マリーンシティ壊滅
2026年(令和8年)1月5日午前4時【南太平洋オーストラリア北部近海 ユニオンシティ『マリーン・シティ』】
サイボーグ・ワームの群が、濁流の様に次々とメガフロート上の海上都市へ押し寄せて構造物に衝突し、マリーン・シティは絶えず地震の様に揺れて人々の足元を揺らすため駐留部隊は苦戦を強いられていた。
「サイボーグ・ワームの一部がマリーン・シティ外縁部に上陸。守備隊と交戦中!」
『こちらD-17発電プラント防衛陣地!重機関銃では奴らに対抗出来ない!こいつ等、硬すぎるぞっ!』
「ジャベリン(対戦車ミサイルの名称)を使え!」
『数が足りん!何だ?ぐわっ――――――』
突如、雑音と共に無線が途切れる。
発電プラントの方角から爆炎が上がり、無線送電塔や風力発電のプロペラ塔が倒壊していく。
「D-17陣地沈黙!マリーン・シティ電力供給システム稼働率低下。司令、これは一体?」
「奴ら、電力を喰っているのだ……巨大な発電設備はサイボーグ・ワームにとって、ご馳走の山に見えるのだろう」
呻くように呟くジョーンズ中将。
『こちら「キャロライン・ケネディ」!上空から目視で敵の侵攻を確認した。虫けら共はインドネシア東ティモール方面から押し寄せている!
サイボーグ・ワームの群れの中には、イルカやシャチ、クジラまで確認出来るぞ!入り乱れている為、個体判別は不可能!』
瑠奈の『マロングラッセ』と共に上空へ退避していたマンスフィールド級空中戦艦が、次々とマリーン・シティへ迫るサイボーグ・ワーム群と潮を噴き上げるクジラやイルカを発見する。
「司令。まさか知能あるクジラやイルカまで一緒に攻撃するのですか!?」
大変動前はグリーンピース幹部だった情報将校がジョーンズ中将に尋ねる。
「当たり前だ!こんな所で、環境保護だの種の保存等に構っていられるものか!
私達の方が絶滅危惧種になっているのだぞ!」
ジョーンズ中将が叫ぶ。
「ミツル商事戦闘団から入電!」
『ジョーンズおじさん!もう無理ッス!食い止められないッス!弾薬やエネルギーが流石に足りないッス!撤退するしかないッス!』
瑠奈から叫ぶような通信が入ってきた。
「瑠奈嬢!此奴ら纏めて何とか出来んのかね!」
『相打ち覚悟なら、中性子爆弾が効果的ッスけど……』
「EMP(電磁パルス)攻撃はどうかね?」
『マリーン・シティの機能まで全部ダメになるッスよ!?サイボーグ・ワームには効果的っスけど、本物のワームには効かないから微妙ッス!』
ジョーンズの案に否定的な瑠奈。
「構わん。なす術も無く此処で全滅するのは性に合わんのだ!部下達だけでも、可能な限り空中戦艦に載せてくれんか?」
『ラジャッス!おじさんも早くマロングラッセに乗ってくださいね?瑠奈達だと、避難民誘導まで手が回らないッス!』
「了解した。直ぐに兵士達を連れて其方へ向かおう。マロングラッセの高度を下げてくれ。EMP攻撃までどれくらいかかる?」
『うーん、5分で良いッスか!?』
ジョーンズが命令しようとした時、マリーン・シティ防衛艦隊から通信が入る。
『こちら防衛艦隊潜水艦「ルイビル」!これより、全力ミサイル攻撃を開始する!
瑠奈嬢。虫けら共は我々が蹴散らしておくので、その隙に中将閣下と合流されたし!』
メガフロート脇の海面から、多数の対艦ミサイルが海面を飛び出すと、直ぐにマリーン・シティ外縁部まで押し寄せていた各種ワーム群に命中して噴き飛ばしていく。
「こちらジョーンズ!防衛艦隊の奮戦に心から感謝する!」
無線周波数を潜水艦専用に切り替え、殿を買って出た『ルイビル』へ呼び掛けるジョーンズ。
「……サザーランド。だが貴様は戻ったら説教だ!覚悟しておれ!」
ジョーンズの視界が、熱い目頭から滲み出る何かで揺らぐ。
15分後、一時的に着陸した『マロングラッセ』とマンスフィールド級空中戦艦2隻は、収容人数を大幅に超えるマリーン・シティ防衛軍兵士や研究者達を収容すると全速力で離脱してオーストラリア大陸へ向かうのだった。
♰ ♰ ♰
【ユニオンシティ防衛軍原子力潜水艦『ルイビル』】
潜望鏡に備え付けられた高感度カメラが急速に遠ざかっていく『マロングラッセ』とマンスフィールド級空中戦艦を発令所のメインモニターに映し出していた。
「大佐。マリーン・シティの人員は全員空中戦艦に乗り込みました。あれで良かったのでありますか?」
モニター画面を視る副長が、艦長のサザーランド大佐に訊く。
「構わん。鬼教官の説教はご免だしな!私の様な副官の代わりなど幾らでも居る。中将閣下はユニオンシティの未来に必要なお方だ。
此処で我らが踏ん張らねば、大変動で無為に散った戦友達に申し訳が立たん。副長達には、付き合わせて済まないと思っているが……」
副長に頭を僅かに下げるサザーランド大佐。
「こんな事になるだろうと本艦のマリーン・シティ防衛艦隊転属時に、若い衆は新設の空中艦隊へ異動させてありまさぁ。……此処に残っているのは全員、盛りを過ぎたロートルばかりでさぁ!」
副長がニタリと笑う。
胸が詰まったサザーランドは『こちら艦長。全ての乗組員に感謝する!』と短く礼を述べるのだった。
『……最後の突撃だ。全艦武器使用自由!可能な限り、虫けら共に全部ぶちかませ!』
サザーランドが全兵装の使用命令する。
急速にスピードを上げた『ルイビル』が、マリーン・シティを蹂躙しようと迫るサイボーグ・ワームの群れへ突入していく。
潜水艦『ルイビル』は、搭載した全てのハープーン対艦ミサイルとトマホークミサイル、MK-48魚雷を撃ち尽くした後、急速潜行して戦場からの離脱を図ったが、サイボーグ・ワームが船体に絡みついた状態で押し潰されそうになる寸前、サザーランドが核爆雷を起爆させて周囲2キロのサイボーグ・ワーム群ごと自爆して消滅した。
『ルイビル』以外に生き残っていた防衛艦隊の艦船も、迫りくるサイボーグ・ワーム群へ向け各種ミサイルや砲弾、魚雷、爆雷、バルカン砲を片端から発射して叩きつけていく。
やがて弾薬の尽きた各艦はサイボーグ・ワーム群目がけ特攻し、ルイビルの様に機関部に格納していた核爆雷を起爆させ、次々とサイボーグ・ワーム群を巻き込んで消滅していった。
オーストラリア大陸中央部砂漠地帯に位置するノーザン・テリトリー空軍基地でマリーン・シティ防衛軍兵士を降ろした後、瑠奈とジョーンズ中将は大急ぎでマリーン・シティへ戻ったが、其処に友軍の艦船は1隻も見当たらず、サイボーグ・ワームと不気味で見慣れないサソリモドキの群れにマリーン・シティが覆われていた。
『マロングラッセ』ブリッジでジョーンズ中将と瑠奈は、マリーン・シティへ向けて生命活動有無を調べるセンサーを稼働させていた。
「センサー走査完了。……ジョーンズおじさん。あそこに生命反応は無いッス……」
制御卓の機器を操作しながら、小さい声で瑠奈が報告する。
「……そうか。間に合わなかったか……」
嘆息するジョーンズ中将。
「……致し方ない。自爆シークエンスに移行する」
ジョーンズ中将がマリーン・シティ機関室中枢に設置されていた自爆装置のスイッチを入れる。
「全艦、回頭180度、急速離脱。総員対ショック、対閃光防御!」
数分後、空中戦艦後方のマリーン・シティから猛烈な中性子爆弾の閃光が閃き、巨大な水柱が灰色の空まで立ち昇った。
「マリーン・シティの消滅を確認。サイボーグ・ワーム群、反応消失」
瑠奈とワイズマン中佐は、悲痛な思いでマリーン・シティの在った場所を眺めるのだった。
この戦いでユニオンシティ防衛軍駐留艦隊は、全艦が自爆して全滅した。
戦死者・行方不明者15,000名を出したこの撤退戦は”マリーン・シティの戦い”と呼ばれる事となる。




