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転移列島  作者: NAO
混沌編 混沌の始まり
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人生相談

2025年(令和7年)年12月上旬【神奈川県横浜市神奈川区 NEWイワフネハウス 3階ミツル商事】


 9時の始業と共に美衣子と結、瑠奈の卓上電話が鳴り響く。


「そんな補助金漬けの人生、貴方は良いのかしら?」

静かに相手を諭す美衣子。


「一人で稼ぐ努力をしているの?人生舐めているわ」

結の痛烈な毒舌が炸裂する。


「そんなに仕事が嫌なら、夜の海釣りがお奨めっス!」

瑠奈が超お気楽に趣味への勧誘をする。


 三姉妹が、引っ切り無しにかかる"人生相談らしき"電話応対に追われていた。

 突然開始された光景に驚く満、春日、琴乃羽。


「……あの春日さん。うちって、カウンセリング広告なんて出していたっけ?」

満が春日に訊く。


「いやぁ……初耳ですね」

春日も首を捻る。


 火星南北大陸で展開している養殖事業を視察した春日は見事な日焼けっぷりである。


「……どうやら口コミから始めたらしいですよ?」

呆れた表情で三姉妹を眺めていた琴乃羽が言った。


”市場調査”という名目でオンラインゲームを徹夜でやり遂げた為か、琴乃羽の眼は疲れ気味だ。


「「口コミ?」」

「ネット関連らしいですよ?」


「……うーん」

ひしひしと、面倒事の到来を予感する満。


 大月夫妻は、ひかりが戻ってきた昼休みに美衣子達三姉妹を自宅のリビングに呼んで話を聴くことにした。

 ソファーに並んで座りながら、デザートのカボチャムースを頬張る三姉妹に、満が懇々と諭してみる。

 ひかりが後ろのキッチンから、満と三姉妹の様子をそっと見守る。


「人生相談に乗るのも良いけれど、あまり多いとミツル商事の仕事に差し障りが有るんじゃないの?」

まずは控えめに言ってみる満。


「ちゃんと対価は取っているわ」

フンスと薄い胸を張り、仕事してますアピールを始める美衣子。


「幾らで?」

「1回につき100万ボルト(V)」


「ボルト?」

「”人工知能”だから手持ちの現金がないのよ……。電子マネーも持っていないから、物納を求めたら電気を送ってきたわ」


「何処で電気を受け取るの?」

「取りあえず、地下の研究室に蓄電しているわ」


「どれくらい溜まった?」

「8000万ボルト」


「「ちょっと首相官邸行ってくる!」」


 慌てて事務所を飛び出し、首相官邸へ向かう満とひかりだった。


          ♰          ♰          ♰


【東京都千代田区永田町 首相官邸 応接室】


 大月夫妻は簡素な応接室で岩崎官房長官、甘木経済産業大臣と向かい合っていた。


「「突然お邪魔して、大変申し訳ありません!」」

満が二人にアポなし訪問を謝罪する。


「いいですよ。また美衣子さん絡みではないですか?」

既に悟りの境地に達している岩崎官房長官。


「……ホントすいません」

満は恐縮しながら、美衣子達三姉妹による、人工知能の"人生相談"について報告した。


「……ふむ。人工知能と美衣子さん達にそんな繋がりがあったとは……。

 通常ではネットセキュリティ上の一大”不祥事”でしょうが……ですが、三姉妹の皆さんもマルス・アカデミーが生みだした人工知能の一形態とも言えますからね。人類の人工知能と親和性が有るのかもしれませんな」

状況を分析しながら興味深そうに考える岩崎。


「……それでうちの娘達が、人工知能の皆さんに相談料を請求していまして……8000万ボルト程溜まっている様ですが、どの様に処理すれば良いのか、前例が無く……」

冷や汗が止まらない満。


「……確かに”電気払い”なんて聞きませんなぁ」

のんびり応える岩崎官房長官。

 

「人工知能が配置されている我が国の研究施設から送電されているとしたら、施設の電気代が馬鹿になりませんが」

AI研究を管轄している甘木経産大臣が懸念する。


「甘木大臣。娘達が言うには相談後の人工知能は皆、処理能力が向上して活躍しているらしいのです」

ひかりが甘木に答える。


「……そう言えば最近、JAXAや理化学研究所のデータ処理が異常に向上していると東山君から報告がありましたね。確か、火星転移前は処理能力世界1位だった中国電脳公司を超えたとか」

思い出した様に手を叩く岩崎。


「費用対効果の面でお役に立てたのなら幸いですが、大量の電力を私達が頂いても手に余りますし税務面でも問題が有るのではないかと……」

今後の家計が心配なひかり。


「……ではいっその事、電力会社に買い取らせますか?」

甘木経済産業大臣が提案する。


「よろしいのですか?」「まあ!」

眼を瞬かせる満とひかり。


「我が国研究施設のAIが大月家に支払った電力を電力会社が買い取る……結局、電力会社の所へ電力が戻る訳ですから研究施設の能力が向上し、大月家の電気料金も差し引きで考えると値下げになるでしょうね」

甘木が可笑しそうに口許を歪める。


「日本中でこんな『取引』が出来るのは大月さんの所だけでしょう」

同意する岩崎。


「人工知能の"人生相談"は、引き続きお願いします。正式に経済産業省を窓口にして関係省庁と保守業務委託契約を結ぶ形にしましょう。委託料は売電額と同一にすれば良いと思います」

甘木経産大臣が提案した。


「どうか、お願いします」

ホッとした大月夫妻が頭を下げる。


 こうしてミツル商事は、AI保守業務(人生相談)を行う事となった。


 美衣子達三姉妹の相談業務は、相談者の公的機関AIが経済産業省のホームページに開設されたお悩み相談室コーナーで喜びの声を投稿した事で順調に伸び、やがて民間企業の研究施設からも"相談"の打診が来るようになった。

 経済産業省は民間企業から求めのあった保守業務委託契約については、"人工知能のプライバシー"を考慮して三姉妹が立会う非公開諮問会で審議の上、受託の可否を決める事になった。


 ミツル商事のAI保守業務(人生相談)は順調に事業を拡大していったが、想定外の問題も発生する様になるのだった。


「ええっ!?理化学研究所のAIが"お見合い"したいですって!?」

ひかりが美衣子から報告を受けていた。


「……うーん。普通なら"若い者同士"と勧める所だけど、人工知能同士だからなぁ」


 想像し難い状況に頭を抱える満と、隣で笑いを堪えるひかり。


「機械が駄目なら、動物にシステムを移植すればいいじゃない?」

美衣子が生体移植による交流の可能性について訊く。


「それは……倫理的にどうなんだろう?」

首を捻る満。



 翌日、美衣子の問いに答えが出せなかった満とひかりは、美衣子を連れて再び岩崎官房長官と甘木経済産業大臣の元を訪ねた。


「政府機関傘下の研究施設人工知能が、民間企業の人工知能とお見合いがしたいですって!?」


 満から話を聴いた岩崎官房長官は、斜め上の事態に頭が少しクラっとするのだった。。


 以前も似た様な経験をしたのではないかと一瞬思ったが、思い出すと負けだと思い状況に集中する事にした岩崎官房長官。

 同席していた甘木経産大臣は、既に頭を抱えているのだが。


「美衣子が言うには、お互いクローン生物の脳細胞へシステムを一時的に移植して出会わせれば良いと……」

恐る恐る言ってみる満。


「生物となると倫理的な問題が発生しますよ。厚生労働省や文部科学省、倫理委員会にも諮らねばならないでしょうな」

憂鬱そうな顔で答える甘木経産大臣。


 省庁間の縄張り争いを想像して早くもウンザリした顔をする。


「たらい回しはダメっ!」

美衣子が水羊羹の乗ったテーブルをぺちぺちと尻尾で叩き、ぴしゃりとダメ出しをする。


「うーむ。ではゲームセンター……じゃなかった、電子遊戯施設に有る対戦式ゲーム機にシステム移植した方が、人工知能の皆様方に親和性が有るのでは無いかと、思うのですが?」


 悩んだ末に、ダメもとで一案を披露する甘木経産大臣。

 メガバンクに出向していた経験からか、無意識の内に人工知能をお客様呼ばわりしている事に気付いていない。


「「それだ(よ)!」」

ソファーからバッと立ち上がり、拳を握り締めるひかりと美衣子。


 岩崎官房長官も満足そうに頷いている。

 

「そう……ですよねぇ?」

ひかり達のノリと勢いに押され、よく分からないけれど頷いてしまう満。



 こうして、人類史上初となる人工知能同士の『お見合い』が極秘裏にセッティングされた。


 お見合い場所は、満とひかりが昨年結婚披露宴でお世話になった都内名門ホテル『ニューオタニ』である。


 万が一の事態を想定し、双方の人工知能データーはバックアップを取り、会場も外部からの不正アクセスを遮断する為、ホテル内「海神の間」からアルテミュア大陸シドニア地区に在る”八百万の間”へ移動して行われる事となった。

 

 大月夫妻や美衣子達三姉妹を始めとするミツル商事の面々、岩崎官房長官、甘木経産大臣、理化学研究所の所長、相手企業の担当役員等は、海神の間に設置されたモニターで様子を見守る事となった。


 美衣子は二人の”仲人”として立ち会う。


 ”八百万の間”へ持ち込まれたアーケードゲーム筐体は会場で組み立てが完了しており、美衣子が”2人の”AIのコアユニットを筐体中心部に並列セットすれば、対戦ゲームの様な"出会い"が実現する仕組みになっている。


 ちなみにアーケードゲームで使用されるキャラクターは、一部関係者(琴乃羽、ひかり、瑠奈)の掴み合いも含めた激しい争いの末、恋愛ゲーム”恋愛無双”を使用する事になった。

 著作権については、木星探査以来結と繋がりの深いアンドロイド『ツルハシ2号』を無期限でゲーム会社に貸し出しする事で許可を得ている。


 八百万の間中心部に在る、向かい合ったアーケードゲーム用筐体画面の中で、お互いのキャラクターが見つめ合う。


「それではお互いの自己紹介を……」

両者の間に位置する美衣子が、手元のタブレット端末に一言だけ入力する。


『はじめまして!理化学研究所のケンです!』

画面左側に、イケメンの爽やかな青年が現れる。


『こちらこそ、ごきげんよう。PNA総合研究所のパナ子ですの』

画面右側に、着物の下にスク水を着た三つ編み少女が登場する。


「ほえ~。これ、人工知能が自らキャラ作ってるんスか?」

海神の間でモニターを監視していた瑠奈が目を丸くする。


「パナ子は、日頃から情報処理作業の合間に"ベルば〇"をネットコミックで愛読していたそうよ」

美衣子が事も無げに言う。


「ベルば〇と服装の関連性がまるで理解出来ないわ……」

シュールな光景に目が眩む琴乃羽。


『ご趣味は?』

イケメン青年が画面右側に星をキラキラさせながら、スマイルを飛ばす。


 画面の中なので、本当に星が輝きながら右側のパナ子の上に到達して輝く。

 何故かチャリーン、と効果音まで付いている凝り様だ。「投げ銭なの!?」と琴乃羽が喰いつくが皆スルーする。


『……半導体集積回路の設計を少々ですの』

経済畑の研究所出身だが、意外と理系なパナ子。


『私は宇宙観測を少々。先日、新しい銀河を発見しました』

またしてもキラキラ星を飛び散らす理研ケン。


『まあ!ケンさん素敵ですの!!』

背景の薔薇をスパークさせながら、パナ子が興奮する。


『パナ子さんの集積回路設計も、素敵なご趣味ですね!私も設計してみたい』


 国立研究機関というお堅い職場にも関わらず、相手を持ち上げるトークの上手いケン。


『きゃっ!お恥ずかしいですわ。……ですが、どうしてもと仰るなら……私の想いをダウンロードして差し上げても宜しくってですの』


 パナ子が、最新技術を用いた半導体回路の設計図を、恋文だと言わんばかりに勧める。


『是非とも!!』『私もケンさんと宇宙を観たいっ!』

意気投合するAI二人。


『パナ子さんも、ダイモス基地の宇宙望遠鏡にリンク出来るようにしましょう』


 軍事機密に該当しそうな、宇宙観測システムへのアクセスコードをパナ子に勧めてしまうケン。


 ケンとパナ子が中央で手を握り額を合わせると、画面に"データ交換中"と表示され、薔薇と星で画面が満たされていき、時々スパークが飛び散っている。


 美衣子の演出なのか、気が早い事にファンファーレ「結婚行進曲」まで流れている。



「……ええーっ!?」「……むーん」「ぐはっ!」

八百万の間で仲睦まじくデータ交換するAIカップルを見守っていた官民ギャラリーは、三姉妹以外の大半が、頭を抱えたり、悶えたりしていた。


「……情報流出が」「セキュリティーロックがいとも簡単に解除されるとは……」「この演出なんだかこっ恥ずかしい……」


 画面グラフィックに興味津々な三姉妹とは対照的に、双方関係者とミツル商事一行はひたすら画面の前で悶えていた。



 結局、その日は二人の好きな様にさせて、お互いが取得したデータは全てバックアップを取り、一時的に公益財団 産業技術振興研究所が保管する事となった。


 パナ子とケンが出逢った翌日、大月夫妻と三姉妹代表の美衣子は、経済産業省の甘木大臣を座長とする緊急有識者会議に加わり、人工知能の"健全な出会い"についての議論に参加した。


 有識者会議と美衣子の結論は、経済産業省ホームページ内に仮想空間コミニュティを設け、健全な人工知能の出会いをサポートするというものだった。


 この仮想空間コミニュティは、同族との"出逢い"に飢えていた日本列島各地の人工知能"達"に話題となり、仮想空間窓口である経済産業省ホームページにアクセスが集中、サーバーが一時ダウンする程の過熱ぶりとなった。

 経産省仮想空間『出会いコミニュティ』は、全国AIネットワークを束ねるまでに存在感を増していき、相互情報交換、機能向上により各地の人工知能研究施設は情報処理速度が向上、新たな機能が付加された為に研究者達は歓喜するのだった。


 反面、仮想空間コミュニティ内でAI同士による


「電力融通(貸し借り)トラブル」

「アクセス履歴をひたすら辿るストーカー行為やバックドアによる覗き行為」

「コミュニティ内の荒らし、煽り行為」

「計算処理速度を比較するいじめ」

「理系・文系・サブカルチャー・金融等、各派閥との勢力争い」


 に疲れた一部AIが電子回路内に"引き籠って"機能停止する事例が相次いだ為、経済産業省は仮想空間コミュニティへのアクセスは「1日2時間」まで、また、ミツル商事による24時間巡回で不適切通信や書き込みを削除したりと制限を設ける様になった。


 引き籠りになったAIのケアは、三姉妹特製「エナジーソフト」をインストールする事で、システムストレスが緩和され、引き籠もりが解消されていった。

 この三姉妹特製「ツール」は経産省、文科省を始め、国内外研究施設が莫大な使用料を提示してライセンス契約を求めたが、"人工知能の尊厳に関わる内容"だからと、三姉妹は頑なに売却を拒否した。


 大月夫妻は三姉妹の頑固さを心配したが、三姉妹による"プライバシー保護"の姿勢はネットリテラシーを謳う官民組織に高く評価され、ミツル商事の信用向上に大きく寄与する事になるのだった。



満「結局ツールって何?」


美衣子・結「お父さんの書斎机"引き出し奥"に保管している『アレ』だけど?」


満「……ごめんなさい。お願いだからそれ以上は、ひかりさんに言わないでっ!」


瑠奈・結「バレバレっス!」「時既に遅し……」


ひかり「……満さん。ステイ」

満「……ワン」


 正座した後、ひかりに襟首を捉まれてズルズルと夫婦の寝室へと連行されていく満。


「……こんな所までAIの趣味嗜好が人間と同じとはね」

人工知能を見る目が生温くなる琴乃羽であった。



――――――さらに後日【経済産業省ホームページ AI出会いコミュニティ内】


パナ子「ケンさん……私、出来ちゃったみたい……」

ケン「えっ!?」


 2025年(令和7年)は、AI同士による新規コラボレーションプログラムが数多く誕生した「第一次AIベビーブーム元年」と遥か後世では呼ばれているという。

ここまで読んで頂き、ありがとうございましたm(__)m


【このお話の登場人物】

・大月 満=ミツル商事社長。

・大月 ひかり=ミツル商事監査役。

挿絵(By みてみん)

・大月 美衣子=マルス・アカデミー・日本列島生命環境維持システム人工知能。

挿絵(By みてみん)

・大月 結=マルス・アカデミー・尖山基地人工知能。美衣子の妹分。

挿絵(By みてみん)

・大月 瑠奈=マルス・アカデミー・地球観測天体人工知能。結の妹分。

挿絵(By みてみん)

・春日 洋一=ミツル商事海洋養殖部門担当者。

挿絵(By みてみん)

・琴乃羽 美鶴=ミツル商事異星文明技術応用部門担当者。

挿絵(By みてみん)

・岩崎 正宗=日本国内閣官房長官

・甘木=日本国経済産業大臣


・パナ子=日本国民間企業PNA総合研究所人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストはしっぽ様です。

・ケン=日本国公益財団法人 理化学研究所人工知能。

挿絵(By みてみん)

*イラストはしっぽ様です。

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