幕間/嘘つき狼の悲劇あるいは喜劇5
「今日の報告も……飯がうまかったコトしか書くことないな」
しっかり夕飯もごちそうになり、帰路につく。
ドロシーは早く帰ってほしそうな様子だったが(お前が友達になれ言うたんやろがい!)、気付かないふりをして食後のコーヒーまで美味しく頂いた。
パン詰めのローストチキンに、春野菜の酢漬け、手作りのソフトチーズ。冷たい白ワインは味も香りもない安物だったが、水で嵩増しした粗悪品でもないようでライは十分満足だ。
明日はジャガイモのミルク煮とはしりの豆、春タマネギのタルトだと言っていた。
軒先に貰い物らしきタマネギがいくつもぶら下がっていたし、売るには小さい芋が山ほど転がっていたからそれを使ってたっぷり作るつもりだろう。できればご相伴に預かりたい。
果てまで続くような草原の向こうに、ゆっくりと日が沈んでいく。
白い馬と黒い馬が尻尾を揺らして駆けていくのが見える。ライはそれをのんびりと見送った。
小高い丘の上にある愛の巣から、草原を横切って目指すは、サリュースの町へ続く古い街道だ。
金色と薄桃色と紫色が交じり合う空は高く、風は暖かい。王都の煤が混じったようなザラついた空気と違い、深く息を吸うと身体の内側が洗い流される心地がする。
本来の任務を忘れるくらい穏やかな景色だった。
結局、ライは教会に不死の一族と遭遇したことを報告していない。
第一王子の駆け落ちは、王位継承問題から離れ、婚約者とイチャつくために仕組んだこと。自分は以前王子の側近になれなかったが、今回たまたま友人になることができた。監視を続行する。そのように伝えている。
――まあ、完全にウソいうわけでもあらへん。罰は当たらんやろ。教会もオレに黙っとったわけやし。
で、監視継続中のクロッド・イグルーシカはというと、ごくフツーに平民生活を楽しんでいる。
最初は、女にヘラヘラと守られているのが癪に障り、皮肉やら嫌味やら当てこすりやら言ったものだが、元王子サマは言い訳もしなければ怒りもしない。ただ心の底から申し訳なさそうにするだけなので、いじめるのがバカバカしくなって止めた。
贅沢三昧、女選び放題、苦労知らずの道化王子だと思っていたが、ひょっとしたら王子だったときはあんまり幸福ではなかったのかもしれない(だからといって、自分の立場を簡単に放り出していいのかとは思うが)。
もちろん幸せなことに、クロッドはドロシーの正体を全く知らないようだ。
――まあ、あの女も可愛いとこあるやんな。化物けしかけられたんは絶対忘れんけど。
庭は自分のためにだけ作ってほしいから、雇われ庭師はダメだなんて。
「……あ、王宮の庭のことか」
ドロシー・ドロフォノスが王子妃教育のとき使っていた部屋の裏庭。
なぜ庭師なんてやってみたいのか、そうクロッドに尋ねたときドロシーの庭を整えたのが楽しかったからだと言われたのを思い出した。
その話を聞いて、せっかくだからライも見に行った。ひと月くらい前のことだ。そこには、近くの森に自生している野の花を移したのだと思われる素朴な庭が広がっていた。おそらくクロッドは宮廷庭師に苗を分けてほしいなどとは言えなかったのだろう。特段珍しい花もなければ、豪華な装飾もない。それでも時間を忘れるような居心地の良さがあった。
「……もう誰も使てへんから、枯れてしもとるかもなあ」
なんせ今年は本当に日の巡りが悪くて、どこの農村も――
ライは、思わず丘を振り返った。
暗い夕暮れの向こうに、あの家の小さな明かりが揺れている。
今年は雨が少なく、そのくせ冬はいつまでも北へ動かなかった。牧草地は完全に育ち切っておらず、羊や牛を食べさせるために遠くまで草を求めて歩き回る必要があり、作物も同様に不作であった。だからこそ王都には仕事を求めた農民が――失業者が溢れていたのではなかったか。
『作物の収穫に手を貸すとか。それで余ったのをもらってるだけだから』
街道に視線を戻せば、緩やかな丘を下った先に、家々が肩を寄せ合うサリュースの町が見えた。明々と火が灯り、旅人や馬の行き交う声がここまで聞こえてくる。
――この町、前もこんなに賑やかやったっけ……?
王都から地方への主要街道はいくつかあり、整備が進むアマネセル街道が現在最も利用者の多い道だ。サリュースを通過するダスク街道は廃れつつあったはず。
「……まさかな」
ライは首を振って、考えを追い払った。
深い思索など揉め事しか生まない。疑問を持たないのが良き信徒への近道だ。でも疑問がなければ信仰は生まれない。ままならないのが世の常。しかし案ずることなかれ。
幸いなるかな。
幾千の神々は天にいまし、すべて世はこともなし。
これでライのお話は終わりです!途中に出てくる馬はクロッドのラビちゃんとドロシーの馬です!次は4話分くらいイチャイチャハッピーアワーして、最後に少しだけクロッドの秘密にふれて幕間は終了します!(*´ω`*)




