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婚約破棄劇の閉幕/セナリオ・マージン子爵令息の独白

「いい芝居を見せてくれよ」


客席で、ひとり深呼吸する。


いよいよ僕の初演が始まる。


戯曲の舞台は、おもちゃの国。

みんなの笑い者である木彫りの道化人形は、祭りのくじ引きで次の王子に選ばれる。すると途端に大いばり。結婚を約束していた蝋人形のご令嬢を捨てて、人間の女性を好きになってしまう。

でも、おもちゃの道化は人間の狡猾さを知らなかった。人間の女性は、ただ王子という肩書に惹かれただけで、結局道化は騙されて暖炉の中で燃え尽きてしまう。愚かな道化がいなくなりみんなが喜ぶなか、蝋造りの自分を笑わせてくれた道化が忘れられない蝋人形の令嬢は、彼の後を追って暖炉に身を投げる、という筋書き。


流行りの悲恋ものだ。


――というか、見る人が見れば、誰をモデルにしたか分かっちゃうよなあ。


モデルとなった例のふたりは、半年前の婚約破棄騒動以来、社交界から完全に姿を消した。


道化王子は『真実愛する相手』と逃げたらしく、それを気に病んだ人形令嬢は王都を離れ領地で療養しているという。当時はどこの新聞にもあれこれと憶測が載っていた。ふたりの婚約が未だに破棄されていないらしいとか、ドロフォノス家が王位継承権について王家へ物申したらしいとか。でも、最近はすっかり忘れ去られている。今は、ルナール殿下の立太子の時期予想で新聞は大賑わいだ。


そういうわけで、すっかり忘れられた話題ではあるものの、自分の飯のタネにする申し訳なさもあって『ダーレ夜想曲に捧げる恋物語』という一見内容が分からない題名で、今作は公開している。


――でも、やっぱりもっと目を引く題名に変えた方がいいかもなあ。


満席ではない客席をチェックしながら、そう思った。まあ名もない劇作家の初演なんてこんなものだろう。この小さな劇場(芝居小屋のほうが適切な表現かもしれない)だって、支配人がマージン家に金を借りているから貸してくれたようなものだ。場所も王都ではなく、元王領地の旧市街だが、贅沢は言えない。


――お、婦人世界の記者がいる。でも有名な批評家とか貴族は来てなさそう……ん?


ふと、若い男女が目にとまった。


肉体労働者らしい大柄な男と、華奢で小綺麗な女性だ。


男は灰色っぽい髪を雑に撫でつけ、ハンチング帽に立ち襟のシャツ、サスペンダー姿のありふれた格好。ただ体格がいいせいか、ひどく目立つ。物珍しそうにきょろきょろしているが、初めて劇場にくる田舎者だろうか。


男の隣にいる女性は、鍔の広い帽子を被って顔立ちは分からない。わずかに見える口元は上品で、黒い外出着は地味だが仕立てがよさそう。ふたりが並んでいる様子は、どこぞのお屋敷の上級侍女と庭師という風情だ。


とても仲睦まじい様子で、女性の方は男の言動をひとつも取りこぼしたくないという熱心さで見守っている。また男は、座席を手で払って女性を座らせてやったり、果実水の瓶を持ってやったりと甲斐甲斐しい。恋仲まではいってないけど、お互いに気はある。そんな感じだ。


――なんか、あのふたり、どこかで見たような……?


一瞬そう思ったが、客席にいかにもお忍びめいた貴族のご令嬢集団を見つけ、それっきり僕はその男女のことは頭から抜けてしまった。



※※※



照明が消え、ついに幕が上がった。


舞台上が明るく照らされ、次々に登場人物が現れる。


楽団の劇伴が少し大きすぎる。役者のセリフが聞き取りづらい。でも、まずまずだ。悪くはない。軽快なリズムとともに、おもちゃの王国でお祭りが始まった。


くじ引きで王子となり、金の冠をいただく道化役。隣で控えめに喜ぶ蝋人形の令嬢。道化の戴冠を祝って、兵隊の人形たちが剣を振りかざし舞い踊る。


薄暗い座席を振り返り、観客の反応にも注意する。よかった、まだ誰も席を立っていない。このまま何事もなく最後までできればいいんだけど――


「あっ!?」


急に役者の大きな声が聞こえた。視界の隅で、なにかが勢いよく客席に飛んでいく。


――うッわ!王冠だッ!?


どうやら役者同士の剣戟で、道化王子の王冠が吹き飛ばされたらしい。小道具は節約しようと厚紙で代用するんじゃなかった!


放物線を描く王冠をふわりと受け止めたのは、先ほどの鍔広帽の女性だった。


道化役が気の利いたアドリブでも交えながら取りに……来ない。劇はかろうじて続いている。

しょうがない。まだまだ若い劇団だ。みんな演じるのにせいいっぱい。ここは僕が回収に向かおう。


腰を上げようとしたところで、帽子の女性が王冠を隣の男に渡してやっているのが見えた。男は目を輝かせて王冠を受け取り、こわごわ触ったりひっくり返したりしていたが、女性と二言三言会話して立ち上がった。やはり相当背が高く、姿勢もいい。庭師ではなく兵士――か?


男は僕の座席の横を大股に通り過ぎて、まっすぐ舞台へ向かっていく。


座席よりもほんの少し高いだけの舞台から、道化役が慌ただしく下りてきた。王冠を受け取ろうと手を伸ばす前に、男がハンチングをぬぎ恭しく一礼した。


「どうぞ、王子」


膝をつき、王冠を道化役に手渡す。


その瞬間――よれよれの厚紙の王冠が、素晴らしいものに見えた。


広い舞台の隅っこで、ほんのわずか行われたやりとり。

だが、僕も、役者も、おそらく観客も目を奪われた。誰かがセリフを噛んで、楽団が音を間違えた。硬直していた道化役がしどろもどろに王冠を受け取り、男が離れたことで、劇は再び動き出した。


「王冠よォ、役者よりアンタの方が似合いそうだなァ」


男が席に帰るとき、ひとりの酔っ払いが軽口を叩いた。男は照れたように白い歯を見せる。


「ありがとう、でも王冠はこりごりだよ」


伸びのあるいい声だ。張っているわけでもないのに、僕の席まで声が届く。なんだか……つい最近聞いたことがあるようにも思う。しかし一体どこで。王冠。王冠は……こりごり?


「え」


すれ違いざま、僕ははっきりと思い出した。


思わず背中を目で追う。じゃあ隣の女性は――と視線を移した先で、帽子の下からこちらを見る緑眼に囚われる。女性はこちらを見つめたまま、指先を口元に添えた。――なにも言うな。




舞台が終わったあと、僕はすぐに彼らを探した。人波をかき分け、出入り口を駆け回ったが、もうどこにもその姿はなかった。


――見間違い?勘違い?……いや、でもあれは間違いなく……。


いつのまにか舞台では片付けが始まっている。

夢見心地のまま自分の席に戻ると、大きな花束が置いてあった。瑞々しい花の間にはメッセージカードが一枚。


「お、売れっ子先生!早速ファンからの花束か!」


突然声をかけられ、僕は飛び上がって振り返る。


「ああ、リッターか!びっくりした!見に来てくれたんだね!」


「おう、記念すべき初演だからな!結構おもしろかったぞ!次は王都の劇場でできるといいな!」


べしべしと騎士団仕込みの腕力で背中を叩かれ、僕は軽くせき込んだ。おもしろい話ではなかったはずなんだけどなあ。しかし気に入ってはくれたようで、リッターなりにいろんなアドバイスをしてくれる。役者のこと、音楽のこと。


「あとは、この題名だな。もっとご令嬢が好きそうな名前にしちゃどうだ?フロイライン・フィーリアの詩集みたいな乙女チックなやつ。今のも悪くはないが、ちょっとお堅いんだよな」


「……あー、実はついさっき新しいのを思いついたんだ」


「へえ、どんな?」


僕は手元のメッセージカードを見下ろした。


『よいお話でした。


次はぜひハッピーエンドに。


わたくしの可愛いひとが泣いてしまうので。


D・D』



「新しい題名は――」






人形令嬢と道化王子の恋物語






おしまい

すみません!間違えて再アップです!(´;ω;`)


予約投稿時間を変更しようと思って「解除」っていうボタン押したら、即時公開されてしまい、慌てふためき1話分削除してしまいました!お騒がせして大変申し訳ございません……m(__)m


あ!ブックマーク増えてる!2件になってる!ありがとうございます!ひょっとして前世のパパとママかな?(*´ω`*)(突然の電波受信)


もしお話がちょっぴりでもお気に召したら、私のことを思い浮かべながら掌に「三月(作者名)」と書いて飲み込んで頂くか、お星様で評価頂けたら嬉しいです!本日中に夢まで会いに伺います!


最後まで読んで頂き、ありがとうございました!!

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