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烈公・徳川斉昭公

 本日は、将軍継嗣問題について。



「で、なんであんなにモメたんだっけ?」と、誰もが一度は思う(?)幕末一の大騒動ドタバタのことです。


 これは、烈公こと水戸斉昭が元凶ではないでしょうか。


 逆にいえば、慶喜くんがこの人の息子じゃなかったら、案外すんなりイケたのでは?


 なにしろ、慶喜擁立については、徳川最大勢力――大奥の女性陣が大反対していたのです。


 ふつうに考えれば、歳は十代後半。

 当時としてはそこそこのイケメン。

 血筋は、オットセイさんの孫・慶福(のちの家茂)に比べれば将軍家本流から遠いものの、御三家のパパと、宮家のママという立派な出自。


 大奥のオバサマたちのウケも悪くないと思えるのですが。


 ところが、最大の問題は、この子の実父オヤジ


 こいつがとんでもないエロジジイだったからいけないんです!


 そのとばっちりで慶喜くんは、一番敵にまわしてはいけないグループからノーを突きつけられるハメに。


 じゃあ、烈公=エロジジイと思われた根拠はというと、


①兄嫁(オットセイ将軍の娘)付きの大奥上臈(一生処女を貫く決まり)を襲って、孕ませてしまった(事実)


②息子の嫁(家慶養女で、京の宮家の姫)を襲い、それを苦にした嫁が自殺(うわさ)


③多くの妻妾(子供を産んだだけで十人)に子供が三十七人(事実)



③は当時の大名としてはOKながら、女には不自由してないのに、なんでわざわざ①②?な疑問が。


②はうわさなのですが(とはいえ、複数の記録があり、事実の可能性も)、これを聞いた世間は、


「まさか。ないない!」ではなく、


「あー、あの人なら……あるある」だったのです。


 このころ、すでに斉昭さんには、

「相手が将軍家の姫だろうと、他人の嫁だろうと、お清の上臈だろうと、ムラムラしたらノンストップ男」と思われていたのです。


 エロさんがまだ四十代半ばの、藩主として脂の乗りきった時期に、幕府から強制隠居を言い渡された背景には、このスキャンダルがあったのでは、ともいわれています。


(さすがに公式記録上「下半身的な問題で強制隠居」とは書けず、「いきすぎた藩政改革のため」とされていますが)


 でも、それがなんで大奥からの反発につながるのかというと、大奥は将軍以外、絶対男子禁制のイメージですが、案外そうでもないからです。


 ここには、御三家・御三卿・大奥に肉親等がいる大名は入れるのです。


 なので、エロジジイの息子・慶喜が将軍になったら、実父エロさんは将軍関係者として、堂々と大奥に出入りできるではありませんか!


美女千人、よりどりみどり、好きなだけ押し倒したい放題!


たとえるなら、金魚の水槽にピラニアを放流するようなもの!


いつ何時、食われるかわからない緊急事態っ!


金魚たちが大さわぎして反対するのは当たり前なのです。


ってことで、将軍継嗣問題では、大奥は慶福支持一色となりました。


一方、『一橋派』の男性陣は、そのへんの受け止め方がちがうらしく斉昭・慶喜を支持。


結果は、女性陣から「生理的にムリ!」と思われた側が敗北したのです。


烈公オヤジ……エロエロはほどほどにしておけばよかったのに。

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