カミングアウト【前編】
2026年(令和8年)1月4日午後11時30分【東京都立川市 航空自衛隊入間基地内 航空総隊司令部 統合空域管制指令室】
立川市の地下50mに設置された、日本の防空識別圏(AIDZ=エイジス)を統合管制する自動警戒管制システム(ジャッジ・システム)に深刻な異変が生じていた。
「ダメです!非常コード666(トリプルシックス)を入力しても、コントロール取り戻せません!」
オペレーターが悲痛な声を上げる。
「泣き言は要らん!諦めるな!不正アクセス発信源は分かったのか!?」
当直司令の鷹匠准将が確認する。
「発信源特定!地球北米大陸中西部、グルームレイク空軍基地!」
「何っ!」
一瞬固まった鷹匠が直ぐ我に返る。UFO関連で有名な"あの"謎めいた空軍基地だと直ぐに気付く。
「市ヶ谷本省と首相官邸に、至急電!」
鷹匠は、今現在も火星日本列島上空を多数の自衛隊機や旅客機が飛んでいる状況に、頭を抱えるのだった。
「このままだと、最悪の事態が起こりかねん!」
日本国の制空権は戦わずして失われようとしていた。
♰ ♰ ♰
――――――同1月5日午前2時【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 地下研究室】
深夜、突然寝室に乱入して来た美衣子と結に叩き起こされた満とひかりは、美衣子と結に手を引かれながら地下研究室に来ていた。
「なんだい?こんな夜更けに……」
未だ寝ぼけ眼の満がパジャマ姿の美衣子に訊く。
「あなた。……多分、すっごく良くない話ですよぉ……」
うとうとしつつも、ずっと満の腕にしがみ付いていたひかりは、徐々に眼を醒ましながら秘かな確信を告げる。
「流石ねひかり。瑠奈から緊急コード『ヴォルデモート』が入ったわ」
美衣子が二人を見つめて言った。
「瑠奈は無事なのか!?」
いつの間にそんな’’言ってはいけない’’大層な符丁を取り決めていたんだ?と、突っ込みたいのを抑えて満が尋ねる。
「今の所は大丈夫……。でも、ちょっと不味いわ。マリーン・シティが全滅するかも知れない」
衝撃的な事を告げる美衣子。
「手強いモンスターでも現れたの?」
すっかり眼の醒めたひかりが訊く。
「ええ。”人ならざる者”が造り出した、最悪レベルの生体兵器が襲撃してきたわ」
深刻そうな顔で美衣子が、研究室の壁掛けスクリーンに瑠奈からリアルタイムで送られてきた映像を指差す。
其処には、ムカデの様な禍々しい色をした異様な風体の巨大ワームが、海中をギシギシとミジンコの様に飛び跳ねながら進んでいた。
「何だ、コレ」「……なんて気持ち悪い」
満とひかりは愕然として固まっていた。
「火星にもこんな奴、居なかっただろ……」
呆然と佇んでいた満が、掠れた声でぽつりと呟く。
「……見るからに禍々しい生き物ね」
嫌悪感を隠さないひかり。
「そうね。でも、これは生物じゃないわ。疑似生命体と言うのかしら?サイボーグと言った方が、人類には分かり易いかも知れないわ」
結が説明した。
「サイボーグ?誰が造り出したの?」
ひかりが訊く。
「恐らく、大月家にちょっかいを出してきた者が秘かに造っていたのよ」
美衣子が推定する。
「岩崎さんには伝えた?」
満が確認する。
「首相官邸と列島諸国には、二人を起こす前に至急電で伝えたわ。新テルアビブには、ワイズマン部隊から連絡が行っている筈よ」
美衣子が答える。
「時間が惜しい。結、食堂に皆を集めてくれないか?」
「分かったわ、父さま」
結がとてとてとエレベーターへ走っていく。
「瑠奈、無事で居てくれよ……」
満が拳を握りしめ、ひかりは満の拳を両手で包んでいた。




