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幕間/丘の上の小さな家で4

――いけない、集中しなくては。今日の分の殿下をまだ全然観察できていない。


ドロシーはぶんぶんと首を振って、うつ伏せの状態でクロッドの枕元で頬杖をついた。


この家に寝泊まりできるのは、ひと月のうち半分だけ。ドロシーは毎日ここに泊まりたいし、なんなら一緒に暮らしたいのだが、残り半分はドロフォノス侯爵家か、王領地になる前使用されていた領主館に戻るようクロッドに制限されている。その理由は、彼に言わせると「男はみんな狼だから」なのだそうだ。指一本触れて来ず、子供のするような口付けでさえ緊張する兎なのに気分だけは狼。合点がいかないが、あまりごねて月半分のお泊り権を減らされてはかなわないので、我慢して言う通りにしている。


貴重な観察時間、ドロシーは瞬きも惜しんでクロッドの寝顔を見つめた。


整髪料で長年固めていたせいかパサパサに傷んだ銀髪、冬でもミルクを入れすぎたコーヒー色に日焼けした肌。三白眼気味の赤眼が閉ざされると、元々の顔立ちがより顕著になる。吊り気味の太い眉、彫りの深い目元、通った鼻筋に薄めの唇、整っているけれど冷酷無慈悲っぽい悪党面。


ドロシーはパタパタと足を揺らす。


――わたくしの殿下、かわいーい。


昨日も、一昨日も可愛らしかったのに、このままではきっと明日も可愛い。ということは明後日も、来週も、来月も可愛いだろう。しかも殿下は可愛くなり続けている。一層可愛くなっている。これ以上?これ以上可愛くなるということ?留まるところを知らずに?


「……ッは~~~~~~~!」


堪えきれずに大きな声が出てしまう。

クロッドが身じろいだのに気付き、さっと自分の陣地(ベッドの左側)に戻るドロシー。


「う……な、なに……?まだ寝てないの……?」


「すみません、起こしてしまいましたね」


「かんがえごと?」


クロッドが眠そうに目をしょぼつかせる。


「ええ、まあ」


「いいこと?」


留まるところを知らずに可愛くなり続ける彼ピ(異論は認めない)がいるのは、はたしていいことなのか悪いことなのか。


「どうでしょう。悪いことかも」


「わるいことかぁ」


ふわふわとした口調。この様子ならまたすぐに眠ってしまわれるだろうと、ドロシーは一瞬だけ目を離した。




「わるいことするなら、わたしだけにしてね」




慈愛に満ちた囁きに、ドロシーはガバッと隣を見る。クロッドはすでに目を閉じて、深い寝息をたてていた。


ドロシーはプルプルと震える唇を噛み締める。


不死のドロフォノスなのに。千年も死と復活を繰り返しているのに。すっごく強いから、これまで思い通りにならなかったことなどないのに。


「……ッは~~~~~~~!!!燃え上がれ、わたくしの理性~~~!!!」


ドロシーは心の中で絶叫したつもりだったが、全部口に出ていた。


そんなドロシーの恒例の発作をよそに、クロッドはぐっすり眠った。

誰かに刺されるかもと怯えずに、危険で残忍で心の底からクロッドが大好きな史上最悪の暗殺者の隣で、安心して幸せなお花畑の夢を見るのだった。






月光の下、もうひとつのお花畑も満開になっていた。


もはや誰も足を踏み入れない、王宮の隅の隅。

時間の経過とともに魔法が解ける、忘れられた裏庭。


誰にも伝えていない秘密だとドロシーは思い込んでいたが、本当はクロッド自身も知らなかった彼自身の秘密。


消えた道化王子が手入れしたあの王宮の裏庭は、冬の夜でも春の花が咲くことを、今は人形令嬢しか知らない。






幕間 おしまい

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