人形令嬢と道化王子の会話劇4
「……殿下は勘違いしておられるようです。婚約破棄を受け入れないのは、王家のせいでも父のせいでもありません」
「じゃあ何がイヤで破棄しないんだ?」
「貴方様との婚約を継続したいから、破棄しないのです」
「……?」
「貴方様との婚約を継続したいから、破棄しないのです」
「な、なんで2回言ったの?私が知りたいのはその理由なんだけど……あ、わかった!破棄がイヤなのか?解消がいいってこと?」
ドロシーは全く分かっていないクロッドをじっとりと見返す。
「殿下は、わたくしが婚約者ではご不満ですか?」
「え!?」
「そんなことあるわけ」と言いかけたクロッド。
しばらく固まったのち「……………………いわない」と絞り出す。
これが尋問なら口を割らせる方法はいくらでもあるのに、とドロシーは内心歯噛みする。
爪をはがしていくなり、身体をすりおろしていくなり、泥を吐くまで漏斗で水を飲ませ続けるなりすればいい。得意分野だ。しかし、彼相手では手も足も出ない。
「えーと、ドロシー嬢に不満があるとかそういう話ではなく、私は廃嫡されるから。一般人になるから。だから侯爵令嬢との婚約はそもそも継続できないんだよ。すっごく有難いし身に余る光栄なんだけど。なので、よかったらルナールとの婚約を前向きに検討し」
「もういいです」と、ドロシーは遮った。
「絶対に婚約を破棄できないようにすればいいですよね。わたくしが殿下と同衾した旨を今日の夕刊の一面にします」
「えッ!?さっきベッドを間違っただけだって!なにもしてないって!言ってたじゃないか!」
「なにもしておりません。ですが195分もの間、下着姿で同じベッドに入っていたのは事実です。うっかり間違いが起こってもおかしくありませんもの」
「195分間もいたの!?ダメだ!そんな、お願いだからそんなことしないでくれ!なにが気に入らなかった?謝るから!やめてくれ!」
「さて、どこにリーク致しましょうか。スプリング紙、婦人世界、ブロックス労働日報」
ベッドから飛び出し追いすがるクロッドを無視し、ドロシーはずんずんと書き物机に向かう。まずは原稿が必要だ。今すぐ用意して直接持ち込めば夕刊に間に合う。
そのとき、ドロシーのガウンを掴んだままクロッドが声を張り上げた。
「待ったッ!もし君が公表するなら!」
床に転がったまま、ビシッと自らを親指で指すクロッド。
「私に女性経験がないことを、その翌日の朝刊で一面にしてもらうッ!!」
「……え」
呆気にとられたドロシーを見て、クロッドは(床で)勝ち誇ったように笑った。
「どーだ驚いたか!私は見せかけだけの道化で、ドロフォノス家のご令嬢をどうにかするなんて絶対出来ない腰抜けだと、王国中の新聞社に送って一番目立つ記事にしてもらうから!」
「……な」
「証明書も付ける!」
「!!??」
ドロシーは、婚約破棄宣言よりもよほど驚愕し立ち尽くした。
彼が夜会に伴った女性のことはすべて調査済みだ。
アーヘラ・トルトゥーラ、エスカ・アソウス、ベラドンナ・モーヴェ、レプリカ・ノービア、ファーシル・レイバーなど様々な職業の女達に、劇団アイガモの女優ら。どの女もエスコートした後は踊りもせず挨拶回りをして、夜が更ける前に王宮前で現地解散。お土産と謝礼金を渡して、王家の馬車で送り届けるというVIP待遇。当然夜のお誘いは丁重にお断りしているようだった。(なお、お土産の中身がハムや缶詰だというのを聞き、お歳暮?と思ったのは内緒だ)
また、閨教育のたびに『今更教わらなくとも知ってる!』と道化モードで逃げ続けていたことも分かっている。
しかし、まさかあんなに女好きを公言していながら、本当になんにもなかったとは。
教会で血の証明魔術を使えば、その身が清らかかどうかはすぐに判明する。その証明書まで提出できるという本人のこの自信、おそらくクロッドのクロッドは正真正銘の『新品未開封』であろう。
――負けた。
黙り込んだドロシーを前に、クロッドは慌ててガウンの裾を手放した。
「あ、いや、困らせたいわけじゃなくて……君はなにも悪くないからそんなことしないでほしい」
床に跪いたまま、途方に暮れたようにドロシーを見上げてくる。
「どうしてくれてもいい。破棄が嫌なら解消でいいし、白紙でもいいし、実は君が先に婚約を破棄したってことでもいい。君の納得いくようにしてくれればいい。でも婚約の継続は難しい、と思う。だから私ができることなら、謝罪でも土下座でもなんでもするから」
「なんでもしてくださるなら、教えてください」
ドロシーは一番知りたかったことを聞くことにした。
「殿下はわたくしのことを、どう思っていらっしゃいますか?」




