対話
2025年(令和7年)12月25日 5時【アステロイドベルト宙域 航空・宇宙自衛隊 多目的護衛艦『そうりゅう』】
ガス雲の様な生命体が、マルス・アカデミー・アンドロイドを通じてコンタクトを試みて来た為『そうりゅう』発令所は騒然としていた。
宇宙服にレコーダーを仕込む者、艦外カメラを甲板にセットする者、謎の生命体とマルス・アンドロイドとの間に電波的なやり取りがないか、観測機器を懸命に操作する者が慌ただしく動き回る中、結と空良、高瀬中佐は特に急ぐ事もなかったので平然としている。
そして、マイペースにガス雲の成分を詳しく調べていた結がある結論に達した。
「空良。やっぱりあれはガス雲ではないようね。アメーバーのように伸縮自在な水生生命体よ」
「つまり……スライム!?」
落ち着いて居る様に見えた空良は、少しテンパっている様で思考が斜め上の様だった。
「……ファンタジー極まりないけど、そうとも言うわ」
喰いつき気味に迫る空良に、若干引き気味の結が答える。
「真空の宇宙空間で、よく生存できますね」
興味深くモニターを見つめる空良。
「それは、あの存在に訊いてみない事には分からないわね」
結が応える。
「ドローンから入電!『こちらのアンドロイドを使って対話したい』との事です」
「よし、前部甲板で対話しよう」
高瀬が決断した。
「結さん、空良所長、お願いできますか?」
「わかったわ」「もちろんです!」
20分後、『そうりゅう』司令塔前の甲板に、宇宙服を着た結と空良が、右手にツルハシを持ったマルス・アンドロイドと相対した。
「ツルハシは危ないから、仕舞いなさい」
結が命令すると、マルス・アカデミー・アンドロイドは未練がましくツルハシを足元に置く。
「初めまして」
空良が第5惑星の依代とかしたマルス・アカデミー・アンドロイドに話しかける。
マルスアンドロイドは無言で右手の人差し指を挙げて空良のに歩み寄る。人差し指からは仄かな暖かい光が灯っていた。
空良も右手の人指し指をアンドロイドに近づけて、人類と新たな異星生命体とのセカンドコンタクトが始まると思いきや――――――
「—――—――そういうのは、映画の世界で間に合っているから。要らないわ」
映画・芸能界に詳しい結がそっけなく言うと、渋々と腕を下ろして"チッ"と悪態を付くマルス・アカデミー・アンドロイド。
「芸が細かすぎるわ、ツルハシ201912号。第5惑星との意思疎通がややこしくなるから、貴方の小ネタは反省会まで取っておきなさい」
「ノリガ……ワルイゾ」
項垂れたアンドロイドが無機質な声を上げたが、その声はスピーカーからではなく、『そうりゅう』乗組員全員の頭に直接響いてきた。
「なんだ!」「頭の中に声が!」
騒然となるそうりゅう乗組員。
「これはっ!?テレパシー?」
思わず空良から声が漏れる。
「イカニモ。ハジメマシテダゾ、3番目ノコドモタチ」
無機質な声が答える。
「貴方は第5惑星の生命体かしら?」
結が確認する。
「ソウダ。ワレワレハ5番目ノ生命体デアルゾ」
「この宙域に拡がる存在は、貴方一人だけなのか!?」
空良が問う。
「今ハ、ソウダゾ」
「仲間が木星に居るのですか?」
「……ナカマ……ドウホウ。……タクサンイルゾ」
「みな、貴方と同じ様に大きいのか?」
「大キイ?我より大キイモノイルゾ。小サキモノモイルゾ」
「多種多様?」
「もしかしたら、群体生命体も居るかもしれないわね」
結が助け舟を出す。
「空良。木星の一部生命体は、単体だと普通の単細胞的な生命体。確かな意思を持ちえないけど、群れる事で集団自我を発現させるのかも知れないわ」
結が要約して説明した。
「成る程。それで貴方方が此方へ来た目的を教えてもらえるだろうか?」
空良が尋ねる。
「我々モ、アナタタチガ、ココデナニヲシテイルノカ、シリタイゾ」
第5惑星も質問する。
「そうですね。まず私達が第4惑星に来てしまった事から説明しましょう」
空良は、日本列島が消失したことによる第3惑星バランスの変動で、地球人類を始めとする生物が、絶滅の危機に瀕している事、火星でも突然転移した日本列島の影響で大変動が生じたが、大変動の結果、日本列島の人類が生き延びた事を第5惑星生命体に説明した。
「私達は地球の異変を鎮める為に、此処で小惑星を集めて日本列島と同じ質量の物体へ作り替え、地球に設置するのよ」
結が簡潔に結論を述べた。
「ナルホド。バランスヲトルノカ。ダガ日本列島ハ、3バンメニ戻ラナイノカ?」
「戻れないのよ。何時何処へ行くのか、誰も分からないわ」
「難儀ダナ。4バンメモ、ソノウチオカシクナルノカ?」
「そうならないように、第4惑星の分もいずれ作る予定よ。此処で小惑星を集めるのは不味いかしら?」
「モンダイナイ。ムシロ我々ノトコロモ、ナントカシテホシイゾ」
「貴方達が困っている?」
訝しむ空良。
「4番目カラ、沢山ノ熱い石ガ飛ンデキテ落チタゾ。我々ノ星ト合ワナイノデ、少シズツ腐リハジメテイルゾ」
「火星最大火山から噴出した火山弾ね。腐り続けると最終的にどうなるのかしら?」
「光ノ球カ、暗黒ノ球ニナルゾ」
「恒星かブラックホールになってしまうみたいですよ!」
状況を理解した空良が慌てる。
「木星の組成で其処まで行くのかしら?……拙い状況ね」
思案する結。
「ナントカナルカ?」
「……何とかするわ。その代わり、ここで働いていた人達を元の状態へ戻してして貰えるかしら?」
結が作業船団の正常化を求める。
「ワカッタゾ。ミンナ眠ッテイルダケダゾ」
了承する第5惑星。
「そう。じゃあ、すぐに起こして頂戴」
「ワカッタゾ。ソノ後ハ?」
「そうね。貴方達が言う、腐っている所とやらに案内して頂戴」
「ウム。デハコノ人形ヲツウジテ、案内スルゾ」
「艦の中に入れても大丈夫かしら?」
結が高瀬に判断を仰ぐ。
「問題ありません。通常手順として真空菌の消毒はしますが、大丈夫ですか?」
「モンダイナイ」
「それと、貴方達の所へ行くのに、私達だけでは時間がかかるわ。一緒に連れて行って貰えるかしら?」
「モンダイナイゾ。大切ニ運ブゾ」
「助かるわ。ところで、貴方達の事をどう呼べば良いのかしら?」
「ヨブ?」
「貴方の名前よ」
「……ナマエカ。名乗ッタコトナドナイゾ」
「私が名付けてもいいのかしら?」
「タノム」
「そう。じゃあ、木星スライムでどうかしら?」
「……オマエタチハ我を木星と呼ブカラカ?」
「そうよ」
「……ヒネレヨ」
「なんか言った?」
「……イイナマエダゾ」
木星スライムは意外と日和る性格だと、結は思った。
「……貴方。ところどころ言葉がおかしいわね」
「コノ人形ノ理解スル言葉ダト、ソウナルゾ」
「成る程。ツルハシの反省会は、盛大になるわ」
「カンベンシテホシイゾ」
「今のはどっちの発言?」
「ツルハシ201912ダゾ」
「オマエ……オレヲ売るノカヨ」
「事実ヲ言ッタマデダゾ」
「憑代ニサセテヤッタダロウ?恩ヲ仇デ返スノカ?」
「恩ワ、オフデ返スゾ」
「電源ジャナエヨッ!」
アンドロイドと木星スライムが、一人でノリ突っ込みを器用にこなしていた。
傍目に見ると非常にうざい。
「ツルハシ201912!此処までよ。ツルハシステイ!」
「ワン」「オ、オウ」
「ワンと言った方はしばらくスリープモードよ」
「ワン」
「よろしい」
「結さん、木星まで仕切るとはパネぇっすね」
唖然とする、高瀬始め『そうりゅう』のクルー。空良は、面白そうにその光景を観察している。
結の指示で木星スライムは、作業船団を”解放”した。
『そうりゅう』前面の宙域に拡がっていた水生生命体は、次第に透明になっていくと、作業船団の艦影が確認出来たので、高瀬中佐が通信で船団に呼び掛けを始めた。
「こちら航空・宇宙自衛隊『そうりゅう』。救援に来た。生存者応答せよ」
『よく聴こえる。こちら『ホワイトピース』名取だ』
『こちらユニオンシティ空母『サラトガ』。此処は地獄なのか!?』
『プレアデス支援船団リアです。あの雲とコンタクト出来たのですね?』
『ミツルショウジサギョウチーム。……サギョウサイカイスルカ?』
各艦から次々と返信が来る。
『そうりゅう』オペレーターが、各艦とデータリンクを進め、混乱していた護衛艦やプラント船を鎮めていく。
「准将、ご無事そうでなによりです」
高瀬中佐はホッとすると、ホワイトピースの名取艦長に話し掛ける。
「我々はどうなっていたのだ?」
名取が、未だ狐につままれた様子で状況を確認してきた。
「木星からの生命体によって、眠らされていた様ですよ?」
「……」
高瀬の言葉に、名取達作業船団側は絶句するしかなかった。
「名取。結よ。其方でまだ目覚めない人がいるのかしら?」
『バイタル異常なし。皆、生きています!』
「良かったわ」
『救援、感謝します』
「私達はこれから木星に行くわ。貴方達は無事をダイモス基地に伝えておいて」
『了解しました。ご武運を――――――』
『こちらゼイエスだ。結、私も連れて行ってくれないか?』
プレアデス支援船団からゼイエスの通信が割り込んで来る。
「マスターも来る?」
結が訊く。
『もうすぐ、其方に着くよ』
既に宇宙服を着てホワイトピースから出てきたゼイエスが、いそいそと『そうりゅう』の甲板に着地しようとしていた。
「名取准将、リア艦長、我々は木星スライムの案内で、木星の被害状況を確認して参ります。データリンクはオンでお願いします」
『分かったわ。此方はプレアデスコロニー本部に応援を要請します。第5惑星に介入するとしたら、私達だけでは権限も手段も不足すると思われますので』
応えるリア艦長。
「木星スライム。私達の通信は貴方の星に行っても通じるのかしら?」
「モンダイナイゾ」
「それじゃ、高瀬、空良、行くわよ」
「「イエス、マム!!」」
「……結さん木星人だけじゃなくて、救援部隊まで仕切り始めたなあ」
『そうりゅう』発令所で、ささやかな胸をフンスと張る結を、後ろから眺めながら艦長が感嘆のため息をつく。
やがて、『そうりゅう』の船体を包み込む様に、自らの体内へ取り込んだ木星スライムは、襲来した時と同じ猛烈な速さで木星に向かった。
艦内に戻った結達は、宇宙空間では感じる事の無いジェットコースター並みの異常なGを体感して驚嘆していた。
「……グエッ」
お腹を引っ張られる様なGを全身に受け、結は珍しく吐きそうになっていた。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m
【このお話の登場人物】
・大月 結=マルス尖山基地人工知能。美衣子の妹分。
・空良 透=国立天文台所長。
・高瀬 翼=航空・宇宙自衛隊機動兵器部隊隊長。中佐。
・名取=航空・宇宙自衛隊強襲揚陸護衛艦『ホワイトピース』艦長。准将。
・ツルハシ201912号=ミツル商事宇宙建設作業アンドロイド。木星スライムの思念体に思考中枢を同居させている。
・木星スライム=第5惑星に居る知的生命体の一つ。広大なガス雲の様な形態。テレパシーを使って意思疎通が出来る。
・ゼイエス=マルス人。マルスアカデミー特殊宇宙生物理学者。
・リア=マルス人。アステロイドベルト支援船団隊長。




