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道化王子の三文芝居2

――ルナールを王太子にするの、むしろ大賛成なんだけどな。


ルナールは幼い頃から王になることを目指してきた。


クロッドとしては、自分よりずっと優秀でやる気のあるルナールが王太子に――ゆくゆくは王になることは大いに賛成だ。もちろん父にも伝えているが信用されていないらしい。


クロッドに王位継承の意思なし、と早い段階で公表してくれればよかったものを、時がたつにつれ貴族らはそれぞれの派閥に分かれ、さらに穏健派や強硬派に分かれ、もはや手に負えなくなっている。

王弟のセルペンス叔父上が高貴な血統の王位継承を熱望しており、他国の王女であった正妃の実子クロッドを王太子にと推挙してやまないのも問題をややこしくした。


そのため、密かに兄弟間で話し合い、クロッドが王太子にふさわしくない振る舞い――傲慢で女好きでいい加減な『道化王子』の演技をすることで、王弟率いる第一王子派を緩やかに自然解体させるのが狙いだったのだ。


――なのに、まさかまだ諦めないなんて。叔父上は悪い方じゃないんだけど、私の話はちっとも聞いてくれないし……なによりドロフォノス一派を敵に回してまで、血統継承にこだわる必要あるんだろうか。


クロッドは、ただ生まれた順番がルナールより早くて、母が王族だったというだけ。ルナールの御母堂だって我が国の伯爵家でなんら見劣りしない家格だ。そもそも道化を演じるまでもなく、どう見ても王の素養なんて自分にはない。なにもかもルナールに劣っているのだから。それでも叔父の意志が変わらないのが不思議だった。


――本当に……私がいなければ全部うまくいくのにな。


「……ねえ、兄上。いっそ逃げ出すっていうのはどう?」


クロッドが顔を上げると、ルナールが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「逃げ出す?ここを?」


「つまりね、駆け落ち。今のタイミングだからこそピッタリだと思うんだ。議会に掛け合ったのに婚約を破棄できなかった兄上は秘密の愛人と逃げ出した。そういう筋書き。今度こそドロフォノス家はカンカンに怒るだろうし、兄上の信用はさらに失墜。いない人間のことは叔父上も立太子させられない。来月にはボクの成人の儀が終わって、冬の大議会がある。うまくいけばそのとき叙任承認になるかも」


「な、なるほど」


「で、兄上はしばらく城下に隠れておく。叔父上はめちゃくちゃ探すと思うけど、ボクの協力者に頼んで絶対見つからないようにしてもらう。ほとぼりがさめたら兄上の希望通り平民になるなり、よその国に行くなり好きにすればいい。どう?」


「へ、平民に?なっていいのかな?」


「いいんじゃない?ボクはご免だけど」


クロッドの表情がみるみる明るくなる。


「それでいこう!さすがルナール!やっぱり私より王様に向いてるよ!」


「だよね。ボクもそう思う」


『駆け落ち決行日』については、早い方がいいため明日の夜になった。クロッドは浅慮で短気な人間だと周囲は思っている。謹慎になったことが納得いかず、突発的に出て行ったというシナリオはごく自然だろう。


「生活必需品はボクが隠れ家に全部用意しておくから最小限でいいよ。大金は危ないし、持ち出す物には注意してね。身分がバレないように慎重に。父上からの贈り物には銘や日付が入ってることも多いから」


「わかった、気を付ける」


とは答えたものの、クロッドが5歳のとき正妃である母が亡くなってから、父王からプレゼントをもらったことはないから心配いらなかった。なんならお祝いの言葉さえもらったことなかった。国民や他国の要人のほうが祝ってくれるくらいだ。


だから本当に必要なものは、母の遺品とドロシー嬢からの贈り物くらいだ。ドロシーが手ずから仕上げたという刺繍入りのハンカチを持っていこうと決めて、クロッドは改めてルナールに頭を下げた。


「ルナール、いろいろありがとう。ドロシー嬢のことをくれぐれもよろしく頼んだよ。彼女には苦労ばかりかけてしまったから」


「はいはい、わかってるよ。彼女にはボクの婚約者になってほしいからね。いつも通りちゃんとフォローするから心配しないで」


「よかった!!ありがとうッ!!」


ガシッと抱きすくめられ、ルナールは「やめてよ!暑苦しい!」と義兄を引っぺがす。


「今度は謹慎生活より大変な逃亡生活になるんだから、あんまりはしゃがないでよ。ちゃんと明日の夜までに準備終わらせて。みんなに怪しまれないようにね」


ひととおり小言を並べ、「じゃあ明日」とルナールはクロッドの私室を後にする。扉の前の護衛に挨拶してその場を離れると、ルナールは小さく笑った。



「ホントおめでたいな、あの道化」



自由になれると喜んでいた義兄を思い返すと、おかしくて仕方がない。


「まだ使い道があるうちは舞台から降ろすわけにはいかないんだよ。アンタにはボクの立場が盤石となるまで、ずーっと踊っておいてもらわなくちゃ」

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