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幕間/丘の上の小さな家で2

「じゃあ、明日ココとククが卵を産んでくれることを祈ろう。ふたりが気分じゃなさそうだったら町で卵を買ってくるよ」


クロッドが新聞を片付けながら、そう言う。


ココとククというのは飼っている雌鶏のことだが、クロッドが毎日大事に世話をしているのに、彼女たちは1日交代でしか卵を産まず、まったく仕事の手の抜き方を心得ている。


「町へいらっしゃるなら、ご一緒致しますわ」


「平気だよ。食料品店へ行って帰ってくるくらい出来る」


「変な人には?」


「ついて行かない」


「お菓子をくれたら?」


「断って逃げる」


「困ってる女性がいたら?」


「なにがあったか聞く」


「やっぱりご一緒します」


「最後、不正解か……」


しょんぼりしながらランプを消し、クロッドもベッドに入ってきた。

ふたり分の体重で寝台がかすかに軋み、せいぜい拳みっつ分程度の距離で顔を突き合わせ、小声で話し合う。


「ねえ、大丈夫だよ。ちゃんとやるから。そんなに君に頼ってばかりじゃ申し訳ないだろう。ただでさえ手助けしてもらってるんだし……家とかお金とか」


「何度も申し上げていますが、そんなことはお気になさらないでください。わたくしがわたくしの幸せを追求するためにやっていることですので」


「そういうわけにはいかない。気持ちが収まらない」


今夜のクロッドはいつもより強情だ。昼にライと会ったせいかもしれない。頭のどこかを刺激したら『女のヒモ事件』の記憶消えないかなー、と思いながらドロシーは上掛けを鼻先まで引っ張り上げ、シーツの下でそっと唇を尖らせる。


「……ドロシー」


不貞腐れたドロシーを宥めるように、シーツの向こうで柔らかい声がする。


「その、ドロシーの幸せは……まだ、私を幸せにすることなのかな?もしそうなら、もう叶っているよ」


「そんなことは」


「いや、本当にそうなんだ。好きな本を読んで、時間を気にせず散歩して、大きなパイをまるごと食べるのが夢だったからね。20年間空想だけで我慢していたのに、ドロシーのおかげで、たった半年で叶ってしまった。夢みたいだ」


クロッドは暗い天井を見上げた。独り言のように続ける。


「こんなに、うまくいったことなんてないから、時々……本当に夢なんじゃないかって思うくらい」


「夢ですか」


「うん。王宮を逃げ出した夜、本当は監獄に連れて行かれてて、現実の私は冷たい独房で一人なんじゃないか。死ぬ間際に、今の生活を夢に見てるんじゃないかって……あ、ごめんね、変なこと言って」


「……もし、これが夢ならどうなさいますか?」


「うーん」と、クロッドは目を閉じた。

薄いカーテン越しに差し込んだ月光が、震える銀色の睫毛を淡く光らせている。


「目が覚めた時……悲しいだろうなあ。でも本当に幸せだから、案外満足して死ねるかも。最後にいい夢見られてよかったなあって」


「もしこれが夢で、現実の殿下が監獄にいらっしゃるなら、すぐにお迎えに参りますわ。そうして今の夢と同じように過ごせばいいのです」


ドロシーは早口で言い切る。無意識に憤りを感じた。クロッドがほんのちょっとでも悲しいことを考えるなんてあってはならないことだ。そんなふうにした連中を、今からでも始末してしまいたい。


「殿下、どうぞご安心ください。国法執行機関は全てドロフォノス一派の管理下です。この国のあらゆる監獄も。だから殿下が長い間ひとりぼっちでいらっしゃるなんてありえません。1日とたたず、わたくしがお迎えに上がります。万が一邪魔をする者がいれば排除致します。その人間も、その人間に与する者も、家族も、同輩も、恋人も、友人も、隣人も、その隣人も、その隣人も」


「ドロシーって……」


夜目にも鮮やかな赤眼が、驚きに見開かれている。

しまった、話しすぎたか。ドロシーは口を閉じて、じっとクロッドを見返した。


「ドロシーって、ほんとに……い、今更で悪いんだけど、ほんとに……私のことが好きなんだね……」


「ッは~~~~~~~!!!」


ドロシーは両手で顔を覆い、胸の底から息を吐き出した。


「うッわ……そんな長い溜息、道化王子時代も吐かれたことないんだけど」


「失礼しました。まさか、まだそんな段階だとは思っていなかったので。前途多難ですね。でもいいです。そのうち身体にじっくり分からせるので」


「なにを!?なんか怖い話してないか!?」


「わたくし傷付きました」


「急になにッ!?」


「こんなにも殿下を幸せにしようと日々頑張っておりますのに、殿下は未だにわたくしの『好意』を、『気遣い』やら『憐み』やら『人の情け』だと思い込んでいらっしゃったのでしょう」


「いや、そういうわけじゃ……ただ、君はずっと私の婚約者だったから……だから私だけが特別よく見えるんじゃないかなって。ずっと使ってた耳かきに愛着が湧くみたいに」


耳かき!!??


「もうちょっと周りにも……他の男性にも目を向けてみるのはどうかな。例えば、ライ・ロー」


「ッは~~~~~~~!!!」


犬 野 郎!!!!

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