マリーンシティ防衛戦
2025年(令和7年)12月25日 午前10時【南太平洋フィジー諸島沖 『マリーン・シティ』ユニオンシティ防衛軍司令部】
「『フィッツジェラルド』通信途絶!レーダーから消えました!」
「哨戒中の原子力潜水艦『ジェファーソンシティ』から緊急!巨大ワームと共に、西部インドネシア方面から多数のサソリモドキが接近中!」
「マリーン・シティ全域に緊急事態宣言!非戦闘員は、所定のシェルターへ避難せよ!
全駐留部隊臨戦態勢!月面のユニオンシティ司令部に緊急報告と支援要請!」
ジョーンズ中将が矢継ぎ早に指示を出す。
「ん?おい、マッカーサー局長はどうした?」
ジョーンズは、いつも神経質に口を挟んでくる人物の声が聴こえなかったので不思議に思い、司令部付兵士に彼の消息を尋ねた。
「マッカーサー局長は既に側近の方々と小型シャトルで脱出されました……」
「守るべき人達が居るのだぞ!逃げてどうするのだ!これだから事務屋は役に立たん!」
怒り狂うジョーンズ中将。
「司令!ミツル商事戦闘団から通信!」
「おいっス!ジョーンズおじさん!瑠奈っス!準備万端ッス!」
怒り狂っていたジョーンズだが、あっけらかんとした瑠奈の声で、肩の力が抜けそうになる。
「瑠奈嬢に感謝する。そちらでは火星原住生物を捕捉しているのかね?」
「モチのロンっス!巨大ワーム5体、サソリモドキタイプ5,000が、西から来るッス!」
「凄いな!流石瑠奈嬢だ」
「でへへー」
ジョーンズのヨイショにデレてしまう瑠奈。
「さて瑠奈嬢。貴女ならどう対処するのかね?」
「そうっスね……引き付けてビリビリっス!」
「君の処のプラズマ砲かね?」
「ワイズマン中佐も、同じ意見っス!」
「では、瑠奈嬢に巨大ワーム正面をお任せしてもよろしいか?」
「お任せ承りっス!」
「助かる。イスラエル特殊部隊は射程内に入ったサソリモドキを、アイアンドーム・防空システムで撃ち落としてくれないか?」
「了解した」
ジョーンズの要請に応えるワイズマン中佐。
ジョーンズは、防衛部隊主力をミツル商事戦闘団とイスラエル特殊部隊に任せ、ユニオンシティ防衛軍をサポートに回す事を決断した。
ジョーンズは全周波数で、全部隊に聞こえるように言った。
「火山灰の影響で空からの援護は望めない。だが、決して勝てない敵ではない!
落ち着いて戦えば必ず勝ち戦になる!我々には勝利の女神である瑠奈嬢と怖いもの知らずのミツル商事戦闘団がついている!総員ぬかるなよ!」
マリーン・シティ各所から、ユニオンシティ防衛軍兵士とイスラエル連邦軍兵士の鬨の声が挙がる。
昼寝をしていたマルス・アンドロイド兵士達も跳ね起きると、各々の戦闘艦にわらわらと乗り込んでいく。
マリーン・シティ西側海辺では、瑠奈指揮下のマルス・アカデミー多目的戦闘艦が、セリにかけられるマグロの如く銀色の船体をゴロリと並べ、巨大ワームを迎え撃とうとしていた。
「プラズマ弾エネルギー充填120%っス!」
マロングラッセの艦長席でノリノリの瑠奈。
「おい、お嬢!あんまり調子こくと、またコケるぞ!」
同じブリッジで操舵席に座るワイズマン中佐が、瑠奈を窘める。
「大丈夫っス!動かないでじっとしているから、ヘラス大陸みたいに転ばないっスよ!」
瑠奈が拳を振り上げる。
「そう言って、日本人が信じる"死亡フラグ"を立てても知らんぞ」
美衣子曰く"持っている"瑠奈が、必ずやらかす予感を、戦場の空気を読む事にかけては一流であるワイズマンがひしひし感じていると、突然艦の下から突き上げるような衝撃が襲った。
マリーン・シティを支えるメガフロート縁から巨大ワームが飛び出すと『マロングラッセ』艦底にベチョッと口を吸着させ、海に引きずり込もうとする。
「おい、お嬢!マジでヤバい!」
焦るワイズマン中佐。
「大丈夫っス!ポチッとな」
瑠奈が、艦長席からコンソールをタッチすると『マロングラッセ』の艦外壁が急速に凍りついていく。
「これぞ必殺!コールドバリアーっス!」
得意げにポーズを決める瑠奈。
艦外壁に吸い付いていた巨大ワームは、急速に凍りつく口元を外そうともがいたが、ますますピッチリと吸着してしまい、海面に出た部分が凍って『マロングラッセ』にダラリとぶら下がる形になった。
「大漁っス!」
「釣っちゃダメだよお嬢!何処に置くんだよ!?」
「むぅ、残念ッス!じゃあ、釣りたて三枚おろしっス!ぽん酢でどうぞ!」
「ぽん酢が勿体ないよお嬢」
瑠奈が再度コンソールをタッチすると、今度は『マロングラッセ』左右側面に付いているレーザー砲台が稼働してぶら下がる巨大ワームを上から両断する。
凍ったまま何枚にも切断された巨大ワームは、彫像の様に凝り固まったまま海中に沈んでいく。
「さてっ、本番っスよ!エネルギー充填150%っス!」
キリリと決め顔になった瑠奈が流れるような操作でワームを捕捉し、マルス・アンドロイド兵士達に攻撃指示を出す。
マリーン・シティ外縁に並んだマルス・アカデミー戦闘艦列から次々とプラズマ弾が放たれると海中の巨大ワーム目掛けて叩き込まれていく。
マリーン・シティに上陸しようと海面近くまで浮上していた巨大ワーム達は、激しくスパークしながら飛び込んでくるプラズマ弾をまともに喰らうと、ブシャッと沸騰した体液が噴き出しながら破裂していく。
「さあさあ!ジャンジャンバリバリ行くっスよ!」
「ほう!瑠奈嬢は元気が良くてよろしい!」「「「……えぇ~」」」
ジョーンズ中将は上機嫌で瑠奈の殲滅戦を見ていたが、明らかにオーバーキルなミツル商事戦闘団が放つプラズマ攻撃に司令部の皆はドン引きしていた。
この戦闘映像は、月面ユニオンシティ防衛軍本部にもリンクされており、司令部スクリーンの端に、月面司令本部上級指揮官達の苦虫を噛み潰したような顔が映し出されていた。
スパークする海面上空を飛んでいたサソリモドキ群は、イスラエル特殊部隊が操作する近接防空システム「アイアンドーム」16連装短距離ミサイルの弾幕による直撃を受けてボトボトと海上に身体を散らしていった。
僅かに生き残ったサソリモドキは、カブトムシの様な図体をしたユニオンシティ軍4連装対空レーザー車両の化学レーザーを浴びて一瞬のうちに塵と化していった。
マリーン・シティ防衛戦は接敵して1時間で襲来した火星生物を殲滅して終了した。
戦闘終了後、艦長席でぐったりとしていた瑠奈は、ジョーンズ中将からのプライベートコールを受けた。
ジョーンズの個室からと思われるモニター通信は、むっつりと不機嫌そうなジョーンズを映していた。
「……疲れているところすまん、瑠奈嬢。ユニオンシティ司令部から貴女に火星生物持ち込みの疑いで召喚命令が下りた」
申し訳なさそうに告げるジョーンズ中将。
「なんで!?」
瑠奈は首をコテンと傾け、脱力したように席に深く沈み込む瑠奈。
「……やっぱりか」
瑠奈の横で聴いていたワイズマン中佐は"持っているなぁ"と呟くと、長いため息をつくのだった。
♰ ♰ ♰
――――――同時刻【東南アジア 旧インドネシア諸島 ジャワ島北西部 チリワン川河口 ジャカルタ郊外】
火山灰交じりの強い酸性海水を巻き上げて進む、千を超える水陸両用戦闘車両の群れが、所々水没して崩壊したかつての首都郊外に上陸を始めていた。
上陸部隊の先陣を切って進んでいた武装集団の頭領は、部下に進軍の停止を命じた。
「どうしたんですかい?頭領?」
「私の事はカリフ(君主)と呼べと言っているだろうが!」
壮年の男性が部下を睨みつける。
「いやあ、私達はどうせしがない盗賊っすよ?」
「何を言うか、我々はこの地域の君主たるペルシア・チンギス連合帝国のカリフだぞ!」
「へいへい」
「たかが、革命防衛隊の生き残り将校だった癖に、王族とは畏れ多いことで……」
首を竦めた元イラン革命防衛隊の部下が、ボソッと呟く。
「……おかしいな。事前偵察では、かなりの人口が在ると報告を受けていたが……」
部下の毒舌を無視してカリフが周囲の状況を確認する。
「2週間前の情報でしょう?あながち食料が尽きて、他の島に逃げたのかもしれませんぜ?」
「それにしても、この人気の無さは異常だと思わんか?」
「いつもの通り、火山灰に塗れた無人の荒野じゃないですか」
「おかしい。ここにはかつて950万を超える人口があったのだぞ?」
「……これだけ噴火とツナミのオンパレードが有れば、散りじりになりまさぁ」
部下の感想を耳にしながら、双眼鏡で周囲の状況をカリフは確認する。
確かに大地震で崩れたビルディングや、高速道路の橋脚が散乱しているが、これほどの都市の残骸であればいくばくかの住民が瓦礫の中で生き残っていてもおかしくないのだが、まるで人気を感じない。
カリフの心の中で、何度も死地を脱した第六感が警鐘を鳴らす。
「……やはり異常だ!高層マンション上部に虫食いみたいな穴なんて地震では出来ないじゃないか!」
「バリ島のアグニ火山から飛んできた噴石じゃないっすか?」
相変わらず呑気な側近。
「それであれば、この辺り一帯はクレーターだらけの筈だ」
半ば倒壊した、高層マンションの残骸を見ながら唸るカリフの足元が振動した。
「また地震か?」
「この辺りは大変動からずっと、天変地異のオンパレードですからねぇ」
足元の振動が徐々に大きくなってきた。
「全員、本震が来るぞ!その場で身を守れ!」
カリフが叫ぶ。
次の瞬間、カリフの乗る水陸両用戦闘車が、火山灰に覆われた地面から突然飛び出した巨大ワームに飲み込まれた。
カリフの意識は、全身が焼ける様な激痛と、溶ける様な感覚を最後に途絶えた。
万を超える武装盗賊集団は沖合に停泊していた後続の本隊が乗る貨物船団も含め、僅かな時間で巨大ワーム群に食べ尽くされていった。
誰も生き残れなかった。




