セカンド・コンタクト
2025年(令和7年)12月24日【アステロイドベルトまで2万Kmの宇宙空間 航空・宇宙自衛隊 多目的護衛艦『そうりゅう』】
「高瀬中佐、建設船団の作業宙域まであと2時間で到着します」
発令所で艦長が調査・救援隊指揮官の高瀬中佐に報告した。
火星を出発した救援部隊は10日程で5億2,000Kmを航行し、アステロイドベルトに到着しようとしていた。
「ダイモス基地からの遠隔航行操作解除、コントロール此方へ戻せ。パルスエンジン停止、水素エンジンに切り換えろ。速度を落として近づくぞ!」
高瀬が艦長に指示する。
「作業宙域まで20,000Km」
「全周波数で作業船団に通信を」
高瀬の指示に対し、オペレーターが首を横に振る。
「ダメです、応答なし」
「諦めるな!呼びかけを続けるんだ」
「……結さん。あの雲は、何だと思いますか?」
発令所のスクリーン一杯に拡大された、アステロイドベルトを覆い隠すガス雲を指して空良が尋ねる。
国立天文台所長の空良は、防衛省から要請されて調査・救援隊に参加していた。
「……分からないわ。でも、普通のガスや星間物質では無い様ね。どちらかと言うと、生き物の様な気がするわ」
結が、スペクトル分析を行いながら応える。
「生き物ですか……。うーん、生き物ねぇ……」
顎を摩りながら、針路前方一杯に拡がるガス雲を見詰める空良だった。
♰ ♰ ♰
――――――【アステロイドベルト 人工日本列島中部 糸魚川地殻形成作業区域 M-87】
ミツル商事チームの派遣マルス・アカデミー・アンドロイド達は、作業中に第5惑星から急速接近したガス雲に呑み込まれ、コントロール船の指令コマンドが中断された為、自動的にその場でスリープモードに入っていた。
ツルハシを振り上げた格好で静止していた1体のアンドロイドは、スリープモードにも拘らず外部からの干渉を受け、とある行動を始めようとしていた。
そして、3番目の子供達が居る宙域に手を伸ばした”5番目の存在”は、更に此方へ接近してくる3番目の子供達を見つけた。
5番目の存在は、3番目と4番目の子供達から情報を収集したが、どうやら3番目の住人が予期せず突然4番目に移ったらしい。
また、4番目の子供達は既に他の家族を探しに外界へと旅立っていったらしい。
太陽系形成以来"幾度となく"繰り返された歩みでもある。
しかし、何故アステロイドベルトなんぞに子供達が居るのか、”5番目の存在”はよく分からなかった。
5番目の存在は、新たに接近してきた3番目の子供達から答えを見出そうとして、4番目の"人形"を憑代に使う事にするのだった。
♰ ♰ ♰
――――――【航空・宇宙自衛隊 多目的護衛艦『そうりゅう』発令所】
「アステロイド作業宙域まであと12,000Km」
「機関停止、慣性航行」
「アイ。慣性航行」
「ドローンを出せ」
「ドローン出します!」
高瀬の指示で、艦首宇宙魚雷発射管からドローンが射出された。
ドローンは、アステロイドベルトに近づくと、炭素ガスを逆噴射して減速しながらガス雲へ近づいていく。
「……ガスと接触!」
「操縦を替わるわ」
結が、ドローン操縦と、調査機器の操作を始めた。
「まずは、ドップラーレーダーね」
「……反応なし」
「次は赤外線センサーでガスの温度を測るわ」
「サーチ。温度分布、表面部35.5度。内部は15度から3度。湿度99%以上?水?……ぬるま湯が拡がっている感じかしら?」
首を捻る結の後ろで、モニターを覗き込む空良は、驚きを隠せなかった。
真空での温度は、絶対零度、-270度であるというのが今までの通説だった。
「宇宙空間で液体がなぜ存在できるのでしょうか?」
空良が結に尋ねる。
「ただの物質ならそうでしょうね。でも生命体として分子同士の繋がりが有機的に保たれているのなら、或いは」
答える結。
「マジですか!?」
「マジよ」
「……ドローンをもう少し中に進めるわ」
ドローンはゆっくりとガス雲改め、アメーバの様な水性体の内部に進んでいく。
その時、ドローンの先端に突然何かが飛び出して来て取り付いた。
「ドローン、ガス雲内部で物体と衝突!」
「デブリか!?」
発令所に緊張が走る。
「デブリ解析。セラミック純度98%、マルス・アカデミー・コード識別。ミツル商事派遣アンドロイド・ ツルハシ201912号よ」
結が応えた。
「作業場所から流されてきたのか?」
高瀬が呟く。
「マルス・アンドロイド・ツルハシ201912号から緊急コール。コネクトしますか?」
「許可するわ」
通信オペレーターの問いを受けると、傍らに居た高瀬が頷いたので了承する結。
「ツルハシ201912号からメッセージ受信。『我々5番目は3番目に興味がある』との事です」
「空良さん!」
高瀬が空良に対応を相談する。
「恐らく、太陽系第5惑星に関係する何らかの存在でしょう。
こんな処でジョークを仕掛ける存在など、何処にも居ないでしょう。
高瀬さん!地球人類がマルス・アカデミー以外の知的生命体にファースト・コンタクトする機会です!」
空良が対話に応じようと高瀬に提案する。
「対話に応じた方が、行方不明者の捜索・救助が捗るだろうな。対話しよう!」
高瀬が決断する。
「メッセージ返信します。『こちら第3惑星地球人類。其方の存在と対話を希望する。対話手段について確認したい――――――』」
地球人類にとってマルス・アカデミーに続く、セカンド・コンタクトが始まろうとしていた。




