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幕間/嘘つき狼の悲劇あるいは喜劇4

「…………は?」


殿下。殿下って、つまり。


「クロッド・イグルーシカの?」


ドロシーはウンウン!と大きく頷いた。顔こそ無表情のままだが、さっきまでの怪しい人形めいた雰囲気が消え、途端に人間くさくなる。


「そうです。クロッド殿下です。殿下には年齢の近い同性のお友達が必要なのです。今まではしがらみも多く、心を許して悩みを打ち明ける相手がいらっしゃらなかったようですし、男同士でしか出来ないお話というのもありますでしょう。ご自身の内面を見つめ直して頂くためにも同性のお友達が入用で」


「待った待った!友達?オレが?なんで?」


「先ほど申し上げた通り、同性のお友達を差し上げたいからです」


「差し上げたいってなんやオイ」


「貴方様の方が年齢が上でいらっしゃるし、殺したり殺されそうになったりと人生経験も豊富でしょう。殿下もきっと頼りにするはずですわ」


「いやいやいや、ほんまに意味が分からへん」


「ただのお友達では不安です。王家は手を引いても、殿下を探す連中はまだ大勢おります。でも『大教会(ゲノス)の番犬』にお友達になってもらえれば安心ですわ」


ライはぐっと唇を引き結ぶ。うわバレてやんの、と顔に書いてある。


「貴方様は引き続き殿下を監視すればよろしいでしょう、今度は一番近いところで。飼い主からのお咎めなくいられますし、殿下はお友達ができますし、わたくしは安心して追手を根絶やしにできますわ」


「『人形令嬢』呼ばれとったくせにめっちゃ喋るやん」


ライが半ば自棄になってぼやくと、人形令嬢は静かに目を伏せた。


「わたくし、分かる方が見れば『感情豊か』なんですよ」


「……ん?」とライは眉を寄せた。


「それに『人形令嬢』というのは、わたくしが完璧すぎるからそう呼ばれているだけなんですって」


「それは……あー誰がそう言うたん?」


「クロッド殿下です」


ライはなんとなく理解した。

第一王子の駆け落ちは作り話で、今はドロフォノス家に匿われている。予定が狂って連れ去られそうになっていたのはドロフォノスとは無関係(たぶん側妃か第二王子の仕業だろう)。


で、どうやらドロシー・ドロフォノスと、クロッド・イグルーシカはお互いに気持ちがないふりをしていたが、本当はイイ感じの関係であると見た。



――いつの間によろしくやっとったんや、あのスケコマシ!!



なんやもうなんやもう!なんかめっちゃ損した気分!あー今すぐ教会に電話かけたい!なんであのアホ王子を監視せなあかんのか、不死の一族絡みって知っとったんか、めっちゃ問い詰めたい!下手したらオレ死んどったぞ!上層部全員叩き起こしたろ!


胸中で大騒ぎしながら平静を装う。


どうせ友達になるのを断ったら殺されるに決まっている。無言でいることを了承と捉えたのか。ドロシー・ドロフォノスは軽く指を鳴らした。


次の瞬間。




ギリギリギリギリギリギリギリギリイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアア




鼓膜を掻き毟る騒音とともに。


ライの座った椅子の下――濃い影の中から、黒い異体が天井まで吹き上がった。


「……ッ」


わずかに掠めた耳の端が切り裂かれ、鮮血が舞う。髪が風圧に巻き上げられ、宙を泳ぐ。呼吸も瞬きも忘れた。突如地面から生えた、その異形らを食い入るように見つめることしか出来なかった。


地下牢を塗り潰すようにうねる、ぬめらかな漆黒の。

噎せ返る死の匂いを纏わりつかせた、おぞましい()()()


これを見るのは2度目だ。あの夜、森で暴漢たちを細切れ肉(ミンチ)にした化物だった。


根元は影に沈んだままということは、本来は視認できないほど長大なのだろう。歪な節足を蠢かせる大百足(おおむかで)にも見えるし、鋭い針金で締め上げた有刺の鉄線群にも見える。しかもそれは一体ではなく、今見えるだけでも十数体。魔獣ではない。息遣いも血の温かさも感じない。影から現れ出でるなど、この世のどんな生き物でもない――地面の下は死者の領域なのだから。


ライには永遠の時間に感ぜられたが、実際に化物が姿を現したのはほんの数秒だった。


ジャリジャリと耳触りな音を立て、石壁も天井も床も激しく削りながら空中を這い回っていた異形は、やがて水中に戻る水蛇のように影へ戻っていったのだ。ライの四肢を引き千切らないままに。


最後の一体が、椅子の下に潜り込むと同時に、細切れになった縄が腕を滑り落ちていった。


ライは詰めていた息を長く吐き出した。こめかみを汗が一筋流れ落ちていく。


化物を召喚した化物のような女は、何事もなかったように「では」と言った。


「貴方様の飼い主が殿下の暗殺を命じたときに、改めて敵同士になりましょう。銀の牙をよくよく研いでいらして。ただドロフォノス家のカトラリーは純銀のものが多いことだけ先にお伝えしておきますわ」


悪夢から覚めた顔をしているライに、再びドロシー・ドロフォノスはお辞儀をしてみせた。


「末永くよろしくお願い致します」




かくして、ライ・ローシは一命を取り留め、その代わりに駆け落ちした元第一王子のお友達になることとなった。偶然を装って町で出会い(驚いたことにクロッドはライを憶えていた。側近候補期間はほぼなかったのに)、なんやかんやで頼れるお兄さんのポジションに収まったわけだ。

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