する通信オペレーター。
「IFF(敵味方識別信号)は?」
「……該当ありません」
ジョーンズ中将に答える情報将校。
「なんでだよ……敵は殲滅したんじゃないのか!?」「シャドウ・マルスはこんな沢山の戦力を持っているのか!?」
浮足立つ防衛部隊の兵士達。
「気を緩めるな!まだ戦いは始まったばかりだぞ!」
動揺する防衛部隊を叱咤するジョーンズ中将だった。




