幕間/嘘つき狼の悲劇あるいは喜劇2
「できたら外の人間に会わへん仕事がええやろ。外国語できるなら商店の筆写人、聖典分かるなら教区の書記、算術できるなら会計代理事務所、そもそも読み書きできるなら教員とか代筆屋とか。でもコネがないとなかなか雇うてもらえへん。それに王都ならともかく、このへんは事務方の仕事少ないし。求人で一番多いのは宿の手伝いか厩番……それこそ騎士団にかち会うわな」
言いながら、パイを一口。
「そういや庭いじりの仕事はもう探してへんの?フーコーメービな元王領地だけあって別荘多いやん。シーズンオフの別荘の庭園管理人ならぽつぽつ募集出てんで」
ライが持参した新聞数紙を広げると、銀髪の男はなぜか照れ臭そうに鼻先をかく。
「いやあ、彼女が庭仕事はしてほしくないみたいで……『自分のためにだけ庭を整えてほしい』って」
「はあ?自分のためぇ?」
意味が分からん。分からないが、彼女が――あの女がダメだというなら庭番関連の仕事は勧めない方がよさそうだ。しかし、そうなると余計できる仕事は限られる。人前に出ず、経歴を聞かれず、危なくない仕事。
――いっそ、前職の王子サマに戻ったら?
余程そう言いたかった。
ロウソク、皮なめし、靴、帽子、染め物、仕立て、金細工、ガラス、鍛冶。この小さな町にだって様々な仕事はあるがこの男に紹介できそうなものはない。王都でさえ失業者が増えているくらいなのだ。ここのところ王宮も――いや、国全体がなにやら不穏で騒々しい。この男がいなくなったこととは全く無関係だが。
――この国がどうなろうが全然かまへんけど、もう王都には戻らんのかな。
「なあ、王都にはもう――」
「薪割りが終わりましたわ、殿下」
斧を喉元に突き付けられたような殺気を浴びて、ライは瞬時に黙り込んだ。
「おつかれさま!」
銀髪の男が、パッと顔を輝かせる。
戸口から入ってきたのは、ひとりの女だ。
夜を紡いだ黒髪に、潤んだように煌めく翡翠の瞳。血が通っているとは思えないほど白い肌に、ひとひら舞い落ちた花弁の唇。ほっそりとした肢体は柔らかそうで、いかにも男の庇護下になければ生きていかれないような儚げな美貌の女。
ただ、薪小屋を満タンにした華奢な女は、汗一つかいていない。黒いエプロンドレスは新品同様で、泥も木屑も付いていないし、日よけの帽子の角度まで完璧だ。
「ありがとう、大変だったろう。私も薪割りくらいできるよ。なにも君ひとりでやらなくても」
「いいえ、殿下がお怪我でもすれば大変ですから。適材適所ですわ。わたくし、力仕事は得意ですが、お料理はスッポン鍋とマムシスープしか作れませんもの」
「レシピ偏りすぎやろ」
「あ、じゃあ初日に作ってくれたスープは」
「マムシの血100パーセントスープですわ」
「それもう輸血やんか」
ライの控えめなツッコミは儚く流され、銀髪の男は黒髪の女を暖炉の前に座らせてやり、自分はその前に膝をつき、湯で濡らした布で白い掌や素足を拭ってやっている。
「オレはなにを見せられとるんやろ」とライはパイをやけ食いした。
本当になんでこんなことになっているのか。
もちろん、目の前でイチャ付いている銀髪の男と黒髪の女のせいだ。
つまり、この国の元第一王子クロッド・イグルーシカと、大貴族ドロシー・ドロフォノス侯爵令嬢のせいなのである。
「登場人物紹介」の追記4でも書かせて頂きましたが、やっと「完結」を「連載中」に変えるボタンを発見して「次話投稿」が可能になったため、こっそり後日談を投稿させて頂きます!
よろしくお願い致します!(*´ω`*)




