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人形令嬢と道化王子の会話劇5

「……それを言ったら、婚約破棄を受け入れてくれるのか?」


「ええ」


「今日のことを公表もしない?」


「はい、致しません。でも思ってらっしゃることは、包み隠さず教えて頂きたいです」


クロッドは視線をうろうろと彷徨わせた。

やがて床に座ったまま居住まいを正し、ひとつ咳払いをして覚悟を決めたようだ。


「……君のことは、素晴らしい女性だと思っている。聡明で教養高く、品があって洗練されてて、自己研磨を怠らず感情豊かで」


意外な誉め言葉があった。


「感情豊か?」


「え?うん、そう思ってるけど……あ、婚約破棄のとき人形だなんて言ってすまなかった。非の打ち所がないからそう呼ばれてるんだろう。正直その呼び名をいじるくらいしか悪口が思いつかなくて……」


「わたくしの顔面についてはいかがですか?」


「が、顔面?無粋な表現で申し訳ないんだが……すごく美人だと思う。真っ直ぐ見ると緊張するくらい。そういえば、初めて会ったときは舞い上がって何を話したか忘れてしまったなあ」


「初めてお会いしたときは、わたくしを見ずに空ばっかり見ておいででしたよ。……お気に召したならなによりです」


クロッドはことのほか饒舌だ。これが最後のやりとりだと思っているからか。それとも、久しぶりに自分を偽らずに誰かと話しているのが嬉しいのか。どちらでもかまわない。

このままずっと話していたい、とドロシーは強く思った。


「そんなにお気に召したなら、どうかわたくしを駆け落ちにお連れ下さい」


その思いは知らず言葉に宿った。ドロシー自身も驚くほど懇願するような響きになってしまった。一瞬呆気にとられたクロッドは、焦ったようにまくしたてる。


「そ、そう言ってもらえると光栄だな!ありがとう!でも、私に対しては本当になんにも気にしないでいいから!いやあ、こんな熱烈なセリフ、私なんかがもらってよかったのかな?知らないかもしれないけどドロシー嬢は憧れの的だから!みんな君のこと好きだから!私だって、とても――」


クロッドがぴたりと沈黙する。誤魔化すか、本当のことを言うか。こちらを見つめる赤い瞳が逡巡したのち、申し訳なさそうに伏せられた。


「――とても、すきです」


彼は消え入るような声で囁いた。


「だから、しあわせになってほしい、です」


――まるで懺悔のよう。


彼は自分の向ける好意は、相手を不愉快にさせると思い込んでいる。多分これまでずっとそうだったから。


「殿下」


ドロシーの声をかき消すように、クロッドは大げさな身振りで立ち上がってガウンを払った。ぼさぼさの銀髪を撫でつけ、ベッドにどっかと腰掛ける。腕組みをしてふんぞり返りドロシーを見る姿は、道化モードを取り戻したクロッド・イグルーシカだった。


「さあ、言ったぞ!これで満足か?あまりの情けなさに自分で言ってて気持ち悪くなってきたけど、ドロシー嬢は気持ち悪くなってないか?例え不愉快な気分だとしても責任なんて取れないからな。君がどうしてもというから――お、これ借りて行くぞ」


暖炉のそばで温めてあった男物の衣類に目を止め、クロッドはこちらを見ずに袖を通した。ついでに自分の鞄も見つけて、手早く身支度を終えてしまう。


「殿下、どちらへ」


「世話をかけたな。ドロフォノス侯爵には後日ルナールから礼をさせる」


「まだお話は終わっておりません」


「なんだ。これ以上なにをどうすればいい。せっかくだから最後に平手打ちでもしておくか?どうせ婚約破棄のとき殴られる予定だったから遠慮はいらないぞ、ほら」


腰を折ったクロッドが、衝撃に備えギュッと目を閉じる。


ドロシーはようやく答えが見つかった気がした。


1000日間見つめ続けるよりも、たった一度話しただけで答えが出ることもある。


なぜ、彼にまつわるすべてを知りたいのか。


彼は偽ってばかり、誤魔化してばかり、自分を隠してばかりだ。

だから、なにが貴方を喜ばせ、なにが貴方を悲しませるのか知りたかった。知っていれば本当に喜ぶものを見せ、悲しませるものを消し去れる。貴方は笑っていられる。拒絶を恐れず、人の顔色を窺わず、誰かのために遠慮せず、嫌な役目を引き受けず、心から笑って過ごすことができる。平穏に、永遠に、幸せに。


「わたくしの幸せは」


――知れば、幸せにできる。


「貴方様を幸せにすることのようです」


「え?」


クロッドが瞼を開く前に、ドロシーは目の前の唇をぱくりと奪った。

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