上臈姉小路・参
(アネゴが頭を離れません。憑依されたんでしょうか?)
ということで、上臈姉小路・第三弾です。
前回、万治二年(1659年)竣工の、現存すればまちがいなく世界遺産登録だった江戸城本丸御殿をさっくり焼きはらった、『十九世紀の巨神兵』こと姉小路さま。
焼死した奥女中や萬里小路さんなど被害者多数でしたが、一方で、その恩恵にあずかった人もいました。
それが、今回のお相手、老中首座・水野忠邦さんです。
『天保の改革』のリーダーとして有名な御方ながら、評判はあまりかんばしくない水野ッチ。
過激な綱紀粛正、民のためより幕府延命をはかった改革は、天保十四年閏九月、水野の老中罷免をもって頓挫。
ところが、本丸焼失の翌年――天保十五年、ときの老中首座・土井利位が御殿再建費用の集金に失敗して更迭され、水野にまさかの召還が!
じゃあ、カムバックのきっかけを作ってくれたアネゴに感謝感激雨アラレだったかというと……とーんでもないっ!
じつは、前年の失脚には、アネゴも一枚かんでいたようなもので、水野的には「ケッ! あの姉小路のせいで、また面倒なことに」とハラワタ沸騰だったでしょう。
では、ふたりの間になにがあったかといいますと……。
水野が老中首座として、バリバリ改革に燃えていたころのこと。
当時、幕府の財政は、オットセイの放漫経営、贅沢三昧、膨張しつづける後宮のおかげで破綻寸前でした。
将軍位を息子・家慶に譲って引退したあとも実権を手放さなかった家斉公が、天保十二年閏一月にやっとくたばり、満を持して改革をスタートした水野ッチ。
肖像画からも、神経質そうなニオイが伝わってくる水野は、コメカミに青筋をたて、大奥のラスボスに大幅な宮廷費削減要求を突きつけました。
とはいえ、心の中では(どうせ、ギャーギャー反対すだろうな。マジ勘弁……)と、覚悟はしていたいたのですが、
「ですよね~。はいはい、わかります、わかります」
予想を裏切り、オバチャン好感触。
「……ありゃ!?」
(意外とイケそうじゃね?)と、ついつい油断。
すると、アネゴは突如、
「ねぇ、水野さ~ん」
アヤシゲなほほえみをたたえ、切りだす裏社会のドン。
「大奥の女って、かわいそうだとは思いません?」
「え……なにをいきなり?」
ウサンくささプンプンの空気にたじろぐ水野ッチ。
「だって、オトコもオンナも同じ人間。異性のことを思ってムラムラするのは、オトコもオンナもお・な・じ」
「それは……まぁ……ねぇ」
(なんか、ヘンなこと言いだした……)
「でも、大奥に入ったら男子禁制。ペットさえメス限定なのよ!」
「……はぁ」
「このポッカリあいた胸のさびしさ、もてあましたカラダの熱り……せめて、おいしい物やキレイな着物で満たさなきゃ、やってらんないわよぉ!」
「カ、カラ……熱……って!」
ストレートすぎる表現にオタオタするご老中。
「ち、ちょ、姉小路さん! この小説、R指定してないんだから、発言には注意してもらわないとー」
「えー? どーしてー? ウソじゃないわよー? アタシなんて、大奥の決まりで、一生『お清』(処女)のままだもーん」
(ちなみに、一度でも将軍さまの御手がついたオネーサンは『汚れた者』とよばれます。汚れたって……『汚染源』は将軍しかいないのに……)
「ところで」
ムフムフと妙な笑いをうかべるアネゴ。
「水野さん、側室、五人もいるんですってね?」
「ぅげぇーーーっっっ!!!」
「あら~、いいわね~、お盛んね~、うらやましいわ~! それじゃ、独り寝のムラムラなんか、全ッ然、理解できないわよね~?」
「……ぅ……」
「アタシたちなんて、満たされぬ思いを物でうめるしかないのに。『ゼイタク』『金づかい荒い』とか言われちゃうのよねぇ」
「…………」
イタイところを突かれちゃいました。
「水野さん、自分はさんざイイ思いしてるくせに、他人の楽しみは平気で奪うんだ? へぇ~? ふ~ん? ほぉ~?」
「あ……も……もう……この話は……いいです」
てなことで、上臈姉小路、予算折衝に勝利!
結局、宮廷費削減に失敗した水野さんは、各方面でも行きづまり、(たぶん)アネゴの暗躍もあって、政権の座から引きずり降ろされてしまったのです。
天保十三年、奇跡の復活をはたした水野は、気合入れまくった改革で挫折した時点ですでに燃えつきて灰になっており、もはや使い物にはなりませんでした。
前回の失敗でメンタルもすっかりやられていたのか、再出仕後は頭痛・下痢・発熱などの理由でたびたび欠勤し、結果、塩大福ら同僚にガーガー非難され、家慶から二度目の更迭をくらい、政治家として今度こそガチで終了。
どうやらオッサン、天保の改革のときに、巨神兵に内面を完璧に焼きつくされていたもよう。
そして大奥最恐伝説には、新たな被害者名がまたひとつ刻まれたのでした(合掌)。




