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幕間2/嫌われ者の苦悩と願い ※過去のおはなし

――あーあ、しくじったな。お茶の用意も、暖炉の準備もしていなかったから、てっきり誰も使わないんだと思っていたのに。


サロンを離れた途端、どっと冷や汗をかく。


いつもラースカは、王宮を囲む外周庭園を散策したり、どこかのお茶会に招かれたり、観劇に行ったりと、あまり王宮内にいなかったから油断していた。雨の日はサロンで友人と過ごすことがあると、しっかり覚えておかなくては。彼女はクロッドの姿が少しでも視界に入ると苛立ってしまうので、クロッドは天気のよい日に庭を好きに歩くこともできなかった。悪目立ちする大きな身体が厭わしいが仕方がない。


ちらりと手に持ったままの本に視線を落とす。


(なるほど。詩集だと……気持ち悪いって言われるのか)


またひとつ、読めない類の本が増えた。

軍事史や宗教体系論を読めば危険思想でもあるのかと糾弾され、病理解剖学や循環天文学を眺めれば王族には必要ないと取り上げられ、画集や写像集は裸婦目当てだと眉を顰められ、仕方がないので連続幾何学証明論だの第一世界起源学だのという難しいのを選べば「意味も分からないくせに」と陰口が飛んでくる。そうだよ。読んだって意味分からないよ。でも、文句を言われない本がないんだからしょうがないだろう。


こんなとき義母のように友人でもいればな、と思う。

話し相手になってくれるし、外へ出る口実にもなる。でも、そんな相手がいたらきっと自分の下手な演技はすぐに見破られてしまうだろう。


――北領地に顔を出すよう、また叔父上から手紙が来てたし……もう少し暖かくなったら、いっそ本当に行ってみようか。ここにいるよりは邪魔にならないかもしれない。


しかし、いざ行くとなればきっと父はいい顔をしない。普段はいないものとして扱うくせに、王弟である叔父とクロッドが親密になるのも気に入らないのだ。『クロッドを嫌いな人ランキング』で2位が義母だとすれば、3位は父だ。


どれくらい嫌われているかというと、一緒に食事をとるのをイヤがられるくらいには嫌われている。


なので、クロッドは大抵自室で食事をとる。

でも、給仕人が室内にいると気が焦ってしまって、ほとんど飲み込むように終えるため、いつもデザートが食べられないのが悲しいところだ。どうしても全員揃って食堂で食べなくてはいけないとき(例えば儀式的会食など)は、気配を消して無になる。できるだけ早く食べ終えて、食事の最後に出される果物や菓子は断って、自室に逃げ帰る。やっぱりデザートが食べられない。いつか大きなパイをまるごと食べることが夢だ。


ちなみにクロッドにはお茶の時間はない。使用人たちが自分の世話をあまりしたくないことも分かっているから毎回断っていたら自然消滅した。


侍女の間では、クロッドに関わりすぎたせいで『強引に関係を迫られ、泣く泣く王宮侍女を止めた者が大勢いる』という噂が流れている。それで侍女らも二人きりになるのを極度に怖がっている節があり、余分な用事をお願いしにくい。今更「甘い物が食べたいのでお茶を用意してください」とは言えなかった。

なお、件の噂が「やったあ!王子様のお手付きだわ!」とハッピーニュースにならないのは、クロッドの日頃の努力――クソ王子の演技が実を結んでいると言えるだろう。全然嬉しくはないが。


そういうわけで、今は興味のある本も読めないし、気を遣わずに好きな物を食べることもできないし、思うように散歩もできない。気が休まるのは人払いをしてルナールと話すときと、侍従も寝静まった夜だけ。


――はやくルナールの立太子が確定して、用無しになりたいなあ。


それだけがクロッドの願いだった。


ルナールが王太子にさえなってくれれば、道化の演技をやめられる。弟が王様になる夢を叶えるためだけに、クロッドは王太子としてふさわしくないふるまいを――道化王子としての演技を頑張っているのだから。

クロッドを王太子に望んでいる叔父は多少ガッカリするだろうが、父と義母は喜ぶだろうし、自分は臣籍降下してとるに足りない一貴族になり少しは自由になれるだろう。クロッドが臣下になることでルナールの肩身が狭くなるなら、爵位を返上して憧れの平民になったっていい。亡き母の故国に移住するのも悪くない。

惜しいものはなにもなかった。


――心残りがあるとすれば、たったひとつだけ。


そこで、ふと人の気配を感じた。吹き抜けになった回廊の手すりに近付き、そっと階下を覗く。目に入ったのは麗しい黒髪の後ろ姿。


――ドロシー嬢。


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