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道化王子の三文芝居3

王宮には、各部屋の暖炉から灰を集めるための裏通路がある。

夜も更けた頃、ルナールの手引き通り護衛が一瞬いなくなった。その隙にクロッドは灰の通路に忍び込み、集積場となっている古い塔を抜けて外へ出た。


埃っぽい場所からようやく出られ、大きく息をつく。吐き出した息が白くたなびいた。暦の上ではまだ〝落葉の月〟だが夜気は冷たく、クロッドは大きく身を震わせて外套の襟を掻き合わせる。


「あれ?……ここは」


明かりがないため分からなかったが、ここは王宮の外れにある庭。ドロシーが在城のときに使っていた部屋の裏庭だった。


――こんなところに繋がってるとは知らなかった。最後に来られてよかったなあ。


以前は草が生い茂った廃園のようだった裏庭は、すっかり美しく整えられていた。

眩い月光の下で文様を描く木立の影が揺れ、小鳥が羽を休めるよう小さな水鉢も備えられ、あちこちには隠された宝石のように小さな春の花が咲いている。


庭を作り替えたのは、クロッド自身だった。


このドロシーの部屋は、王宮で行われる王子妃教育の休息用として側妃が指示したのだが、あまりに殺風景で庭はひどいありさまだった。


せめて少しでも気分が休まるよう、こっそりクロッドが庭に手を加えていった。夜毎に草を刈り、花を植えるのは楽しい作業だったし、悲しいことも寂しいことも忘れられた。ドロシー嬢のことだけを考えていられた。


裏庭で小鳥を見つめる穏やかな眼差し、考え事をしているときに指遊びをする癖、退屈している合図は髪に触れ、心動かされたときはほんの少し唇を噛む。クロッドが他の女性をエスコートしている際には傍目には分からないくらいかすかに頬を膨らませている。


なぜ『人形令嬢』なんて呼ばれているのか、実のところクロッドにはよく分からない。婚約破棄のときは悪口として使ったけれど、本来は完璧すぎる彼女への愛称なのだろうと思う。


美しくて賢くて感情豊かな、素晴らしい自慢の婚約者。


「もっとなにかしてあげられたらよかったな」


ルナールを王太子にして自分は身を引くと決めてから、クロッドはできるだけ彼女と関わらないようにしていた。本人の資質もさることながら家柄も申し分ないドロシーは、本来いい相手をいくらでも選ぶことができる立場だった。なのに、王命でお荷物の王子をあてがわれてしまったのだ。これ以上彼女の時間を奪うのは気が引けた。


せめてもの罪滅ぼしでドレスや宝飾品を折に触れて贈った。もちろんクロッドからだとはバレないよう王宮からという名目で。贈り物はどれもこれも彼女にとても似合っていた。夜会で周囲がドロシーに見惚れるたびにこっそり胸を張ったものだった。


「……一度くらい彼女をエスコートしてみたかったなー……なんて」


こみあげてきた感傷を強く振り払う。


――みっともないこと考えるな、迷惑しかかけてないくせに。


これでドロシー嬢は幸せになれるんだ、とクロッドは明るく考えた。


――最後にやっと彼女の役に立てる。彼女もルナールと結婚して王妃になれるなら許してくれるだろう。私の婚約者だった暗い過去を払拭して、いつか笑い話にしてくれるといいな。バカな王子の婚約者は大変だった、って。


「さて、早く行かないと」


最後に生まれ育った王宮を目に焼き付けて、小さな裏木戸から森へ向かった。



※※※



合流した案内人と獣道を進む。


徒歩を覚悟していたが、案内人は愛馬のラビを連れてきてくれた。夜道でもラビの白い体はくっきり目立って頼もしい。よく知っている森だが、深夜に歩くのは初めてだ。


「こちらの方向でいいのか?街とは反対だが」


「ご指示通りです。もう少し先に馬車が用意してあるので」


口数の少ない案内人について小1時間歩くと、湖のほとりに出た。青い松明が灯され、数人の人影と馬車が1台見えている。


なんとなく妙な感じがした。

一見荷馬車のようだが、御者席の後ろには物々しい覆いがかけられており、覆いの隙間からは鉄格子の嵌った小窓がのぞいていたのだ。


道化王子の喋り方が吹っ飛び「えーと」と呟いてしまう。


「アレ、護送用に見えるんだが……偽装のためかな?」


案内人は答えず、さっさと馬から降りて男たちと話し合っている。ラビに湖の水を飲ませて木に繋ぎ、クロッドもおそるおそる男の近くに寄る。案内人が振り返った。


「案内はここまでです、クロッド殿下。どうかお元気で」


「ここまでって……大回りして町へ戻るのか?」


案内人は笑い混じりに答えた。


「そんなわけがないでしょう。貴方はロワン島にあるベーテン監獄に行くんです。それも最下層にね。まさか本当に逃げ出せると思っていたわけじゃないですよね?王族の責務を捨てて自由に生きられるとでも?」


胸倉を掴まれ、地面に突き飛ばされた。


「殺されないだけ感謝しろ。高貴なる方のお慈悲だ。生きているうちはもう二度と日の目を見られないと思え」

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