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幕間2/愉快なドロフォノス一家

ドッドッドロドロドロフォノス~!み~んな強いぞドロフォノス~!

ドッドッドロドロドロフォノス~!だ~れも死なないドロフォノス~!


激しい雨音と無駄にイイ歌声のなか、クロッドは覚醒した。


「ドッドッドロドロドロフォノス~!」


「………………おはようございます、侯爵」


「おお!おはよう!実に爽やかな朝だよ、クロッド君」


ベッド脇にあるテーブルで、ドロフォノス侯爵が熱心にトランプで塔を作っていた。

今日も黒髪を一分の隙もなくピッチリ整え、光沢のある黒いジャケットにチョッキにマントまで羽織って、瞳と同じ深緑色のチーフに純銀のカフス、口髭は切っ先までピンと跳ね上がって、完璧な紳士っぷりだ。


「……さわやかな……大雨、ですね」


外はバスタブをひっくり返したような大雨だった。


「そうなんだよ!土砂降りだ!私は嵐が大好きでね!騒々しくて実にいい!何から何まで雨で黒ずんで、道が泥だらけになるのも愉快だ!今回はどこの川も氾濫しないといいな~!なんつって!はっはっはっはっは!」


いつもなら戸惑うところだが、今のクロッドは心底ホッとしていた。侯爵の爆笑を聞いていると、さっきまで見ていた夢が雨で洗い流されるように薄れていくのを感じた。


逃げ回ることしかできない惨めな王宮での生活、自分には不似合いな詩集の表紙、義母の苛立たし気な表情、好奇に満ちた視線、手を伸ばすどころか声もかけられない婚約者の後ろ姿、亡き母から投げつけられた言葉。

長い長い夢だった。雨の香りが思い出させたのだろうか。


「なんだい、まだおねむさんかな?だいじょうぶ?」


侯爵が手袋をはめた手をひらひらと振る。


「あ……すみません、ぼんやりして」


「いやいや、疲れてるんだろう。私などしょっちゅうボーッとして灰に戻ってしまいそうな時があるさ。ドロフォノス家のテーマソング523番にそのことを歌ってある。『灰から復活!ドロフォノス~』の部分だ。歌詞をあげよう。きっと気に入る」


不思議な人だ。侯爵だけでなく、ドロフォノス家の人たちは全員不思議だ。ドロシー嬢との婚約を勝手に破棄したことについて謝罪したときも、侯爵は「逆によかった」とか「ウサギにも反抗期がある」とかよく分からないことをおっしゃっていたし、夫人は仲直りのしるしだと言って、おそらく大型犬用だと思われる頑丈な首輪をくださった。犬を飼うような予定は全然ないけれど一応大事にとってある。ドロシーの兄であるディフェットは父母の寛大な対応に不満そうだったが、「私のことを『おにいちゃま』って呼んでくれるなら許すけど」と謎の妥協をしてくれた。まだ一度もそう呼んだことはない。


「ありがとうございます。ええと、それで、さっきまで……いや、昨日の夜……皆さんと一緒に談話室にいたと思ったんですが、なぜベッドに……私は眠ってしまったんでしょうか」


「ああ、多分酔いが回ったんだろうね。昨日夕食のあと蒸留酒を飲んで楽しくおしゃべりしただろう?そのとき、私が話の流れで君の首の後ろをトンってしたら、急に眠ってしまったんだよ」


「…………そうでしたか。失礼しました」


絶対首の後ろをトンされたせいで意識が飛んだんだ、とクロッドは思った。でも指摘はしない。指摘したら「いやいやそんなことないだろ。はっはっは」とか言いながらもう一回トンされるかもしれないからだ。お試しで気絶させられるのは怖い。ドロシー同様、ドロフォノス家の人たちはとっても力が強いのだ。というか、どういう流れでトンしたのか……。


そのとき、シャッとなにかが滑るような音がして、寝台の下から影が飛び出してきた。聖母のような微笑みを浮かべたディジーズ・ドロフォノス夫人だ。


「よくお眠りになれてよかったわ」


「今どこから出てきました!!??」


「果実水を持ってきたから召し上がってね」


「どこから!!???」


「細かいことは気にしない、気にしない!今日の朝食は部屋で食べるかね?パンケーキとクッキーのどちらがいい?卵はどうする?ソーセージは?フレッシュチーズに砂糖はかける?今朝のデザートは、ブラックオレンジのタルトに、チョコレートプディングに」


「食堂で頂くなら、お召替えをしなくてはね。実はこの間お見せした冬物の一揃いなんだけど、貴方の分も仕立ててもらったの。まだこちらにしばらくはいるんだもの。新しいお洋服が必要だと思って。貴方の調教しがいのある……ではなくて立派な体格に見合う良い出来なのよ。とっても似合うと思うから是非着てみてくださる?ね?」


「朝食のあとに予定はあるかね?ないなら、私と棒人間ゲームをしよう!最近家族の誰にも勝てなくて、父としての威厳を保つためにもそろそろ特訓しなくては」


「あらダメよ。今日はグリムザ商会が新作の香水を見せに来るのよ。せっかくこんな大嵐の日に来てくださるんだから、是非ともふたりにはご同席頂かなくちゃ」


「そこまでです」


今度は天井から、黒い影が音もなく舞い降りる。ドロシー・ドロフォノスが憮然とした顔で立っていた。


「せいッ」


手に持った霧吹きから、シュッ!となにかを噴射するドロシー。


「きゃあっ!聖水だわ、あなた!」


「ドロシー!イイ子だからやめなさい!そんな物騒なものを撒くのは!」


「お父様、お母様。ここから早急に立ち去ってください。かまいすぎたら殿下が弱ってしまうから、許可した時間以外は半径2メルトル以内に入らないお約束だったでしょう」


「だってぇ」と、夫人は口を尖らせる。


「怯えてる生き物ってとっても可愛いんだもの」「私は別に怖がらせるつもりはないぞ。ドロフォノスの一員になるかもしれない新しく小さな命を、少しでもリラックスさせてあげようと」


シュッシュッシュッ


「言い訳は結構。散ってくださいませ。はい、散って散って」


ドロフォノス侯爵と夫人は、きゃあきゃあと騒ぎながら出て行く。なんかちょっと楽しそうですらある。


「申し訳ございません、殿下。目を離した隙に両親が入り込んで」


「い、いや、私はかまわないよ。親切にして頂いただけだから。それより、今天井から……」


「そうだよ、ふたりとも。気にしなくていいさ」


視線をやれば、ベッドにドロシーの兄――ディフェットがバスローブ姿で寝そべっていた。ぽんぽんと自分の隣を叩く。


「クロッド、もうひと眠りしたらどうだい?」


「せいッ」


ドロシーが投げた銀のトレイは、みごと兄の顔面にクリーンヒット。ベッドの向こうに落ちたディフェットは静かになった。


ドロフォノス家に来て1ヶ月。

世の中には不思議なことがいっぱいあるとクロッドは学んだ。


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