カミングアウト【後編】
2026年(令和8年)1月5日午前2時20分【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 食堂】
NEWイワフネハウス食堂にはミツル商事の面々と、ホログラフィック投影され出席する列島各国首脳陣、アマトハ達マルス・アカデミーメンバーも集合していた。
琴乃羽美鶴だけが美衣子から緊急の"調査依頼"を受け、地下の研究室に籠っている。
満がホログラフィックモニターに映る面々に向け突然の呼び出しを詫びた後、美衣子の方を向いて頷き、会議の進行を任せる。
「既に連絡した通り、最悪の疑似生態兵器=サイボーグ・ワームが地球に現れたわ」
美衣子が切り出した。
「どれくらい、最悪なのですか?」
英国連邦極東首相のケビンが訊く。
「この疑似生命体の最悪な所は"繁殖"。自己増殖し、無数に数を増やす事よ」
結が答える。
「どのくらいの日数で増殖するのですか?」
ユーロピア共和国ジャンヌ首相が尋ねる。
「現在交戦している瑠奈からのデータだと、十数分単位よ」
「「「「……」」」」
美衣子が予想を超えた最悪の状況を答え、会議参加者の全員が沈黙する。
「美衣子君、増殖と言っても最初は糸ミミズ程に小さいのだろう?」
澁澤首相が皆を安心させようと、いきなり巨大ワームにはならないだろう、と楽観的意味合いで尋ねる。
「ワームの大小は関係無いわ。この疑似生命体のもう一つ最悪な所は、生まれた瞬間から生物を喰い尽くす事に特化している事よ」
美衣子が、交戦中の瑠奈の映像をスクリーンに投影する。
『何なんだ!コイツら!』
メガフロート上に土嚢を積み上げただけの急ごしらえで作られたユニオンシティ防衛軍の重機関銃陣地が、サイボーグ・ワームに向けて火を噴く。
しかし大小様々なサイボーグ・ワームは、重機関銃の弾幕を物ともせず突進、防御陣地の兵士たちに喰らいつく。
『ぐぎゃああぁっ!!こいつ!オレを食ってやがるっ!』
兵士達は次々と皮膚を突き破って身体に"喰い込む"サイボーグワームに内臓や頭を喰らいつくされて斃れていく。
暫くすると、斃れた兵士の身体中から体内に食い込んだ時よりも大きな、サイボーグ・ワームが皮膚を突き破って飛び出して、周囲の施設や兵士達へ群がって移動していく。
「獲物の肉体から養分を摂取すると、直ぐに自らの肉体を増幅させるのよ」
結が説明する。
瑠奈やワイズマン中佐が乗る『マロングラッセ』は、空中に退避しながら電磁シールドを展開して防御に徹している。
同様に退避しようと浮上したマンスフィールド級空中戦艦部隊の1隻が浮上して間もなく内部から爆炎を噴き上げ、船体中央部からぽっきりと折れてメガフロート基地滑走路へと墜落する。
映像を拡大すると、墜落したマンスフィールド級から無数のサイボーグ・ワームが炎上する残骸から次々と飛び出し周囲に散らばって行く。
恐らく、艦内の搭乗員を喰いつくした為、次の獲物は探しに行ったのであろう。
生き残った2隻のマンスフィールド級空中戦艦は、サイボーグ・ワームが空中に飛び上がる高度より上まで退避に成功すると、電磁シールドを展開する事なく、マリーン・シティ上のサイボーグ・ワーム群へ向け、化学レーザーや20ミリバルカン砲=CIWS(近接防空兵器)、8連装短距離ミサイルを放って懸命に応戦を続けている。
モニターに流れる戦闘映像に各国首脳陣は茫然としていた。
彼らに付き従う補佐官の何人かは、兵士たちが喰われる光景を見て我慢出来ずにホログラフィック投影を解除して室外で嘔吐している様だった。
「……まさに地獄だ」
澁澤首相が絞り出すような声で呟く。
「……酷い。『誰が』仕向けたのですか!?」
静かに激高するユーロピア共和国ジャンヌ首相。
「恐らく……地球復興局の彼よ」
美衣子が敢えてぼかして言う。
「……マッカーサー三世だ!奴の施設=エリア51で生み出されたモノに違いない!」
苦虫を噛み潰したような顔でケビン首相が吐き捨てるように答えた。
「我々の協力者は"エリア51"を監視していたが、マッカーサー三世に見破られてシャトルごと撃ち落とされて始末された。途端にこれだ」
英国連邦極東ケビン首相が打ち明ける。
「ソーンダイク。君は知っていたのかい?」
澁澤が画面の中で、心なし恐縮している様に見えるユニオンシティ代表ソーンダイクに訊く。
「全く……。彼がエリア51で何をしていたか一切報告されていませんでした」
突然の状況に愕然として顔面蒼白になるソーンダイクが答える。
政治指導者としてシビリアン・コントロールは基本だろうに、と心の中で嘆息する渋澤首相。
「直ちに止めるよう、彼に言えんのか!」
激怒した様子でソーンダイクを続けて問い詰めるイスラエル連邦のニタニエフ首相。
イスラエル連邦軍特殊部隊がマリーン・シティに駐留しているのだから当然の反応である。
「会議に参加する直前、あらゆる周波数で通信を試みましたが彼は応答しませんでした。現在、エリア51制圧をすべくフォート・ノックスから機甲師団を派遣しています。北米最強師団と言われていますから、じき討伐は完了するでしょう」
武力鎮圧に向けた動きをソーンダイクが楽観的に説明する。
「先程から我が国の防衛システムが、お国のエリア51からと思われる大規模なハッキングを受けていてな、事態はもはやユニオンシティ内の"反乱"ではなく、地球規模で"侵略"が起きていると認識すべきだろう」
楽観的なソーンダイクに渋澤が事態を深刻視していると告げる。
「情報源を潰された為にどれだけの規模で侵略が行われているのか、想像がつかん」
戦慄するケビンが渋澤に同調する。
「ソーンダイク代表、ユニオンシティは大丈夫なのですか?」
マッカーサー三世に月面都市が乗っ取られる可能性を危惧してジャンヌ首相が訊く。
「今の所は……。彼の勢力は今まで表だった行動を起こしていませんでした。今後は予測不可能ですが……」
苦しそうに答えるソーンダイク。
「……奴の目的は何だ?世界の覇権か!?」
葉巻を燻らせ始めたケビンは中空に視線を向けながら誰にともなく問う。
「そんなの決まっているわ」
冷たい口調で応える美衣子。
「地球支配と"人類の家畜化"よ。彼は地球を自分達に都合の良い研究室にしたいのよ。合っているかしらマスター?」
この会議が始まって以来、沈黙を保っていたマルス・アカデミーのゼイエスに美以衣子が訊く。
「……そうだ。奴は地球人類ではない。我々の”同胞”だ」
顔を顰めてカミングアウトするゼイエス。
余りに唐突なカミングアウトに居合わせた全員が沈黙した。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【NEWイワフネハウス地下 琴乃羽研究室】
琴乃羽美鶴はアジア上空で観測された異常な電磁波の解析を進めていた。
やがて彼女は、電磁波にある種のコマンドらしき符丁が含まれている箇所を見つけた。
頭上の食堂では、マルス人ゼイエスから衝撃的なカミングアウトがもたらされていたが彼女もまた、非常にショッキングな情報を掴みつつあった。
「福音システム?これは……人間植物?」
作戦名から情報を分析していた琴乃羽が首を傾げる。
福音システムにプログラムされているコマンド・ワード中に含まれていた人類脳機能の意識中枢へ働き掛ける要素があり、それは中学生時代にオカルト雑誌で見たことがある画像に行き当たる。
「……まさか……福音システムの正体は、ヴォイニッチ手稿!?」
琴乃羽が、全く次元の違う異物に思い当たって困惑すると同時に隠された意図を考えていく。
画像に示された浴槽につかる人間と、浴槽から"何か"を吸い上げようとする植物の構図。
人類と植物の関係性を示唆しているのであろうが、どこか違和感を感じる琴乃羽。
まるで何者かに導かれるが如く、無意識に思考を加速させて思うがままをキーボードに入力し続ける琴乃羽。
琴乃羽の入力はホログラフィック投影とは別のモニター画面で美衣子達三姉妹にリアルタイムで表示されている。
一気に増加する表示を視て険しい顔つきになっていく美衣子。結も会議よりモニター画面に注目している。
「人類と植物が同じ浴槽で共生関係?
……いいえ。浴槽で人類は植物に搾り取られているのかしら?
……違うわね。
……植物は酸素と果実で意図的にヒトを生かしていたとしたら……やはり広義の生態系かしら?」
琴乃羽の思考は更に深く加速しながら飛躍していく。
「そもそも、植物と動物の違いは何かしら?細胞膜、細胞壁?……素は同じ生物?」
「……違いは無いか。……ヒトは”植物”にもなれるし、植物も”ヒト”になる事ができるのかしら?――――――だとしたら、福音はその手稿に書かれた原理をヒトに促す為に電磁波でヒトの脳に投影した?……人類はこんな事を遥か昔に知っていたというの!?」
琴乃羽の指が、忙しなくキーボードを叩き、彼女の試行錯誤を絶え間なく入力し続ける。
不意に琴乃羽は、電磁波による思考誘導操作を使って福音を促す手稿が生き物にイメージさせる意図を明確に悟った。
「福音……神のもたらす御業……まさか、手稿を書いた者は、人類を植物に変えて自分が世界の『神』にでもなるつもりなのっ!?」
琴乃羽の思考が結論に辿り着いた瞬間、突然彼女の身体がドロリと赤みがかった黄色の液体となって溶け落ち研究室の床にバシャッと拡がっていく。
モニターを注目していた美衣子と結は、地下で分析作業を続ける琴乃羽の入力内容をリアルタイムで把握していたが、琴乃羽の思考がヴォイニッチ手稿の意図する結論に辿りついた瞬間、立ち上がって叫んでいた。
「「琴乃羽!それ以上考えちゃダメッ!!」」
マルス人ゼイエスのカミングアウトを静かに聴いていた人類側の参加者は、美衣子と結の叫びに咎める様な目付きで睨み付けたが、満だけは、
「どうした、美衣子?」
満が叫ぶ美衣子の肩に両手を添える。ひかりも結の肩に手を添えている。
「……琴乃羽が」
肩を震わせた美衣子がそれ以上の言葉を続けられずに俯いてしまう。
「春日、イワフネさん!琴乃羽さんの様子を見に行ってくれ!」
「わかった!」「すぐ行く!」
異常を察した満が、待機していた二人に地下研究室へ行くように指示し、二人が地下へ走っていく。
「お父さん。琴乃羽の生体反応は有るけど、血圧や脈拍のデーターが測定不能になっているわ」
常にミツル商事社員のバイタルを把握している美衣子が衝撃的な事を告げる。
「研究室のモニターは!?」
「何故か故障中よ」
美衣子が満達に、この情報を『正しく認識させる事を阻む』ためにワザと嘘をつく。
「おいっ!何が起こった!?」
異常を察知した渋澤首相が問いかける。
「地下研究室で異常事態発生!エリア51の電磁波を解析していた社員に異常発生!詳細不明!一旦通信を遮断します!」
取り繕わず、用件だけ言うと一方的に通信を切断する満。
同時に美衣子達三姉妹が地下へ駆けて行く。
「……あなた」
ひかりが不安そうに満の腕をぎゅっと掴む。
食堂に残っているのはひかりと岬だけだった。
「……今は事態を確かめる事からやっていこう」
不安そうな二人を前に、満はそれだけしか言う事が出来なかった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 満=ミツル商事社長。
・大月 ひかり=ミツル商事監査役。
・大月 美衣子=マルス・アカデミー日本列島生物育成保護システム。大月夫妻の娘ポジション。
・大月 結=マルス・アカデミー尖山基地管理人工知能。美衣子の妹分。
・琴乃羽 美鶴=ミツル商事異星文明科学分析研究員。サブカルチャー分野担当。
・ゼイエス=マルス・アカデミー宇宙生物理学者。美衣子システム生みの親。
・澁澤 太郎=日本国総理大臣。
・ケビン=英国連邦極東首相。
・ジャンヌ=ユーロピア共和国首相。
・ベンジャミン・ニタニエフ=イスラエル連邦共和国首相。
・ソーンダイク=ユニオンシティ国代表。




