真世界大戦勃発
2026年(令和8年)1月6日午前3時【火星衛星軌道上 ユニオンシティ軍レーダー偵察衛星KH-M2】
アメリカ宇宙軍が保有するコードネーム『KH(キーホール=鍵穴)』偵察衛星は、地球ユーラシア大陸で中露軍の核ミサイル基地監視が目的だったが、大変動による米国崩壊後、アンゴルモア艦隊遠征時に火星衛星軌道まで運ばれ、今は南半球ヘラス大陸中央部やシレーヌス海溝の底深くに潜む巨大ワームの早期発見を目的としている。
その日、KH-M2は月面都市ユニオンシティ経由でエリア51から届いた最優先コードを受信して規定針路を変更すると、アルテミュア大陸沿岸『人類都市ボレアリフ』直上で静止した。
KH-M2偵察衛星は、アンテナを真下に向けると原子炉を最大出力で稼働させ、レーダー波ではない電磁波の一種であるリリー波を地上へ向けて照射した。
ボレアリフ市民は、突如上空から降り注いだ電磁波になす術も無く脳髄を揺さぶられて脳神経が麻痺、外部からのフラッツシュ映像を思考中枢に強制挿入され、次々とヒトの形を失って物言わぬ液体になっていった。
日本国と英国連邦極東のボレアリフ総領事館の外交官達だけは、事前に美衣子が用意した電磁波対抗誘導装置と特殊加工された防護服により、辛くも難を逃れた。
火星人類都市ボレアリフ市民50万人の大半が、この電磁波攻撃で溶解した。
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―――――同日午前6時【東京都内 某所 地下大深度避難施設】
都内地下鉄支線のとある場所、地下50mを超える深さに日本国政府要人達が一時的に緊急避難出来る施設が存在した。
火星転移以降、東京都内に直接的な脅威が起こらなかった事と、国民よりも先に避難する事を嫌う澁澤総理大臣の意向によりこの施設は永らく使用される事が無かった。
今、この施設の他都内数か所に分散にした大規模地下避難施設には、不測の事態による日本国政府消滅リスクを回避すべく、内閣閣僚が予め規定された人数に振り分けられて収容されていた。
シャドウを率いるマッカーサー三世ことダグリウスが、地球のみならず月面や火星にまで電磁波攻撃を仕掛けた事に日本国政府官僚は恐怖し、ユニオンシティ消滅直後この施設の使用を開始した。
其のうちの一つに移動した澁澤総理大臣が、NHK地下放送局も兼ねる会見場で日本国民に向けた緊急声明を生放送で読み上げていた。
『4年前、我が国が火星に転移した直後、私達は食糧・燃料が不足し、且つ、過酷な宇宙環境でいつ滅亡してもおかしくない危機の只中にありました。
この危機に際し、国民の皆様は堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで立ち向かった結果、今日の我が国はこの赤い大地を持つ火星で生き延びる事が出来ました。
私達は劇的な変化を遂げた火星環境の中、マルス・アカデミーとのコンタクトという有史以来稀に見る幸運な出逢いを切っ掛けに、新たな発展を遂げつつあります。
我が国及び列島各国の人類は、母なる星である地球再生に直接関わるまでになったのです。
しかしながら本日私は、我が国も含めた地球人類が『真の脅威』に直面した事を報告しなくてはなりません。
昨日未明から我が国は地球北米大陸に潜んでいた『シャドウ・マルス』と呼ばれる地球外知的生命体から、大規模なサイバー攻撃を受けております。
ほぼ同時刻、地球各地で『シャドウ・マルス』に操られた凶悪な火星原住生物が南太平洋海上都市や、欧州から中東地域の人類生存地区を襲撃しているとの事です。
現在、南太平洋海上都市は潰滅、火星アルテミュア大陸東海岸『人類都市ボレアリフ』。月面都市『ユニオンシティ』全域と一切の連絡が途絶え、欧州、オセアニア、中東地域においては、巨大ワームを始めとする火星原住生物の侵攻が確認されております。
防衛省とJAXAからの第1報によりますと、地球北米大陸から人類の肉体に深刻な影響を及ぼす強力な電磁波=マイクロ波が月面全域と火星人類都市ボレアリフに照射された模様です。
現在わが国の国土は、マルス・アカデミー技術を応用した特殊な電磁波遮断シールドを各地に展開し、電磁波攻撃から国民の皆様をお守りしております。
したがって、国民の皆さまにおかれましては、冷静な行動をお願いするものであります』
澁澤はここで言葉を切って、国民に自身の言葉を受け取り事が出来るように間を空けると、無言でテレビカメラを見つめた。
澁澤の緊急会見は全てのチャンネルで日本列島内外に放送されていた。
『マルス・アカデミーからの情報によりますと”シャドウ・マルス”なる存在は、地球に生命が誕生する以前からマルス・アカデミーと対立し、地球創生期より幾度も生物の進化や人類の歴史に有害な介入を繰り返し、現在も北米地域に潜伏していると思われます。
”シャドウ・マルス”の目的は、地球生物全てを実験体として隷属させる事にあります。
過去、彼らの意に沿わなかった古代文明は、当時の人類を遥かに超える科学技術によって根絶やしにされてきました。
そして今、私達人類は意に沿わぬ存在としてシャドウ・マルスの攻撃を受け、滅亡の淵に立たされております。
これは、我々地球人類に対する明確な『侵略』以外の何物でも有りません!
私は日本国総理大臣として、日本国憲法前文で謳われる、”恒久平和と平和のうちに生存する権利”をこの手で護る為、国民の皆様と火星日本列島各国及び、地球上で生き残った各国に地球防衛を担う連合防衛条約機構の創設を提案いたします!』
「これで正真正銘”地球防衛軍”の誕生だ。……まるでSF映画を見ている様だ」
新宿区市ヶ谷の防衛省地下深くに在る総合司令センターで、澁澤総理大臣の中継映像を見ていた桑田防衛大臣が呟く。
「大規模な部隊が地球へ派遣されるのでしょうね」
司令席の隣に座る石原准将が尋ねる。
「……そうなるだろうな。だが、大規模と言っても、地上で受け入れ態勢が整わない以上は無理だ。
最初は独立旅団規模で、英国連邦極東軍やユーロピア共和国軍、イスラエル連邦軍との多国籍部隊だろう」
桑田が頭の中で動員計画の見積もりを立てながら応えた。
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――――――【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス】
美衣子と結の忠告でNEWイワフネハウス地下5階に避難していたミツル商事の面々も、澁澤首相の声明を聴いていた。
「遂に自衛隊が大規模に地球へ派遣……」
満は瑠奈の心配もさることながら、日本国が火星転移前にも増して本格的に世界と関わる事に漠然とした不安を抱いていた。
「貴方……私達は出来る事を出来るだけやる、のではなかったのですか?」
ひかりが満の右腕を優しく両腕で抱きかかえ、彼女の暖かな体温が満の心を落ち着かせてゆく。
「……そうだな。それしかないんだよな」
満は、そっとひかりの腰を抱き寄せながら、ミツル商事の取るべき道に想いを馳せるのだった。
♰ ♰ ♰
澁澤が地球人類世界に呼びかけた『地球連合防衛軍(UNEDF)』創設は、日本国をはじめとする列島各国とイスラエル連邦、スイス連邦議会において速やかに審議され可決された。
地球へ派遣されていた瑠奈から通信が途絶する直前に送られ来た、マリーン・シティにおける凄惨な防衛戦の一部始終がノーカットでお茶の間に流れると、日本国内世論はかつて北海道稚内を襲った巨大ワームの悲惨さを思い出して震撼した後、怒りに沸騰した。
国会は明治新政府発足以来、憲政史上前代未聞の”24時間審議”をNHK生中継のもと5日間行い、衆参両院は満場一致で地球連合防衛条約法案を可決した。
令和8年1月26日、澁澤内閣は地球連合防衛条約への批准と、陸上・航空・宇宙自衛隊からなる地球派遣群の編成と派遣を正式決定した。
人類は種の存亡を賭け、シャドウ・マルスに抵抗を始めようとしていた。




