異形の解放
2026年(令和8年)1月4日午前2時【ユニオンシティ国ネリス州 グルームレイク 戦略秘密基地"エリア51 "】
「局長、お世話になりました!」
軍用シャトルの操縦室に有る通信機を使用してユニオンシティ防衛軍士官が、マッカーサー三世に最後の挨拶をしていた。
『今までご苦労だった。”ケビン首相”によろしく伝えてくれたまえ』
マッカーサー三世が言外に”MI6協力者”であるユニオンシティ防衛軍士官に向けて餞の言葉を送る。
「なっ!……かしこまりました」
ユニオンシティ軍士官はびくりと一瞬身体を強張らせたが、平静を装ってモニターの向こうに居るマッカーサー三世に敬礼する。
数分後、火山灰が降り積もる滑走路から後任の司令部要員への引継ぎを終えた将兵の乗るイオン・ロケットブースターを装着したX-34軍用シャトルが、月面都市へ向かって飛び立った。
真っすぐに上昇するシャトルに乗る搭乗員の大半が"大変動"以前から、エリア51秘密軍事基地の地下司令部要員として勤務していた。
後任の司令部要員はマッカーサー三世長官が”外部からスカウト”した、無口で勤勉そうな特殊ウエットスーツに身を包んだ集団であり、司令部の最新式DNAコンピューターからの指令を受けて任務を引き継ぐ事になっていた。
「これで、忌々しい火山灰と穴倉生活からおさらばだな!」
マッカーサー三世の不吉な一言を忘れようと、気分転換がてら眼下に見える灰色で埋め尽くされた北米大陸を見下ろしながら、ユニオンシティ防衛軍士官が呟く。
「そうだな。この歳で月面宇宙基地に住めるなんて、SF映画の世界に飛び込むようなものだ」
隣の座席に座る同僚も頷く。
「あの穴倉に留まる事は今の人類にとって過酷すぎると、マッカーサー三世長官がソーンダイク代表に直談判したらしい」
同僚は宇宙への脱出に気分を良くしているのか上機嫌だった。
「何を考えているのか分からない所がたまにあったが、ちゃんと俺らの事を考えてくれていたんだな!」
笑顔で仲間と談笑する搭乗員を乗せた軍用シャトルが衛星軌道上に到達した途端、航法装置から警戒アラームが鳴り響く。
「おい!ロックオンされているぞ!」
操縦士で空域警戒をしていた航空機関士が警告する。
「此方のIFF(敵味方識別信号)は出しているのだろうな?」
機長がクルーに確認する。
「出しています!方位04から自動照準射撃レーダーが照射!」
「どこのバカだ!?」
「ディエゴガルシア基地所属のB-2S高空宇宙爆撃機です!向こうからのIFFシグナル……有りません!」
航空機関士が驚きの声を上げる。
「ディエゴガルシアのB-2Sへ告げる。こちらエリア51所属X-34B!
こちらは月面司令部へ帰投途中だ!ロックオン解除せよ!直ちにロックオンを解除せよ!」
しかし、機長からの通信に応えることなく、B-2S高空宇宙爆撃機はASAT(衛星破壊弾頭)を唐突にX-34Bシャトルへ向けて発射した。
突然の友軍機攻撃に意表を突かれた軍用シャトルは、回避する間もなくASATミサイルを機体中央に喰らうと、衛星軌道上に無数の耐熱タイルと搭乗員の破片をまき散らして爆散した。
搭乗していたユニオンシティ防衛軍将兵を含め、生存者は皆無だった。
B-2S高空宇宙爆撃機の操縦士は、"縦長の瞳"を細めて人体の痕跡が残っていない事を確認すると、何事も無かったように大気圏に再突入して静かにエリア51へと帰投した。
その日、ユニオンシティCNNニュースは、宇宙でも作戦行動可能な新型ステルス爆撃機による、宇宙デブリ迎撃実験に成功したと報道した。
特殊なウエットスーツに身を包んだ爬虫類人類型クローン・オペレーターに囲まれて地下司令部のメインスクリーンでユニオンシティCNN放送を視ていたマッカーサー三世は、無言で口の端を吊り上げて人類とは異なる縦長の瞳を細めるのだった。
司令部機能を司る最新鋭DNAコンピューターが、有機的連携でチップを頭蓋に埋め込んで操る爬虫類人類型クローンと共にマッカーサー三世に従属していた。
”彼”=マルス人研究者ダグリウスにとって雌伏の時代は終わろうとしていた。
「さあ!新世界の創造を始めようじゃないか!」
人ならざる縦長の瞳を隠すサングラスを外したマッカーサー三世=ダグリウスは、高らかにシャドウ・マルス世界の創造を宣言した。
♰ ♰ ♰
2026年(令和8年)1月4日午後1時(地球南太平洋 ニュージーランド東方沖 ユニオンシティ海上都市『マリーン・シティ』】
「なんだろう?この激しく怪しいこれじゃない感……ワームな様でワームでは無いような予感がするッス!」
火星での証人喚問を無事終えて”どこへもドア”で戻って来た瑠奈が『マロングラッセ』艦長席に表示された、火星生物探知センサーの反応を見て困惑していた。
「何を謎かけみたいな事言っているんだ。似合わないぞ、お嬢?」
ワイズマン中佐が戦闘管制席から瑠奈の方を振り向いて失礼な事を言う。
「いつものワームならバッチリと反応するのに、今日は反応が薄い……というか迷っているというか……何スかねぇ?」
いつもはワイズマン中佐の言葉に反論する所だが、あり得ない状況に困惑して首を捻る瑠奈。
「そんなに悩むなら、ドローンでも飛ばせば良いじゃないか?」
「そうっスね!」
瑠奈がささっと決断し、お手製の水中ドローン『お魚くん』を艦首から放つ。
「念のためジョーンズおじさんに報告頼むッス!中佐の特殊部隊はマロングラッセに全員収容するッス!」
「アイアイサーお嬢!」
ワイズマン中佐が手際よくミツル商事戦闘団とイスラエル連邦軍特殊部隊に向けて非常招集指示を出していく。
マリーン・シティ防衛軍司令部でも、瑠奈からのアンノウン探知報告を受けて迎撃準備に取り掛かっていた。
「イスラエル特殊部隊から、アイアンドーム・システム操作権限を一時的に承継しました!」
「アイアンドーム・システム迎撃態勢!マンスフィールド級は発進準備急げ!空中哨戒と援護が有れば守備隊の負担が減るんだ!」
ジョーンズが迎撃態勢を敷こうと部隊配備を急ぐ。
「お嬢!ドローン映像来たぞ!」
ワイズマンがメインスクリーンに投影する。
メインスクリーンに投影された巨大ワームは赤錆た金属色で、ミジンコのように身体全体をバネにして小刻みに収縮しながら水中を泳いでいた。
「なんすか?この生き物……いや違うっ!これは、生き物じゃないッス!生体機械生物っス!」
異様な動きのワームを視て愕然とする瑠奈。
「……お嬢。それは、結構ヤバくないっすか?」
最近瑠奈の口癖が感染しつつあるワイズマンが、冷や汗を流しながら話しかける。
「火星の姉様達に緊急連絡っス!コード『ヴォルデモート』発令ッス!」
瑠奈が”名前を言っちゃいけない級”の最悪時緊急連絡を火星日本列島のNEWイワフネハウスへ送る。
「これは地球人類が作り出せるものでは無いっス!誰が?どういうことっスか!?」
人ならざる者が生み出した機械生物を視た瑠奈が、嫌悪感を露わにした顔で叫ぶ。
「ミツル商事戦闘団より入電!
マルス・アカデミー・ドローンがメガフロート西側1500mにてアンノウン探知!”巨大ワームに似た何か”が多数接近中。数200!映像出しますっ!」
マリーン・シティ防衛軍司令部のスクリーンに薄暗い海中を無数の赤錆色をした巨大ワームが、巨体を小刻みに収縮させながらひしめき合って泳ぐ姿が映し出される。
司令部の全員が戦慄した表情で映像に釘付けになった。将兵達の中には吐き気を感じてえづく者もいる。
「馬鹿、しっかりしろっ!コンタクトまで残りは!?」
ジョーンズが怒声を上げて司令部の将兵を叱咤する。
「45秒!!速過ぎますっ!」
想像以上に素早い敵の接近にオペレーターが悲鳴を上げる。
「落ち着け!マリーン・シティ全域に緊急警報発令!武器を持たない者はシェルターへ急げ!」
ジョーンズが間髪入れずに非常警戒システムのボタンを押す。
マリーン・シティ全域に耳障りなサイレンが響き渡り、建物の外で作業をしていた作業員や警備兵が慌てて最寄りのシェルターへ飛び込んで行く。
「『マロングラッセ』から入電、流します!」
オペレーターがそのまま瑠奈からの音声をスピーカーに繋ぐ。
「おじさん!これは生き物じゃないッス!サイボーグっス!生身じゃないから普通の武器は通用しないッスよ!」
瑠奈が早口で注意を促す。
「M16(自動小銃)やジャベリン(対戦車誘導弾)ではダメか!?」
慌てて訊くジョーンズ。
「ダメっす!超硬いっス!対艦ミサイルか、120㎜戦車砲、それに近いデカイ威力の武器で応戦するしかないッス!」
いきなり出現した「新種」の対応に瑠奈も動揺していた。
ダグリウスが解放した異様な機械生命体が、復興途上の世界を侵食しようとしていた。




