巨大ワームの脅威
――――――【地球南太平洋フィジー諸島沖 ユニオンシティ メガフロート『マリーン・シティ』 地球復興局会議室】
海上都市マリーン・シティに在る地球復興局では、地球復興計画に携わる科学者や各地域の代表者が集まって復興計画のスケジュール確認を行っていた。
「改良版コウノトリを使った衛星軌道ジャンクションへの石灰石輸送は順調です」
「ラグランジュポイントで建設中のハイパーループ貨物システムは、建設進捗状況30%です」
淡々と輸送部門の代表が報告していく。
「北米・ヨーロッパ方面では避難民キャンプの食糧事情が悪化しています。軌道上からの物資投下で、辛うじて飢餓状態を免れている状態です」
復興局難民高等弁務官事務所の所長が窮状を訴える。
「現地調達出来んのかね?」
「大地は火山灰で覆われ、強酸性の土壌に変質しています。どうしろと?」
高官の問いに反応する科学者。
「海が有るではないか!まだ幾ばくかのイルカやクジラでも居るのではないのかね?」
地球復興局長のマッカーサー三世が事も無げに言う。
「イルカやクジラは高い知能を持つ高等生物です。捕鯨活動の再開など前時代的で野蛮です!!」
かつて反捕鯨団体メンバーだったヨーロッパ避難民代表が反発する。
「これから我々人類が地球を再生させるのだ。その為には生きるための糧が必要なのだ。クジラやイルカに任せて、地球の再生が出来るのかね?」
マッカーサー三世が冷徹に問う。
「今は泣き言や綺麗事を言って、誰かが助けに来るのを待つ状況ではないのだ。自分達でどうにかする他あるまい」
マッカーサー三世の正論に避難民代表は反論できなかった。
「マッカーサー局長。ミツル商事海洋養殖部門の岬と申します。
我が社が火星海洋上で養殖している海老や貝、マグロ等は順調に生育しています。地球でも同様の施設を設置して試してみては如何でしょうか?」
ミツル商事海洋養殖部門の岬渚紗が提案する。
「おお、日本の著名な海洋生物学者殿か。火星での養殖は成功したのですか?」
「ええ、お陰様で。今は規模を拡大して、食料プラントとして生産量を上げる様に試行錯誤中です」
マッカーサー三世に答える岬。
「ふむ……いいだろう。だが我々の物資不足は慢性的で、其方へのサポートが出来ないのだ。貴女の所で全て手配出来るならば構わない」
岬に養殖を許可するものの、支援出来ないとマッカーサー三世が釘を刺す。
「ありがとうございます。我が社と提携している宇宙貨物便で手配します」
「済まんな。それと、くれぐれも火星の生物を持ち込んでくれるなよ?」
「どういう意味でしょうか?」
思わず訊き返す岬教授。
「巨大ワームとか小さい奴が居るではないか。火星の海老や貝に混じっていたらどうするのかね?」
小姑みたいな事を言うマッカーサー三世。
「魚の餌として地球産ワームを飼育していますが、それも駄目でしょうか?」
「地球産であれば問題なかろう」
「いやー局長。でも、それは遅いっスよ!」
岬の隣に今迄大人しく座っていた瑠奈が、マッカーサーに告げる。
「どういう意味かね」
眉をひくつかせるマッカーサー三世。
「地球には、大昔から火星からの隕石が落下してるっスよ?確か旧NASAも知っている筈ッス!」
「隕石は、大気圏で大部分が燃えている。あの高温を切り抜けられる訳がない。ナンセンスだ!」
瑠奈の指摘を切り捨てるマッカーサー三世。
「そうっスかねぇ~。火星の生き物は逆境に超強いっスよ?局長も、最初のアルテミュア大陸上陸作戦で学んだのではないッスか?」
火星生物の厄介さを説く瑠奈。
「……ワームが隕石に紛れ込んでいたというのかね」
マッカーサー三世が訊く。
「第二次アルテミュア上陸作戦以降、火星では巨大ワームが極小ワームの詰まった岩石をICBM(大陸間弾道弾)の様に、遠距離から発射するようになりました」
岬が説明する。
「その様な火星原住生物の詰まった岩石が極地等に落下して、生きたまま凍結されていたとしたら?……大変動で溶解した氷床の中にその岩石が有るとすれば、永い眠りから醒めて成長しているかもしれません」
岬が火星生物の地球繁殖可能性を指摘する。
「……」
岬の指摘を受け、深く考え込んでしまうマッカーサー三世。
「そういうことで、食糧問題はミツル商事のご尽力に期待するとしましょう。次に、アジア・アフリカ閉鎖地域における武装勢力掃討作戦ですが、ミツル商事警備保障部門の方から報告を――――――」
マッカーサー三世局長が沈黙してしまったので、議論が収束したと判断した局員が次の議題へと討議を進めていく。
岬と瑠奈は顔を見合わせてため息をつくと、机上の議論だけしかしない長丁場を耐えるのだった。
この会議場に居る地球復興局=ユニオンシティ関係者は誰一人として、自らの発言を行動で示す事はしていなかったのだ。
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――――――【南太平洋 旧ビキニ環礁跡 ユニオンシティ防衛軍アーレイバーグ級イージス駆逐艦『フィッツジェラルド』】
「地磁気異常と海底に沈む放射能汚染された船の残骸からの放射線で、従来の航法システムが乱れています」
航海士が副長に報告する。
「現在地点の推測は出来んのか?」
副長がが航海士に訊く。
「パトロールコース通りに航行したとして、ビキニ環礁至近です」
「核実験の名残か?」
「……おそらくは。実験で沈没した、多くの標的艦が散在しているはずです。座礁を避ける為に微速前進します」
「オーケー。進めてくれ」
この旧アメリカ海軍イージス駆逐艦は、メガフロート海上都市『マリーン・シティ』の航路が安全であることを確認するため航路を先行している。
慎重に艦を進めていくと、唐突に駆逐艦のソナーが反応した。
「ピン、ヒット!距離150、深度70。大きいぞ!IFF識別該当なし!アンノウン!」
ソナー担当が声を上げる。
「総員臨戦態勢!爆雷戦用意!シーホーク(対潜哨戒ヘリ)を出せ!」
すかさず艦長が指示する。
「CIC(戦闘指揮所)!スクリュー音解析まだか?」
「解析不能!」
「何だと!?」
「目標はスクリューを使っていません!」
「電磁推進システムか?」
「火星人以外に実用化した国は、聞いた事がありません」
「シャチかクジラか?」
「大きすぎます。全長200m、航跡ジグザグ。くねりながら進んでいる!?」
困惑しながら艦長に答えるCIC(戦闘指揮所)要員。
「……信じられん。海蛇でもあるまいし」
思わず呟く艦長。
「アンノウン深度上昇、本艦に接近」
「CIC!艦長だ。シーホークから曳航ソナーで探知、迎撃せよ。全艦武器使用自由!」
イージス駆逐艦フィッツジェラルドから、ソナーを吊り下げたシーホークヘリが発信すると駆逐艦右舷を前進していく。
次の瞬間、艦橋で海面を警戒していた艦長以下は信じがたい光景を目撃した。
シーホークヘリ真下から、突然ピンク色の巨大な筒が海面高くまで突き破って現れると、シーホークヘリをブベッ!とひと飲みしてあっという間に海中へ沈んだ。
瞬きする間の出来事だった。
「マイゴット!何だ、今のは!?」
パニックを起こす航海士。
「落ち着け!マリーンシティに緊急連絡!我巨大生物の襲撃を受けつつあり!我—――—――」
唐突にピンク色の巨大ワームが海面を突き破って現れると、駆逐艦の艦橋に突き刺さってズズズッ!と艦長以下将兵を体内に勢いよく吸い込んでいく。
艦橋を喪失してコントロールを喪ったフィッツジェラルドは生き残った将兵が救命ボート乗船前に、破損したブリッジ残骸からショートした火花が上甲板格納ミサイルに引火、大爆発を起こして轟沈した。
生存者は居なかった。
♰ ♰ ♰
――――――【南太平洋 旧フィジー諸島沖 ユニオンシティ・メガフロート『マリーン・シティ』】
「あれ?おかしいっス!」
瑠奈がメガフロートに上陸して整備中の水陸両用戦闘艦『マロングラッセ』のブリッジで計器の異常に気付いた。
瑠奈の習性を習得したアンドロイド軍団は、訓練に励むイスラエル兵士を尻目に昼寝をしている。
「どうしたお嬢?」
一緒にブリッジのパネルを点検していた、相棒のワイズマン中佐が訊き返す。
「いやー、ワーム探知システムがさっきからビンビン反応してるんスけど?」
首を捻る瑠奈。
「女の子が変な言い方するんじゃない!どうせ瑠奈が会議で余計な事を言ったからだろう?」
「あんまりッス!」
「マジになるなよ。お嬢のことだから、どうせコンソールにポタージュでもこぼしたんだろう?」
「違うっスよ!ペカ・コーラッスよ!」
「やっぱりダメじゃないかっ!」
二人がいつもの漫才をしていると、司令部付き将校が二人を呼びに来た。
「ミス瑠奈、ワイズマン中佐。ジョーンズ司令官がお呼びです。緊急事態です」
「何があった?」
一瞬で顔を引き締めたワイズマン中佐が訊く。
「海上都市の航路を先行していた駆逐艦が、ワームに襲われました」
「「なっ!?」」
二人とも絶句した。
瑠奈とワイズマン中佐が急いで司令部の建物に入ると同時に、海上都市全域に非常事態を知らせるサイレンが鳴り響く。
人類は火星に続き、地球に於いても巨大ワームの脅威にさらされようとしていた。




