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人形令嬢と道化王子の会話劇3

「君に一切瑕疵はない。私がすべて悪い。これまでの失礼な態度も、婚約破棄のことも……君の誇りを傷つけてまですることではなかった。今だって義務を果たそうとしてくれているのに、ひどいことばかり言ってすまない!茶器もシーツも弁償します!」


表情には出ないもののドロシーはかなりの衝撃を受けていた。素面のクロッドと対面でまともに会話するのは5年前の婚約時以来だったからである。


あまりの新鮮さにもう一回襲い掛かりそうになったが、鋼の理性でそれを我慢する。だって今は真面目な話をしているところなのだ。初めてクロッドと3ターン以上話している真っ最中なのだ!


「今回私が襲われたのはおそらく王位絡みのことなんだ。恥ずかしい話だが心当たりが多すぎて、相手が誰か分からない。でも、先のない私にこれ以上、君も、君の家も巻き込みたくないんだ」


頭を下げたままのクロッドのつむじを見ていたドロシーは、ハッと気を取り直す。


「殿下、お顔を上げてくださいませ。先がない、とはどういう意味ですか」


「『駆け落ち』を事由に、私の王位継承権は剥奪される予定なんだ」


「……あらまあ、穏やかではありませんね」


クロッド自身から、駆け落ち計画の全貌が明かされた。ドロシーの予想通り第2王子ルナールの策であった。


「私が正式に廃嫡されるまでは、今回のようなことが起こると思う。だから、ここにいるわけにはいかない」


とはいえ、ひとりでなんとかできることでもないだろうに。彼はまだ義弟を信じているのかもしれないが、城下の隠れ家というのもきっと嘘だろう。手下を城内に紛れ込ませ、殿下の動向を逐一報告させてよかった。


あの小賢しい子狐に玉座を明け渡して、ご自分は平民になるつもりだったとは。持ち物は小さな鞄ひとつに、わずかな路銀、母親の遺品。それに、愛想のない婚約者からもらったハンカチだけとは。


「廃嫡とおっしゃいますが、殿下は王族の地位に――王位に未練はございませんの?」


「ない」


あっさりクロッドは言い切る。


「ルナールの方が王に向いてる。だから身を引いた――なんて言うといい風に聞こえるけど、ようは自信がなくて逃げただけなんだ。みんなもルナールの方が安心できるだろうし」


自分はふさわしくない。弟の方が適している。王と側妃(みんな)が弟を王にしたがっている。なんの含意もなくそう口にする。しかし、将来王政のためにとクロッド自身積んだ研鑽が、日の目を見ぬままであるのは惜しく思う。長年見てきたドロシーしか知らないことだが。


「セルペンス王弟殿下は気落ちされるでしょうね」


「どうかなあ。叔父上の考えはよく分からないから」


クロッドの性格からいえば『自分を王太子に推挙するなんてフシギ』くらいで、あえて王弟の本来の目的は考えないようにしているのかもしれない。王弟と教会が明らかに協力関係である中、王弟の後押しでクロッドが王位を継げばどうなるか。王家と教会と高等議会院の権力三分構造が崩れればどうなるか。


正直ドロシーにはどうでもよいことだった。


それよりも、もっと分かりやすくクロッドが王太子になりたくない理由は、見当がついている。


継承権争いに敗れた場合、ルナールと側妃は闇に葬られるだろうということだ。

ルナールはグズグズと兄の失脚を待っていたからか婚約者がいないため、明確に後ろ盾となる家もない。他国に婿入りするのを本人が受け入れるならともかく、ルナールがこの国で生きられる道は王太子に――王になるしかないのだ。


ドロシーは小さく息をついた。


「向いてないからやりたくない、ですか」


ドロシーがじっと見つめると、クロッドはそっと視線を泳がせる。彼がどこまで考えているのかは不明だし、おそらく話してはくれないだろう。


「そう、私のワガママだ。道化が王なんて恐れ多い。私は気も小さいし、君の名推理通りツメも甘いし」


「……殿下のお気持ちが決まっているなら、わたくし共が口を出すことではございません。それなら駆け落ちなどと偽らず、三方のもと継承権を放棄致しましょう。お命を狙われることもなくなります。殿下さえよろしければ、ドロフォノスとその派閥より王家へ進言させて頂きます」


「そ、そこまでしてもらうわけにはいかない。もう……ドロフォノス家との繋がりはないから」


「婚約破棄はお断り致しますとお伝えしたはずですが」


「それは、そうなんだけど」と言い淀み、赤眼が心配そうに瞬く。


「あの、よかったら何故あのとき婚約破棄を断ったのか聞いてもいいかな?王家への斟酌なら気にしなくていい。ドロフォノス侯爵が許してくれないなら私も一緒に説得しよう。最後くらい力になりたいんだ。…………なにその顔」


ドロシーの頬は限界まで膨らんでいた。

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